短編 「戸棚の中で息絶える」
殺したいわけじゃない。潰したいわけじゃない。虐めたいわけじゃない。悲しませたいわけじゃない。僕はただ、君を愛しているだけなんだ。
僕は君を愛している。深く深く愛しているだけなんだ。人より愛が重いことは知っている。でもそれの何がいけないんだ。彼女は僕を受け止めてくれる。一緒に寝ることも、食べることも、死ぬことも。彼女は人のいい顔で「いいよ。あなたが望むなら」と黒真珠のような眼を僕に向けて言うんだ。
僕は幸せなんだ。浮気もしたくないし、そっけなくする気もない。
でもどうしてだろうか。時々、彼女をぐちゃぐちゃにしたくなる。肉体的でも精神的でもない。彼女のすべてを表も裏もないほど粘土のようにこねて、暴いて、この目に焼き付けたい。表面だけじゃ足りない。彼女の深く、奥深くまで。
自分でもこの衝動をどうしたらいいのかわからない。君を前にすると手に力が入り、呼吸がしずらくなり、瞬きができなくなっても、そのあと僕は何をしたいのか。自分でもわからないんだ。
君を愛おしく感じるたびに衝動は大きくなるのに、傷つけたくない僕の理性は汗ばんだ手を彼女の背中にまわして優しく抱きしめるだけ。
結婚した後もこの衝動は収まらない。この感情は僕の中にだけ隠しておこう。それ以外の感情ならすべて君にささげよう。
僕は君を苦しめたいわけじゃないから。君がそれを望んでも、受け止めてくれたとしても、僕は君を傷つけたくないから。僕は君を愛しているから。
息絶えるまで、戸棚の中に。