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この世で残酷な秘密

「到着っと。和音、降りて」

「うん」


 あの後藤村とのエンカウントもなく、ゲームセンターから寮に帰ることができた。

 俺は和音に降りることを促し寮の入り口で降した後、自転車を引いて駐輪場に置いた。


「今後、こういう事があるのか」


 藤村が和音の正体を暴くため、あらゆる手段を講じるに間違いない。

 もし暴かれてしまったら俺の立場が悪くなるだけでは済まない。和音も大学で悪評が立つ可能性もある。

 俺だけが立場が悪くなるなら全然構わない。しかし延焼のように和音もとなれば話は別だ。和音はあくまで俺の復讐を手伝ってくれているだけなのだから。

 となれば俺のやるべき事は限られてくる。和音の正体を暴かれないように最新の注意を払って和音を守る。それだけだ。

 視界を上げると寮の入り口で和音が立っていた。


「待たなくても良かったのに」

「うん、ちょっとね」

「……和音?」


 俺が和音の近くに歩み寄るなり、和音は素早く俺の背に回って隠れた。


「どうしたんだ?」

「女装してるのバレたら困るでしょ? ここは女人四足厳禁だから僕の姿見られたら……」

「なるほど」


 俺は和音の意見に納得する。

 確かに女装姿の和音はじっくりと観察しなければ男だとわからないくらいに精巧だ。

 この姿で他の寮生に見つかれば俺が女性を誑し込んで部屋に連れて行くように見えてしまうだろう。


「じゃあ気をつけて部屋に行こう」

「うん」


 俺達は誰も外にいないか確認しながら足音を殺して階段を登っていく。

 脳内ではミッション・インポッシブルの音楽が聞こえた。

 背中合わせになって俺達は時間をかけて四階に到着すると、お互いがお互いの顔を見合わせた。

 そしてサバゲーかなにかのハンドサインを見様見真似でした後、ポケットから鍵を取り出してダッシュで部屋の扉へと向かった。

 鍵を差し込み解錠をしている間に和音はこちらに向かってくるのを確認した俺は玄関を開けて和音を部屋に入れ俺も中に入ろうとした時……。


「あれ? 西田じゃん」

「っつ!?」


 扉の向こう側からの突然の呼び声に俺は鞭で叩かれたみたいに驚いた。

 恐る恐る顔を出すと、そこには竹久直人がいた。

 竹久はこの男子寮の隣に住んでいる隣人であり、腕の日焼け痕がくっきりしている健康優良児と思えるような好青年だ。

 高校時代は野球部で、県大会決勝まで上り詰めた高校の名捕手だっのだが思う事があって進学にしたとか。


「お、おう。竹久……」

「どうしたんだ? 変な顔してるぞ」

「知ってるけど……突然声をかけてくるなよびっくりするだろ」

「おう。悪かったな」


 爽やかイケメンの笑顔を振りまく竹久に、俺は警戒心を壁のように張りめぐらせる。


「……で、何のようだ?」

「前に借りてた鍋返そうって思ってな。飯田にありがとうっていってくれないか?」


 竹久は俺にビニール袋を渡してくる。

 それは数日前に和音が作った豚汁が入っていた鍋だった。


「あー、あの時のか、ドアノブにかけておいてくれればいいのに」

「いいや。『親しき仲にも礼儀あり』それが俺のモットーだ。少しの恩でもしっかりと返すのが当たり前だろ?」

「……お前らしいよ」


 俺はビニール袋を受け取った後、玄関ドアを開けて中へと入る。

 目の前に和音が息を潜めて座っていた。俺はドアの鍵を閉めた後、深呼吸を二度三度した。


「……バレてないよね?」

「多分。ドアで隠れていたから分かってないと思う……」


 もしあの時バレていたらやばかったと、俺は肝を冷やした。


「さっさとシャワー浴びてご飯にしよっか」

「あぁ、そうする……ってうわ!」


 緊張の糸が緩んだ俺の足は絡れた。目の前にはガラス細工のように細い和音がいる。このまま倒れたら怪我をするのは和音だ。

 和音を守るといった矢先に怪我をさせてしまったら元も子もない。

 絶対に怪我させれないと全力で壁をつっかえ棒のように、力一杯押したが倒れる勢いが弱まるだけだった。思わず目を閉じる。

 どさりと音が響く。勢いがなかったから痛みはなかった。

 呼吸が聞こえる。ゆっくりと目を開けると目の前には和音の顔があった。

 少し顎を動かすだけで触れてしまいそうな距離にグロスが塗られているのかプルプルした質感の唇があった。


「ごめん、足が絡れて……怪我はないか?」

「うん、大丈夫だけど……」


 歯切れの悪い和音の返事。

 どうしたのかと俺は不思議でいると、和音は声を出した。


「手を退けてもらえるかな?」

「え?」


 自分の手を見ると、俺の右手は和音の服を捲り上げて胸に手を当てていた。


 不健康そうに見えてきめの細かい白い肌が。

 女性特有の腹筋の筋が縦に一本だけあった。

 そして女性特有のくびれが顕著に現れていて……。


 女性特徴ともいえる柔らかい胸が俺の手の中に包まれていた。


「……」

「……」


 言葉が出なかった。

 おかしい。ここは女人四足禁制の男子限定の寮だ。

 それなのに目の前にいる和音は、まるで……。


「……か、和音……」

「もう一度言うけど、退いてもらえない?」


 和音の冷淡で残酷な言葉に俺は正気に戻り飛び退いた。

 なにが起きているのか理解ができず、震える手で口を塞いだ。


 俺の目の前で起きている事が分からない。

 俺の目の前で、和音という存在が分からない。

 目の前にいたのは和音だ。

 今日一日ずっといたのは入学式からずっと一緒に暮らしているルームメイトの和音だ。

 飯田、飯田和音だ。

 和音は起き上がると服を整える。そしてゆっくりと立ち上がり部屋の奥へと消えた。


「和音……?」

「そこで話すのもなんだからこっちに来てよ。ずっと黙っていたことを話すから」


 奥から聞こえた和音の声に、俺は恐る恐る中へと向かう。

 明かりの付いていない部屋の中に女性服を着ている和音が立っていた。

 ポツンと立っていた。

 呼吸を整える。静寂の空気がキーンと鳴り響いている。


 二度……。


 三度……。


 意識が失わないように緊張の糸を張る。

 口腔にたまる唾液を、息と一緒に飲み込んだ。


「お前は……一体……なんだ?」


 その言葉に和音は弦を弾くような笑い声を出した。


「雄一は昔言ってたよね。人は皆、秘密や隠し事を持っていて、それぞれ違う秘密や隠し事を抱えている。人は皆、秘密や隠し事を持っていることに変わりがないって」


 それは俺が昔、和音に言った言葉だ。


「だから『僕』は……『ボク』は、雄一に秘密を教えてあげる」


 そう言って和音は服を脱ぎ捨てた。


「ばか! やめ……」


 そこにあったのは細身の体だ。

 さっきまでの女性の体つきではなかった。

 細身の体の不健康そうな男性の体だった。


 そして髪の毛が……先程の艶やかな髪は消え去って、ボサボサの亜麻色の髪になっていた。


「僕は飯田和音。性転換障害(トランスセクシャル)の障害を持っているの」

「……なんだよそれ、初めて聞いた」


 そりゃそうだよ。と和音は笑った。


「誰にも教えていないことなんだから」

「なんで……」

「俺に教えたって?」


 首を縦に振る。言葉が喉に張り付いて出なかった。


「そりゃルームメイトだからだよ」

「そんなわけが」

「もちろん嘘」


 和音は俺の元へ歩み寄ってくる。


「雄一はさ、僕のこと化物って言わないんだね」


 理解ができなかった。

 目の前で起きている事も、全然。


「普通、僕の体をみたらびっくりするよ。男なのに女の体になるとか気持ち悪いじゃん。というか恐ろしいよ」


 彼は、……彼女は笑っていた。

 悪戯っぽく笑っていた。


「雄一は怖がらないって思った。それくらいに僕は雄一を信用したんだ」


 純粋な答えに、俺は戸惑った。


「さっき言った言葉だけど」

「秘密を持ってるって話か?」

「うん」


 和音は頷き、胸に両手を当てる。


「俺、嬉しかったんだ。皆隠し事持ってるのは同じだって。皆それぞれ抱えているものがあるって。そう言ってくれた時に救われたんだ」


 そして和音が、俺の目の前へと辿り着く。

 後ろには壁があって板挟みの状態になり、逃げ場など無かった。

 

「だから雄一に曝け出してて思った。だから雄一の復讐に加担したんだ」


 和音が俺を抱き締める。


「雄一、僕は雄一のことが好きだ」


 人は皆、秘密や隠し事を持っている。

 全人類皆、それぞれ違う秘密や隠し事を抱えている。

 例えそれらが俺の一方的で差別的で自分勝手な偏見だとしても、人は皆、秘密や隠し事を持っていることに変わりがない。


 そして俺の目の前にいる和音も秘密を持っていた。

 飯田和音は残酷な現実だった。

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