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今カノvs元カノ

「藤村、どうして……ここに」

「んふふー、私がここにいてもいいじゃない。今日は彼と遊びに来たの」

「その彼氏様はどこに?」

「彼ならいま音ゲーやってるわ。一人で遊ぶから暇になったの。そしたら自販機で偶然雄一くんを見かけたから声をかけたのよ」


 藤村は俺に笑みを向ける。付き合いたての時の笑顔に瓜二つで、タイムリープをしたかと錯覚した。

 不意に交際を始める以前の彼女の顔がフラッシュバックする。あの時サークルの飲み会で藤村からの匂わせの態度を取られた。始めは興味がなく当たり障りもなく話していたのだが、やけに距離感が近く感じた。そして藤村は俺のことが好きだと勘違いをした。

 硬派であればモテると思っていた俺は、逆を言えば押されてしまえばすぐに崩壊する恋愛経験値ゼロの人間だった。調子をのせられたと言っても過言ではない。

 だから俺はダメ元で藤村に告白をした。

 あの時の藤村はどんな表情だったのかどんな返事をされたのか今でも鮮明に覚えている。


「雄一くん?」

「……なに?」

「汗、でてるよ」

「え?」


 気づけば俺は鼻から滴るほどの汗を流していた。動悸が激しく、息苦しさのあまり自分の胸倉を掴んでしまう。

 この感情を俺は知っている。『敵』に対して恐怖をする感情だ。

 見透かされないように平静を装うとするが、手持ちにある心の皮はボロ切れで平静を纏うことは不可能だった。

 どんな顔をすればいいんだろう。

 どんな気持ちが正しいのだろう。

 どんな口調が正しいのだろう。

 女神のような笑顔を振りまく藤村が俺を見つめる。

 精神がの俺を見て何を考えている?


「雄一くん?」

「来るな!」

「なんで? 体調が悪そうだよ」

「ほっといてくれ!」


 藤村が心配な声を出し、背中に優しく触れてくる。

 触れたところがゾワッと寒くなり思わず振り払った。


「痛……」


 痛そうに振り払われた手を逆の手で覆っている藤村を見た瞬間、何をしてるんだと、罪悪感に押しつぶされそうになる。

 俺は顔を背け、自分は悪くないと言い訳を口にした。


「お前は! ……お前は俺と別れたんだろっ!? だから関わる必要がないだろっ!」

「例え別れたとしても、私と雄一くんは同じサークルだし、それに友達でしょ?」

「友達……いや、友達なんかじゃないだろ。友達になんかなれるわけがない!」

「なれるよ。例え異性でも、その関係が交際していた仲でもなれる」

「友達……?」

「そう、私達は友達。友達を助けるのは当たり前じゃない」


 それは当たり前なのか?

 元カノと元カレというのはこんなにもライトな関係を持っていいのだろうか?

 これからは友達でいてね。と言った藤村の言葉が脳内で浮かび上がる。

 藤村が言ったあれは、本当に信じていいのだろうか?

 藤村は俺の手を引く。拒否する力は無かった。そして断る理由も見当たらない。

 俺は近くの二人掛けの長椅子に誘導され、腰掛けた。


「さっき勝手に買っちゃったやつだけど、飲める?」

「あ、あぁ」


 藤村から炭酸飲料を受け取るとキャップを開け口をつける。

 炭酸が口腔の中を刺激し、爽快感が胸に漂うモヤモヤとしたものが流されていった。


「どう? 少しは落ち着いた?」


 藤村は隣に座り、俺の様子を伺ってくる。


「少しは……、ありがとう藤村」

「いえいえどういたしまして」


 落ち着いた俺の様子を見て、藤村はにこりと笑った。


「綺麗な彼女さんだね。誰?」

「……」


 どうしてこのタイミングでそれを聞くのか。


「なにを」

「彼女と一緒にここにきたの知ってるんだよ? あれ、私の見間違いだったかなー?」


 見間違いとは言わせないというような目線が俺を刺す。

 彼女は俺の表情を確認すると、自然な形で指を口に当てて顔を傾げた。

 俺の顔は酷い顔をしているのだろう。


「あ、ごめんごめん。私は雄一くんの彼女さんと仲良くしたいなーって思ってたんだ」

「いや、言っている意味がわからな……」

「雄一くん、私と別れる前からあの人と面識があったのかな?」


 それはつまり、藤村は俺が浮気をしていたと思っているのと同義と言っても過言ではない。

 もしここで前からの知り合いとでも答えてしまえば、俺は和音とは昔からの知り合いと言うことになる。入学をしてからの同居人であるし、同じ釜の飯を食べた仲だ。

 しかしそれは俺の認識の中での話になる。

 藤村から見れば、和音は元カレの隣に突如現れた美女だ。

 ということは藤村からすれば俺と和音が同居をしている事を知らない。つまり以前からの付き合い……浮気となる。

 嫌な予感が苦いゲップのように口に広がっていく。


「だからなんだ。お前だって俺と別れてから新しい男と付き合ってるじゃないか……それも浮気にならないのかよ」

「彼とは昔から友人よ? 彼に雄一くんと別れたと言ったら、じゃあ俺と言われたから付き合うことにしたの」


 それは実質保留というのでは? とツッコミを入れたかった。

 だからといって俺が藤村に振られた後に和音と知り合って付き合う事になったっていうのも道理がいかない。確実に嘘と思われるだろう。

 さらにいうと和音は女性ではなく、男性だ。男性を女装させて藤村に当て付けをしているとバレてしまえば俺は恥さらしになるだろう。

 それだけはどうしても避けたかった。


「だから、雄一くんに確認したかったんだー」

「俺は今あいつと付き合っているんだ。お前に振られて悲しんでいたらあいつが慰めてくれた。それでいいだろう」


 俺は肯定をした。和音が女性として思われているならそっちの方が好都合だし、そっちの方が最悪のシナリオにはならないと踏んだからだ。

 しかし藤村は口角を上げて、したり顔をした。


「ふーん。でもさ? 私、彼女のこと知らないなぁ。女の子の友達多かったと思うんだけど……私見たことないかも?」

「な……」


 やらかしたと直感した。

 たしかに和音は女性の姿で講義を受けたことがない。

 例え今年大学の入学生が全科で三千人規模だとしても、何度か顔を見合わせさえすれば顔がわかる筈だ。

 そして和音の女装姿があんな美人ならば、顔をすぐに覚えるのは至極当然のことである。

 あんなぽっと出てきた女性がいるわけがない


「だから聞きたいの。彼女は誰なのかな?」

「それは……その」


 答えることができなかった。俺は元からこの状況に追い詰められていて逃げ場なんてなかったのだ。

 ? 藤村の圧力に腹の奥から酸が込み上がりそうになる。

 蛇に睨まれた蛙のように俺は身動きなんかできなかった。

 乾いた喉に張り付いている声を剥がすように呟いた。


「……あいつは……」

「雄一」


 俺の名前が呼ばれた。

 視界の端に佇んでいる女性がいた。

 和音が、いた。


「か……」

「ボクの雄一に何か用? 元カノさん?」


 両腕を組み余裕な態度で構えている和音に、藤村は怖気もせず芝居がかった笑みを浮かべた。


「ううん。雄一くんの彼女さんである、あなたにとても興味があったから話しかけたいなって思って彼に聞いてたの」

「その割には雄一怯えてるように見えるんだけど?」

「気のせいじゃないかな? それに雄一くん体調悪そうにしてたよ? あなたが無理をして連れ回したんじゃない?」


 藤村が一歩前に和音へと歩み寄ってくる。


「そもそも、雄一くんは私と最近別れたばかりで傷心してる。そこをあなたが慰める形で入り込むのは変じゃない? 雄一くんと話をしてる限りあなたと雄一くんはまだ知り合ってばかりな感じだよね? 私が、少し前に、別れた後、まるで偶然のように、その場に、居合わせたようじゃない?」


 一言言うたびに距離を詰めてゆき、今にも唇が触れそうなくらいに見合う形になる。

 無表情で立っていた和音が何か見透かしたような笑いを浮かべた。


「……それが雄一と別れた女の発言?」

「えぇ、もちろん」

「その言い方だと、別れた後の男女は友達だと言いそうな発言だね」

「ええ私達別れたんですもの。別れたらそれは彼女ではなくて、友達じゃないの? あなたは」

「……はっ、気持ち悪い」


 和音は藤村を馬鹿にしたように鼻で笑った。

 その和音の笑いに藤村は口角を下げる。


「男女交際が解消された後も男と女が友人関係でいる事なんてありえないわ。ただのセフレじゃない」

「……」

「それとも、貴方はこれまで別れてきた男たちと友達でいようねとネコ被ったあと、欲求不満になったら別れた男に股を開くビッチなのかしら?」


 藤村は押し黙った。

 レスバトルに勝った様子の和音は藤村から俺へ視線を向ける。そして近寄ってきた。


「雄一、大丈夫? 水でもぶっかけられたの?」

「いや自家製かも」

「そう、あとで一緒にお風呂はいる?」

「は、は!?」

「嘘よ。試しただけ」


 和音の白い腕が俺の腕に絡みつく、その手は冷たかった。


「ほら、雄一。行くわよ」

「……あ、あぁ」


 手を引かれるように、俺は和音についていく。


「ねぇ雄一くんの彼女さん?」


 藤村に呼び止められた和音は一度止まると彼女を見た。

 ゆっくりと振り返る藤村の表情にどことなく殺気が滲んでいるようだった。


「あなたの名前は? 聞いてなかったから」

「ボクの彼氏を名前で呼ぶのやめてくれない? 不愉快よ」


 和音は吐き捨てるように言った後、俺達はゲームセンターから出た。

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