ゲーセンデート
「さぁ、ゲーセンデートをしよう」
「ゲーセンデートとか高校生か」
ゲームセンターに到着した俺たちのテンションには雲泥の差があった。
和音はウキウキとしている様子に対し、俺はテンションが上がらずドライな気分だ。
当たり前だ。テンションなんか上がるわけがない。
今俺がやっていることは藤村美咲に対し和音と現在進行形で行なっている偽装恋愛を見せる事で、それは和音が視聴覚室に来る前の藤村が俺へ当て付けに他の男性と親しげに話しているのと同じだ。
復讐をするとは言ったもののやっていることは藤村と変わらないと、心内で同族嫌悪がチクチクと喉に魚の小骨が刺さっているかのような痛覚を覚えた。
藤村はきっと俺と同じ気持ちになっていただろう。ざまぁみろとは言えない。同情に近い何かが胸の辺りを漂っていた。
「む、ゲーセンを甘く見縊っては困るよ? 雄一」
俺の気分の落ち込みに、和音は可愛く頬を膨らませて咎めてくる。しかし感傷に浸る俺は何も感じることはなく俯いていた。
ゲームセンターの中はジャラジャラとしたコインがコップに落ちる音やジャックポットを当てたファンファーレ、そして音楽ゲームのプレイ音で頭痛がして気が滅入った。
「見縊るっていうか、なんというの? 金の無駄遣いに感じるんだよ。お金を支払って獲得するのが売買とするなら、ゲーセンで行われる事はそれが釣り合っているように感じないわけで……。例えばUFOキャッチャーで手に入るカレンダーがあったとして、そのカレンダーを千円かけて手に入れるのと他の方法でそのカレンダーを入手するほうがやすかったりしない?」
「その考えは甘いよ、雄一!」
和音は両手で俺の顔を挟み持ち上げるなり、大声で俺の名前を呼ぶ。
ゲームセンターのうるさい音は和音の両手が俺の耳を塞いだ事で音が小さくなり、そして和音の声がはっきりと聞こえた。
「雄一の今の発言は、『別にゲーセンで取らなくてもオークションとかで手に入れた方が安くない?』って言ってるのと変わらないよ」
「声を真似るな。……いや、実際そうだし……」
「そこが違うと言っているの! オークションで手に入れた物と、自分の努力で手に入れた物では価値観が違うでしょ!」
ぐいぐいと近づいてきて俺に説法をする和音。
視界一杯に和音の顔が占めて今にも唇が触れそうなくらいに近くなった時、恥ずかしさのあまり俺は思わず目を閉じた。
「分かった。分かったから手を離してくれ」
手に入れたという実績は確かに価値がある。それが千円で例えオークションよりも高くなってしまっても、千円で取れたという達成感は必ずあると思う。
和音の両手から解放された俺は、和音に質問する。
「じゃあ、エアーホッケーとか、メダルゲーム、あとはリズムゲームとかあるけどそれはどういう対価があるんだ?」
「それはプレイヤー同士の得点争いでしょ。メダルゲームはやったことがないからわからないけど、エアーホッケーなら対戦相手は一人ではなくて二人だからどちらかが負けてどちらかが勝つ。つまり、勝った方にその振り込んだ金額分の価値がある。リズムゲームなら大体はボーダーラインがあってそれ以下になったら途中で中断されるから最後までやり切ったら達成感を感じるうえ、得点がでたら上を目指そうとかするわけでさ……」
「なるほどな、プレイ料金は言わば娯楽への投資……ということだな?」
「そうそう! そういうことだよ。よく分かってるじゃないか」
そこまで熱弁されると嫌でも分かる。
景品を手に入れた達成感、プライスレスということだ。
不思議と先程まで感じていた同族嫌悪の痛みや、頭痛は消えていた。
「それならゲーセンに来た意味があるってことか。なら何からやる?」
「それならまずはUFOキャッチャーからやろうよ。三ヶ月前からずっと狙っている景品があるからさ」
「三ヶ月前? どうしてそんな前から?」
「大体景品の発注は三ヶ月前から始まってるのよ? 是式一般教養だよ?」
いや初耳だわ。
◇
「あー、楽しかったー。雄一は音ゲー得意だったなんて知らなかったよ。やっぱり日頃筋トレしてるから体力底無しだね」
「初めてだけどな。多分暇な時に、動画サイトで音ゲー譜面を視聴しながら運動したっていうのもあるかも」
「なにー、ぼっちゲーセンができないからって一人で音ゲー練習してたの? 可愛いね」
「違う。運動してても面白くないから、たまにはゲーム感覚でできたらいいなっておもってやってただけだ」
俺と和音は一つの机に四脚の椅子が用意されているゲームセンターの休憩室で休んでいた。
空いてる椅子にはパンパンに膨らんだゲームセンターのロゴが入っている袋が置かれている。その袋の中にはUFOキャッチャーで手に入れたぬいぐるみなどの景品がギュウギュウに詰め込まれていて苦しそうだった。
「ふーん……? でもボク雄一が動画みて音ゲー練習してるの見た事ないよ?」
「いや、音楽に合わせて走り込みしてたから」
「あのリズムで走り込みができるのおかしいけど……」
休憩室に入るまではゲーム音でうるさかったが、透明のアクリル板で囲われているここに入るとゲームセンターの環境音が多少緩和しており、和音と声量を絞って話すことができた。
「初見で難しさをパーフェクトまではいかないけども、合格ラインをクリアできるの才能じゃない?」
「そうなのかな……」
「そうだよ。すごいよ雄一」
「そうか……そうかなぁ」
無条件で褒めてくる和音に、俺の頬は緩くなり調子が乗る。
豚もおだてりゃ木に登るとはこういうことだろうと思った。
和音の細くて白い手が膝の上で組まれる。
「ボクも上手になりたいなぁ」
「もうちょっと体力つけたらいいと思うけど、運動とか筋トレしたら?」
「えー、いやだよ。それに体力ない方が庇護したいなって思うでしょ?」
「は?」
「例え話だよ例え話。もしボクが女性だったらさ、これくらい体力ない方が守りたいなぁって思わない?」
「そうかもしれないが……」
か弱い女性がいたら守りたくなるというのは男の本能だが忘れることなかれ、こいつは男だ。
いくら完璧に女装をしようが、女性らしい仕草をしようが、どんな甘い言葉を言おうが、和音は俺のルームメイトだ。それ以上は絶対あり得ない。
「雄一、どうしたの? 疲れた?」
突然和音は俺の顔を覗き込みながら心配してきた。
その覗き込む仕草が女性っぽく、Vネックニットの胸元がちらりと見える。その姿に顔を赤くなったのがわかった時、俺は椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「喉渇いてるだろ? 飲み物買ってくる。ジュースでいいか? いいよな。ジュース買ってくるから!」
そう言って早足でその場を離れる。
後ろでクスクスと笑う声が聞こえた気がしたが無視をした。
「良いように俺は振り回されている」
近くにあった自販機に辿り着くと自販機に寄り掛かり独り言を言う。
和音と一年近く生活をして薄々気づいてはいたが、擬似的にデートをしたことで改めて和音という存在は他人を振り回すタイプだと実感した。
しかも無自覚で振り回すのではなく、意図的に面白おかしく振り回すのだ。例えていうなら猿回しで、和音が猿引きなら俺は猿だろう。いい迷惑だ。
「でも……あいつと一緒にいると、楽しいし」
一ヶ月の間、藤村とデートらしき事は数回ほどだがほとんどがご飯食べたり、ご飯を食べたり、ご飯を食べたりとそれだけで楽しかったとは言い難い。
高校時代、硬派で居続け彼女という存在と無縁だった俺はいざ付き合って大人の付き合いとはこういうものだと、そのうち楽しくなるんだろうと言い聞かせてきた節はある。
でも楽しくなる前に別れたわけで、そもそも藤村はそうなる前に別れるつもりだったのかもしれないわけで……。
頭を横にふるう。和音と偽装とは言え、デートをしているのだから藤村のことを思い出すのはよくないと思った。
「待ってるよなあいつ……」
それほど時間は経ってはいないだろうが、待たせるのは良くない。
財布を取り出し、必要な小銭あることを確認した俺は自販機に投入していく。
そしてりんごジュースのボタンに触れようとした時。
押してもいないのに、りんごジュースのランプが消えた。
「……」
がこんと取り出し口から音がする。
「ありがとう。雄一くん。ちょうどジュース欲しかったんだー」
俺の右脇から細めの腕がにゅっと伸びてくる。
取り出し口から出てきたのはオレンジの炭酸飲料だった。
「ありがとうね、雄一くん?」
藤村美咲がそこにいた。