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君との出会い

 

 俺たちが講義を終えてデート先であるゲームセンターに向かっている間、少々飯田和音という人物との出会いについて語ろうかなと思う。


 飯田和音との出会いは入学式になる。


 あの時の席は三千人規模の体育館の入り口に二枚のポスターが張り出されていて一枚はクラス分け、もう一枚は体育館内での各クラスが座る場所が記されていて丁寧に五十音順で横に座ることと記されていた。

 そして並んでみると、一列目にいる『飯田』という苗字と、その『飯田』の斜め右後ろ……二列目の『西田』という名前が偶然近くにあっただけだった。

 だからといってそれは神様の悪戯とか何かの運命的な出会いでは無い。ただ偶然、ざわざわと複数人の声が響き合う雑音の中……一番近くで黄色い歓声が湧き上がっていたのが『飯田』の席の周りだったというだけだ。

 斜め後ろの席から興味がないフリをしながら彼の横顔をみる。

 しっかりと見たわけではないが中性的なその相貌は、注目の的になるのは間違いないと感じた。


「飯田君であってる? はじめまして。私、合田っていうんだよかったら仲良くしてね」

「うんよろしく。合田さん」

「合田さんずるいじゃん。私河田っていうんだ! よろしく!」

「まぁまぁ喧嘩しないで。こちらこそよろしくね。河田さん」


 当たり障りのない受け答えに俺は内心いらついていた。

 簡単に言えば嫉妬……だったのかもしれない。

 あの時の俺はストイックな生活がカッコいいと思っており、女性との関係を断腸の思いで断ち切り硬派を演じていた。

 仕方ないと言えばそうなのだがその経験上硬派がモテると思っていたのに、ヘラヘラと笑うもやしみたいな和音に俺の考えが覆されたことが気に入らなかった。


「……ケッ、優男が」


 俺が小さく聞こえないように悪態つく。

 するとそれに気づいたのか和音が見返してきた。


「っ……!」

「……」


 やばい、バレた……? と胸に不安が過ぎる。

『あの人は悪口を言うから気をつけてね』と和音が女性陣に言ってしまえば、それは悪い噂へと変化し光回線よりも早い女性の情報網によってあっという間に広がってしまうだろう。

 どうにかしてそれだけは阻止をしたいと思ったが、その時の俺は飯田和音とは初対面どころか話したこともない。

 阻止などできるわけがなかった。

 万事休すと諦めかけた俺に、和音はにこりと微笑んできた。


「……?」

「(だ、い、じ、よ、う、ぶ、だ、よ)」


 和音は声を出さず、ゆっくりとはっきり口を開ける。


「どうしたの? 飯田君」

「んーん? なんでもないよ」


 そして和音は何事もなかったかのように女性と会話を続ける。

 その姿に俺はほっと胸を撫で下ろしたのだった。


 ◇


 大学を受けるには自宅から通学するのと自宅から離れ寮で生活するのとで分かれている。

 そして俺は親の元を離れ、寮生活をしようと決めていた。

 しっかりと勉学に励むためとはいえ、高校まで一緒に生活をしてきた親と離れることとなるとやはり寂しいものだ。

 これから住む寮を前にして俺は望んで監獄に来てしまった気分になった。

 なら別に自宅から通えばいいじゃないかと思われるが、この寮は独自の制度がある。

 それは寮生活をしている生徒が一定時期に実施されるテストで及第点を出すことができれば、住居費や水道光熱費、さらには飲食費が免除されるという待遇があるのぁ。

 俺の家庭は母子家庭で母親が女手一つで育ててきた。だからこれ以上迷惑などかけれるわけがなかった。


「ここでは女人四足禁制となっているッッ! もし触れるとなればッッ! 一ヶ月掃除当番をやらせるのが決まっているッッ!! わかったかッッ!」

「いよっ! さすが寮長! でかい! 説明不要に他が見えないっ!」


 寮長の大学の先輩はボディービルをしているのか、サイトチェストや、モストマスキュラーを決めて俺たち男子新入生に説明してくる。そして周りの寮生が掛け声をしており情報量過多によって全く頭に入ってこなかった。

 寮長の無駄に無駄を重ねた無駄な説明をぽけーっと聞いていた時、俺の肩がつんつんと突かれた。

 そこには和音がいた。


「ななな、女人四足ってどう言う意味?」

「え?」

「女人四足だよ、あのムキムキの寮長が言ってたじゃん」


 いや、全然聞いてなかった。……てかどうして俺は貴方に声をかけられているのでしょうか?

 しかしそんな俺の気持ちも知らず、和音は俺に詰め寄ってくるように近づく。

 入学式の時は人相をはっきりみていなかったから分かってなかった。しかし今はその本人が目の前にいる。いやでも和音の顔を見えてしまう。

 線の細さ、きめ細かい白い肌……亜麻色のサラサラとした髪に長い睫毛。

 まるで男性とは思えない姿に俺の思考は停止する。


「……」

「……もしもーし?」


 もう一度和音に突かれた事で意識が戻ると、さっき尋ねられた事を思い出し自然と口から出た。


「犬、猫、亀などの四足歩行の動物を飼育を禁止するってこと……だと思う」

「ほうほう……へぇー? 君頭いいんだね」

「頭いいわけではないけど……」

「でも、僕の知らない事を君は知っていた。それはすごい事じゃない?」

「まるで自分以外の人間は、お前より馬鹿だと言ってるようなもんだぞ。それ」

「そう捉えられても仕方ない発言したね。ごめんごめん」


 入学式の時、周りを囲んでいた女性達に向けた笑顔とは違う、満遍の笑顔に俺は首を捻ったのを覚えている。

 まるでその笑顔は、初対面に見せない安心しきったものだった。

 和音は右手を俺に出してくる。


「僕は飯田。飯田和音。よろしくね西田雄一くん?」

「なんで俺のことを知ってるんだ?」

「さぁ? なんでだろうね」


 含みを持たせていう和音の発言に、俺は気味の悪さと同時になんとも言えない感情が湧き上がる。


「お前……どこかで……」

「この寮では二人一組で共同生活することが決められているッッ! 一緒に共同生活をしたいと思うものがいるならば挙手をしろッッ! 残りの奴らはくじ引きをしで同じ番号の奴と生活してもらうッッ! 分かったなッッ! ハァァァ!」

「「「バック・ダブル・バイセップス!」」」


 寮長と取り巻き数名がポーズ紹介及び寮生活の手引きを終えた瞬間、入学式の時に仲良くなった男同士が手を上げていく。

 仲良いんだなぁ。と俺はぼんやりとその光景を眺めていた。

 別に友達が少ないわけじゃないが、生憎この大学には高校時代の同級生はいない。それに例え入学をしたとしても、その同級生が寮生活をするのかわからない。

 くじ引きでルームメイトを見繕ってもらった方が得策だな。と俺は考えた。


「西田君は、一緒に生活する相手はいるの?」


 そんなくじ引きを待機している俺に、和音は尋ねてくる。


「予定はない。だからくじ引きで決めてもらおうかなと思ってる」


 そっちの方が義務的だし納得をせざるを得ない状況になる。

 赤の他人との共同生活は気がつかれるし正直面倒くさいが、そっちの方が仕方がないなと心構えができていいかなと思っていた。


「へぇ、じゃあ俺とルームメイトにならない?」

「は?」


 驚きの声を上げた俺を、にんまりと笑う和音が見る。


「だって相手いないんでしょ? 僕もいないから」

「いやいや初対面だろ? 俺たち……」

「あの人たちだって初対面でしょ? それなら僕達も変わらなくない?」

「いや、そうだけどさ……俺人見知りだし」

「僕も人見知りだよ?」


 嘘つけ。入学式の時女性陣と仲良く話していただろ。


「俺家事とか苦手……」

「じゃあ僕がやろう。掃除洗濯炊事……なんでもできるよ?」

「おかんかよ。でもそこまでしてもらうつもりないし……」

「じゃあ交代でやろう。家事も教えるからさ。お互いウィンウィンだよ?」

「といっても……」


 俺はお前のことあんまり好きじゃないから……好きじゃないってなんだ?

 違う。俺はこいつのことを苦手だと思っているんだ。何故なのかはわからないけど、こいつとは初めて会ったような気がしなかった。

 しかしそんな俺を無視して和音は強引に事を進めようとする。


「まぁ、乗りかかった船だと思ってさー」

「いや、待てって……」

「あとはいないかッッ!? いないならくじ引きを始めるゾッッ!! マッスル・ロッタリーダッッ!」

「はいはーい! 寮長! 僕達ルームメイト希望でーす」

「いや、待てって!」


 手を上げて意思表示をする和音の細い腕を、俺は掴んで下に下げる。


「俺はまだいいとは言ってな……」

「優男って言ったの聞こえてるからね?」

「っ……!」


 冷たく言い放った言葉に俺は喉をつまらせた。

 言葉同様に冷たい視線を向ける和音に俺の背筋は春なのにも関わらず悪寒が走った。


「さぁ、どうする?」

「……あぁもう。好きにしてくれ」


 こうして、俺は和音とルームメイトになったのだった。

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