王子様
シャーロットをターゲットにしたいじめは日に日に酷くなっていった。
最初は足を引っ掛けて転ばせたり、制服を隠すなど小学生がする様な嫌がらせも勢いを増し、靴をズタズタに引き裂いて焼却炉に入れたりトイレ中に上から水をぶちまけた事もあった。
しかしシャーロットは何をされても怒らず、にこりと微笑んでいるだけだった。沙良もつまらなくなってきたのか、最近では暴力を振るう様になる。勿論、自分の手は汚さずに屈強な取り巻きの男子にやらせるが。
「あいつ何も反応しないじゃーん。つまんないのぉ。」
想像した通りつまらないらしい。じゃあ辞めたら良いのにとクラスメイトの殆どが思っているだろう。だが、辞めないのがこの女なのだ。あの顔は絶対に次は何をするか考えていると思う。
クラスの緊張感がマックスに到達した時、とうとう痺れを切らしたのか一人が立ち上がる。
この高校の生徒会長であり、クラスメイトの羽水遊だ。彼は二年生にして生徒会長に上り詰めたいわば完璧人間で正義感が強く、王子様キャラとして女子から圧倒的な人気を誇っていた。
沙良もその一人であり、いつも取り巻きたちと追っかけをしている。羽水が迷惑そうにしているのに気付かずに甲高い声をあげて盗撮をしているのはもう日常茶飯事だ。
「ねえ、有島さん。」
「あ、羽水くん!なぁに?」
沙良は、さっきとは打って変わって猫撫で声で羽水の背中に抱きつく。
「キャンベルさんが可哀想だと思うな。」
この一言で空気がピリッと変わるのが分かった。沙良の顔が見る見ると赤くなっていく。ちょっとまずそうな雰囲気だ。しかしその空気は羽水の言葉で一変する。
「有島さんは可愛いんだから、もっとみんなに優しいともっと可愛くなると思うよ。」
沙良の顔が別の意味でぽっと赤くなり取り巻きたちを連れて教室から出て行ってしまった。
これは彼の計算の内なのかただの天然タラシなのか…
ただ羽水が救世主になったのは確かだった。
「ありがとう、羽水くん!」
遥香がお礼を言いに行く様子が見えるのでこっそりと聞き耳を立ててみる。
「嫌、そんな事は無いよ。それに僕は優しい女の子はみんな可愛いと思うからね。」
七穂は察した。羽水のあれは計算ではなく本物の天然物なのだと。確かにミーハーな女子が食いつくわけだ。それの証明に今ここで彼に落ちてしまった人が一人。はぅっと胸を押さえて椅子に座り込んでしまった。
キャンベルさんのことをすっかり忘れて考え事をしてしまって気付いた時には彼女はどこかへ行ってしまっていた。どうせトイレでも行ったのだろう。そう思って特に心配はしなかった。
「羽水いるー?」
再び騒がしさを取り戻した教室に大きな声で入ってきたのは蒼汰だった。相変わらず学校では仮面を被っているらしい。長い付き合いの七穂でも極たまに、どれが本当の蒼汰なのか分からなくなってしまうほどの強固な仮面だ。
「そこにいるよ」と遥香が教えてあげると、ズカズカと入ってきて強引に羽水を担ぎ出し出て行ってしまった。大方生徒会の仕事だろう。会長と副会長だから他の役員よりも仕事が大変だと愚痴をこぼしていたことがあった。
「萩原くんやっぱりかっこいいよね〜。」
「無い無い。あり得ない。」
遥香が蒼汰をかっこいいと言い出したので全力で否定しておいた。あいつは辞めたほうが良い。今までの七穂の経験があるからこそおススメしたく無いのだ。別に従兄弟に彼女が出来なくても特に困る事は無い。
「そんなに否定する?」
ギャハハハと爆笑する遥香が心底楽しそうだったので七穂も釣られて大笑いしてしまった。笑いと一緒に過去も無くなればもっと楽しいのにと、残念になる気持ちもあった。