支配人カグヤ
イプシロンという人物に出会った後、俺はレベル上げも行わずに第一層へと戻ってきた。
さすがにあんな事を聞かされた後では身が入らない。
……大聖堂ユーネス、いや如月愛香、俺の妹は無事なのだろうか?
「はぁ……」
ふざけた奴だったが、ふざけた奴だったからこそむしろアイツが嘘を言っていたようには思えない。
どうすればいいかの判断材料が完全に欠けていた。
「オーナー? 暗い顔されてどうしたんですか?」
「ああ、カグヤか……ちょっと俺の故郷が、いや、なんでもない……」
この世界の人間のカグヤにこんな事を伝えても無駄だ。
それに、まだ確定した情報というわけでも……いや、強がりはよそう。
ほぼ確定事項だと思っていいだろう。
「オーナー、辛い時は泣いてもいいんですよ?」
「かぐや?」
「泣くのは悪い事ではありませんよ?
いくらオーナーが強くても悲しい事はありますし、辛い時もあります。
見ず知らずの人の前で泣くのが恥ずかしいなら、私がお話を聞いてあげますよ」
「……」
カグヤがそう言ったのを皮切りに、俺の心のダムが吹き飛んだ。
色々と一人で溜め込みすぎたのもあるし、いきなり色んな事を詰め込まれてキャパオーバーしていたのもあるかもしれない。
ただ、人に何かを受け止めて貰えるっていい事だなと本気で思った。
「妹が……多分死んだ」
「お、オーナーの妹さんはどんな人だったんですか?」
「バカで、八つ当たりばっかりしてくるし、学校の成績も底辺だが、ゲームの才能だけはあった奴だ。
色々と喧嘩をする事もあったけど、結構仲が良い方だったとは思う」
ああ、アイツはそういう奴だった。
運動神経も良くないし、成績も悪い、家事や料理をさせてもダメダメ、でもゲームをやらせれば必ず上位に立つ奴だった。
せかんどわーるどα1.0が出た時もいの一番にプレイして最終的にはランキング7位にまで上り詰めた。
エンジョイ勢の俺とは比べるのも馬鹿らしいくらいに本気で、あらゆる時間をやりくりしてゲームに熱中する奴だった。
「ああ……そういう奴だった」
「オーナーは妹さんが好きだったんですね」
「好きというか……まあ、嫌いではなかったな」
良くシスコン呼ばわりされる事もあったし、たしかに好きだったのかもしれない。
かなり不名誉な称号ではあるのだが、兄妹の仲がいいと言うのは悪いことではないだろう。
「しは……おっと、カグヤも兄弟っていたりするのか?」
「私ですか? 姉が一人いました」
「そうか、大切にしろよ」
「あ、3年前くらいに亡くなっちゃいまして……今は居ませんよ」
3年前か。
この世界の住人から直接聞くと、本当にこの世界がずっと前からあったのではないかと錯覚してしまいそうになる。
いや、過去なんて今この瞬間は何処にも無いというアイツの言葉を信じるのならそれは正しいのかもしれない。
過去なんて曖昧なものは人の記憶が作り出す幻想にしか過ぎないし、その記憶も『記憶した』ものではなくそう『記憶している』だけだ。
そして、世界の何かに過去を求めようとして記録や痕跡を探しても『それがそこにある』という事実があるだけで『それがいつどこでどうやってできたのか』という事は絶対に分からない。
今この瞬間に世界の法則そのものがかわってしまう可能性も十分にあるし、そもそもこの世界のように誰かがその設定ごと作ったのかもしれない。
だからそう……この世界はずっとずっと前からあって、カグヤも、他のこの世界の住人もずっとずっと前からこの世界で生きてきたのだろう。
今この瞬間、感じているものだけが事実なのだから。
「私の父は商業ギルドのグランドマスターをしてるんです。
そのせいで色々と厳しくて、好きな事もさせて貰えませんでしたし、ずっとずっと勉強をさせられる毎日でした。
毎日、毎日、毎日、お目付け役を付けられて強制的に勉強させられて、出来なかったら酷く怒られるんです。
それで、私と違って勉強が出来なかった姉は自分で自分の命を絶ったんです」
「カグヤもカグヤで大変だったんだな」
自殺、か。
悪いことを聞いてしまった気がする。
毎日毎日強制的に勉強をさせられるとかたしかに頭がどうにかなりそうだ。
俺なら発狂する自信がある。
自殺者が出るような環境でむしろ良くカグヤは耐えたな。
というかカグヤの父親って商業ギルドのグランドマスターだったんだな……。
グランドマスターは第十層にある本部にいるんだっけか?
そういえばこの世界の人はどうやって移動しているんだろうか?
「あはは、今は家から逃げ出してここで働いてますけどね。
嫌になって家出しちゃったんですけど、そしたら商業ギルドに圧力が掛けられたみたいで、月給5000ガルン未満の仕事は受けれなくされちゃったんです」
「そうか、それで一人だけめちゃくちゃ高かったのか……」
「はい、それで私みたいな小娘をそんな高額で雇ってくれる所もなくて、商業ギルドを介さずに私を雇ってくれるところもなくてもう諦めて帰ろうかなって思ってたらオーナーが雇ってくれたんです」
たしかにいくら才能があるとはいえ、16歳の少女を月給500万円で雇うかといわれると地球ならまずありえないだろう。
この世界でもどうやらそれは同じようで、彼女のようなまだ若い少女をそんな大金で雇うのはプレイヤーくらいのものなのだろう。
「カグヤはちゃんと、給料分は働いてるからな。
ここまでの才能の持ち主が月5000ガルンだとかなりお得な方なんじゃないか?」
「そんな事無いですよ! 私、書類仕事とかそういうのしかできませんし、今のこの地位も明らかに分不相応です。
オーナーは私を過剰評価し過ぎですよ」
とは言ってもな……22桁の高速暗算とかもう、人間業じゃないしな。
それに計算以外にも事務系の作業に必要な事ならどんな事でもあっという間にテキパキとこなしてしまう。
それも、他の人や俺が自分でやるよりも遥かに高クオリティでだ。
支配人という立場はまさにふさわしいと思う。
俺とカグヤが社長室(仮)で二人で話しているとドアがコンコンコンとノックされた。
どうやら誰か来たようだ。
「どうぞ」
「あの、今お時間よろしいでしょうか?
鍛冶ギルドのグランドマスターがここの責任者に面会を求めているのですが……」
ん?
鍛冶ギルド?
そんな所のグランドマスターが何の用なのだろうか?
「オーナーが武器屋もオープンさせると言っていたので私が事前に鍛冶ギルドに伝えておいたのですが、もしかして迷惑でしたでしょうか?」
「グッジョブ!」
さすがカグヤ、仕事が速い。
二階層の攻略で結構な大金が入ったのでそのまま鍛冶師を何人か雇っておこうと思っていたのだ。
それにそろそろ本格的に装備を整えておきたい時期だが、プレイヤーの生産職はまだ強い奴がいないのでこの世界の専属鍛冶師が欲しかったところなのだ。
しかもわざわざグランドマスターが直々に出てくるなんて普通はないだろう。
さすがカグヤ。
これなら鍛冶ギルドからスーパーな鍛冶師を雇える可能性がある。
「とりあえず応接室まで通してもらえますか?
直ぐに向かうと伝えてください」
「はい、かしこまりました」
「えーと、オーナーはどうされますか?
もし良ければ来ていただけると助かりますが……」
「うん、行かせてもらうぞ」
仮面をつけた黒ローブの男が責任者とか言ったら向こうも困惑するとは思うのだが鍛冶ギルドのグランドマスター、やっぱり一度くらいは目にしておきたいものだ。
「オーナーの事は世界最強の戦闘技術を持っている人と伝えてあるので、あの人も会いたがってると思いますよ」
「……俺、そんな大層な人じゃないぞ」
「でもオーナーって戦闘系のクラスをカンストしてますよ?」
「ん?」
戦闘クラスとは一体なんだろうか?
この【せかんどわーるど】にはクラスやジョブといった職業系のシステムは一切存在せず、プレイヤーの動きを補佐したり、MPを消費する必殺技のようなものが使えるようになるスキルというものがあるだけだ。
それに、格闘スキルなら持っているが熟練度システムとかそういうのは無いはずだ。
「そのクラスっていうのはなんなんだ?」
「あ、私の目って実は【天眼】っていう魔眼でして、色々なものが見えるんですよ。
例えばものを見たら効果や価値、使い方とかが分かるんです」
て、天眼!?
カグヤってそんないかにもユニークなスキルまで持ってるのか!?
「そのスキルで人を見たらクラスっていうのが分かるんです。
その人がその職でどのくらいの技術を持っているのかっていう指標みたいな感じなんですけど、オーナーは格闘家のクラスをカンストしてるんです」
「待て待て待て!」
どのくらいの技術を持っているか。
つまりはカグヤはプレイヤースキルを測定できるってことなのか?
仮にそうだとしたら天眼はやばいとか強いとかそういうレベルのスキルじゃない。
しかも俺の隠蔽スキルを思いっきり貫通してるって事かこれ?
「なんですか、オーナー?」
「あー、まずそのカンストの基準がわからん。
どれくらいの技術があればカンストできるんだ?」
「私の父の以外でなら、何かのクラスがカンストしてる人なんてオーナー初めてです。
オーナーの説明の所に『神のごとき技術を持った異世界人』とか、称号に【闘神】や【人間卒業】とかが付くくらいには凄いです」
称号システムまであったのこの世界!?
というか俺はいつ人間卒業なんてものを獲得したんだ!?
思いっきり人間だぞ俺?
「……ちなみに、俺を除くと戦闘系クラスが1番高い人って誰なんだ?」
「昨日お店の方に買いに来てくれた変態☆紳士って人ですね。
剣士クラスが966で【人間卒業】ついてましたので多分そうとうに強いはずですよ」
「俺は?」
「オーナーは1000です」
あ、あの変態☆紳士さんで966?
カンストってどれだけ凄いんだよ……。
割と自慢できるのか?
「今度カグヤが目にしたクラスの高い人のデータを作って貰えるか?
名前とその高いクラスだけでリスト作ってくれると助かる」
「分かりました、明日の夜までには知ってる人達の分を完成させておきますね」
そんな事を話しながら俺とカグヤは応接室まで向かうのだった。
評価、感想、それは世界ロマン