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イプシロン

 耳元に聞こえてくる可愛らしい声と、ゆさゆさと身体が揺さぶられる感触で俺は心地良い目覚めから目を覚ました。



「オーナー、起きてください。

 オーナー」

「う、うんん? おはよう、支配人ちゃん」

「はい、おはようございますオーナー。

 それと私の名前はカグヤです」



 綺麗な白髪と透き通るような紅い瞳をした、まるでフィギュアのような可愛らしい少女。

 月額5000ガルン、月給500万円の子にして極東商会の支配人、カグヤ。

 俺の一日は大抵彼女に起こされることから始まる。



 その透き通る声は俺の耳からすーっと脳に入ってくるように響き渡り、俺に一日の活力を与えてくれる。

 年齢は16歳らしいのだが、とても16歳とは思えないような知性を発揮している。

 具体的にどれくらい凄いのかテストしてみた所、22桁までの四則演算であれば暗算でほんの数秒で解けるくらいヤバい。



 彼女がただのこうすればこう反応するというプログラムの積み重ねによるAIなのか、それとも本当にこの世界で生まれて生きてきた人間なのかは俺には判別する事ができないが、どう見ても普通の人間にしか思えない。

 可愛いは正義だ。



「オーナー、明日は決闘に行かれるんですよね? 

 今日はその準備ですか?」

「ああ、と言っても第三層でレベルをあげるだけなんだが……」



 対戦相手の二つ名は『蛮族』、名前はトラスコ。

 第18位にしてプレイヤー最高峰のバトルアックス使いらしい。

 レベル上げをしなくても勝てるだけなら勝てるとは思うのだが、どうやら『蛮族』が決闘騒ぎを起こしたという情報が既に出回っているようで、掲示板上では既に賭けをするプレイヤーや観戦希望のプレイヤーがそれなりにいるらしい。

 ネット上ではやっぱり二つ名も無く、名前も明かされていないプレイヤーよりも『蛮族』に賭ける人が多くいるようだ。



 仮に無名のプレイヤーが第18位、プレイヤーの上位勢である『蛮族』のトラスコに勝ったともなればそれこそ大騒ぎであり、どこに行っても俺は引っ張りだこになる事は間違いない。

 考え無しに決闘を受けた俺が馬鹿だった。

 もうこうなってしまえば俺=極東の聖人の図が成立するのは必然と言える。



 なら色々と出てくる面倒事を回避する為にはこちらから『極東の聖人』として決闘に現れるしかない。

 俺はあの時は仮面もローブも付けていなかったのであそこで見ていたプレイヤーには正体が割れる可能性があるのだが、今回観戦に現れるプレイヤーはあそこに居たプレイヤーとは比べ物にならない。

 幸い、写真などは撮られていないみたいなので、これからプライベート以外は常時あの仮面姿で過ごしてやればいいだろう。



「よし、じゃあそろそろ俺は行くとするか……。

 カグヤ、今日も一日しっかり頼むぞ?」

「はいオーナー!」



 □□



 偶然出会ったミオンに今日は決闘の準備で一人で行動させてもらうと伝えてから俺は三層へと足を運んだ。

 真っ当にレベル上げを行ってももちろん良いのだが、それよりもボスに挑んだ方が圧倒的に効率が良い。

 ボスの経験値は通常の敵より遥かに多く設定されており、レベラゲをしてボスを倒すのとボスを倒してから次の層でレベル上げを行うのを比べた時、明らかにボスを倒してからレベル上げをした方が効率がいいのだ。

 通常なら低レベルでボスに挑むのはデスペナを受けるだけなのだが、幸いな事に俺のHPは0であり死ぬ事は無いのだ。

 ボスに挑まない理由がない。



 そのまま東エリアまで走ろうとした時、目の前から声が掛けられた。



「おやおや? さすがシオン君だね。

 いきなりボスに挑戦かい?」

「うぉぉぉぉッッッ!!?」



 俺が驚いているのには理由がある。

 まず一つ、さっきまで目の前には誰もいなかったから。

 いきなり人が目の前に現れたら誰だってビビる。



 そして、その現れた奴がまるで有名な日本の映画に出てくるあのキャラクターのような姿だったら尚更ビビる。

 黒い影のような体に、かなり怖めな白い仮面。

 そんな奴が眼前に飛び出てくれば超怖ぇよ。



 ついでに俺の名前をそいつが知っていて、俺の肩にポンと手を置いてきたらもっとビビる。



「今から君は『一体、お前は何ナシなんだ』と言う」

「い、一体、お前はナニナシなんだ? はっ!?」

「どうも、ε(イプシロン)です」



 い、いぷしろん? 

 イプシロン……えと、えーと、ギリシャ文字だっけ? 

 いや、どう見てもそんな海外な名前じゃなくてクビナシじゃねぇか!? 



「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。

 ほら、君にもこのこのお面をあげよう」



 [テッテレー! ]

『フェイス・オブ・ジ・アンリミテッド-クビナシを入手しました!』



 謎の効果音と共にアイテム詳細が強制的に開かれた。


 ______________


【フェイス・オブ・ジ・アンリミテッド-クビナシ】

 ランクSSS

 頭部装備。

 重量0


 特殊スキル

 全ステータス+5%

 身体変形【クビナシ】

 破壊不能

 破棄不能

 取引不可

 装備外操作不可


 説明

 世にも珍しいSSSランクアイテム。

 どこからどう見てもまさに国宝級の逸品であり、売れば1億ガルンはくだらない。

 ε(イプシロン)によって色々と操作がされており、上昇ステータスの低下の代わりに身体変形【クビナシ】が付与されている。

 また、このアイテムは装備する以外に使い道がなく、アイテムの素材にする事も出来ない。

 このアイテムを持っているプレイヤーがこのアイテムを一週間で1時間以上使用しなければ、そのプレイヤーの背後にクビナシのエフェクトが300時間表示されるようになる。


 ______________



「……」

「装備しないの?」

「なんだこの呪いのアイテム!?」

「でもクビナシ可愛いよね?」

「可愛くねぇよ!? 怖ぇよ!」



 いや、でもよく見れば可愛い。

 あれ? 

 クビナシってこんな可愛かったっけ? 

 ……ダメだ、クビナシが可愛く見える。



「って、待て待て待て! 

 何しやがった!?」

「え? クビナシが可愛く見えるって? 

 ようやくこの世界の真理に気がついたみたいだね」

「違ぇだろ!? 絶対お前がなんかしてるだろ!」

「ぶーぶー」



 [テデーン! ]

『ああっ! クビナシの加護を失ってしまいました!』

『な、なんということでしょう!? 

 え、SSSランクのアイテム、フェイス・オブ・ジ・アンリミテッド-クビナシが壊れてしまいました!』



「……」

「……」

「……」

「……」

「なんか言えよ!?」



 ダメだ、疲れる。

 ペースがめちゃくちゃに乱されてまともに会話すら成り立っていない。



「さて、君は僕の正体に気がついている頃かと思いますがだーれだ?」

「か、神変態?」

「ぶっぶ〜! 違いまぁす! 

 可愛い可愛いクビナシのεちゃんでした!」

「ぶっ殺すぞ、てめぇ!」

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。

 冷静さを保てないやつは早死しちゃうよ?」

「……」



 もうこいつ本当なんなんだよ……。

 クソ野郎じゃねぇか。

 本当に同じ人間なのかガチで疑問だぞこれは。



「さてさて、前置きはそろそろ終了にして、本題に入ろうか。

 ゲーム内唯一の不死属性を持つシオン君?」

「……剥奪に来た、そういう事か?」



 どう考えてもコイツは運営側の人間だ。

 そして、俺は恐らくバグのようなものなのだろう。

 HP0と邪神の温情、明らかにゲームのパワーバランスを崩壊される要因をいつまでも運営が残しておくとは思えない。

 ような気がしてるんだね、うん。

 でもそうじゃないんだよなぁ。

 つまり俺が出した結論は間違いだということだ。



 ん? 

 今なんかおかしかったような……。

 ん? 気のせいじゃない? 

 あ〜なんだ気のせい……



「って人の心の声に直接割り込んで来るんじゃねぇよ!?」

「てへ?」

「こ、こんな事もできんのか……一体どんなシステムで動いてるんだよこのゲーム」

「実はこれ、ゲームじゃないよ? 

 ほら、最初に邪神が言ったよね」



 たしか、この世界をVRMMOだと思い込んでいるはずだが、それは間違いである。

 ここは正真正銘の幻想世界、ファンターシェである。

 だったか? 

 たしかにこれが真実かもしれないという考察はある。

 それに、NPCが本物の人間にしか見えない上に、神変態がどうやってこの技術を生み出したのかも謎だ。



「……」



 だが、本当にそうなのだろうか? 

 現実問題としてそんな事ができる奴が本当にいるのだろうか? 

 ここを考えても無駄だね。

 だって過去の出来事が全く参考にならない自体だって沢山あるし、過去のルールが今も適応されている可能性もないし、過去が作られた可能性もある。

 だからこの疑問に答えを出すのは無意味なんだよ。



「ほら、どんな物事も一番最初にやったら過去の事は参考にできないよね? 

 君の考えている世界の法則が次の瞬間も当てはまる可能性があるかい? 

 そもそも、地球の過去が作り物でない保証はどこにあるの? 

 ほら、君もこのゲームのNPCみたいに作られた存在で、そう思い込んでるだけかもしれない。

 人間の知性で測れるものなんて所詮はほんの少しなんだよ」



『ただ事実は今この瞬間のみにある』だっけか? 

 有名な哲学者の残した名言だ。

 起きた出来事も、知識も、経験も全ては無意味な幻想にすぎない。

 今この瞬間に何かを感じているという事だけが事実で、あとはどれを信じるかという信仰の問題というわけだ。



「……分かった、とりあえず俺はお前を信じよう」

「そう?」

「で、用件はなんなんだ?」

「ちょっと話がしたかっただけだよ、変態☆紳士君とは既に話したからね。

 君とも話しておかないとフェアじゃない」



 変態☆紳士さんと俺? 

 共通点といえば強いって事くらいだろうか? 

 俺は不死身、あの人は最強のプレイヤースキルとかなり強さの種類が違うものの、このゲームの最強候補だということは正しい筈だ。



「俺は別にそんな強くは無いと思うんだがな……」

「気が付いてないだけだと思うけど、君、変態☆紳士君よひもこのゲーム上手いよ?」

「は?」

「おかしいとは思わないかな? 

 君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そりゃあα版で……!?」



 気が付いたのは些細な事実。

 ただとても重要で、間違いなく何かの鍵になる事は間違いがなかった。

 俺はいつの間にか、ただの画面越しにやっていたゲームの経験を現実の経験のように感じるようになっていた。



 そう、できるわけが無い。

 いくらプレイヤーがスマホやパソコンでキャラクターを操作するのが上手くても、VRとなったこのゲームで同等の強さを発揮できると言うのは明らかにおかしい事だ。

 ランキング上位勢はたしかに知識はある。

 だが、経験はどうだ? 

 たしかに上位勢にはβに参加していたプレイヤーもいることはいる。

 だが、全員がβテスターというわけではもちろんないし。



 ついでに言うと、βテストの時から圧倒的な実力を発揮できるわけが無い。

 あの変態☆紳士さんでさえも、自分で肉体を動かすゲームで初めから強いわけがないんだ。



「おやおや、じゃあもう1つ耳寄りな情報を

 ──はね、─────────だよ」

「マジ、かよ…………」

「あはは、今日は帰ってゆっくりと休んだ方が良いんじゃないかな?」

「悪い、そうさせて貰う」

「まったね〜♪」

ε「ふふ、君は評価をした方がいいと思うよ。

 感想もあればなおいいよ」

σ「はいはーい、あっち側に戻りますよ〜」

ε「じ、次回もよろしくぅ〜(ドップラー効果)」

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