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行動が遅い少年の期待


 シエラと別れる頃には日が落ち始めたようだったので、シズルはウッドル宅に戻った。


「あれ?」


 出るときには広いロビー程度にしか思っていなかったが、いざ入ってみるとすぐそばにカウンターがあり、その光景はどう見ても宿屋であった。


 カウンター脇にあるドアが開き、ウッドルが顔を出す。 


「よお、シズル、戻ったか」

「はい。今、気が付きましたが、ここ、宿屋だったんですね」

「ははは、表にも書いてあるだろうに。まあ、夕飯までまだ少し時間がある。ゆっくりしておきな」

「ありがとうございます」


 シズルは自分の注意力のなさに呆れながら、表を確認してみる。


「おー?」


 屋根の陰になって分かりづらかったが、入り口の上に掛けられた看板には見慣れた言語、日本語で“コルトの宿”と書かれていた。

 シズルはてっきり、会話は日本語感覚で出来るが、文字になると異世界語でわからないパターンだから書いてある言葉も見落としたものだと思い込んでいたため、かなり意外に感じた。


「住民の名前はウッドルやシエラ。でも書き言葉は異世界語でも英語でもなく、日本語?」


 思わずボソボソと漏れる独り言。それにはもう訳が分からないという感情が混ざっている。


「あとコルトってなんだ?」


 もしかしたら、ウッドルのフルネームはウッドル・コルトで、コルトは苗字なのではとシズルは目星をつけていたが、夕飯時に尋ねてみたところ全く違っていた。


「コルトは村の名前だ。転生者には苗字というものがあると聞くが、俺にはウッドルという名前だけだな」


 シズルに割り当てられた部屋にある小さな机でウッドルはシズルとともに食事をとりながら答えた。


 本日のメニューは大きなパンと、野菜スープ、ソースたっぷりのステーキである。

 麦わら帽子を脱いで全体的に灰色な髪をしているウッドルは、いかにも邪魔そうな口髭をものともせずに食を進めていく。むしろ、木製の分厚いスプーンの取り扱いが下手くそでシズルはスープを飲むことに苦戦している。


「そういえば、これ、何の肉なんですか?」


 実はもう一口食べていて、おいしいことは分かっているのだが、何の肉か全くわからないことに食べてから牛肉でも豚肉でもない気がして思い当たったのだ。


 ウッドルは少しだけ迷った様子で、


「コルトの肉だ。この裏の山にはコルトがたくさんいてな。村の名前もそこからついている」

「へえ、どんな動物なんですか?」

「それがなあ、どうもお前さんたちが言うところのシカという動物によく似ているらしい」

「あー……角があって、やや細身で、走るときは跳ねるように移動する、あのシカですか」

「あのシカがどのシカなのか俺にはわからないが、その特徴には合致する。大きな街ではコルトを指してシカと呼んでいるところもあるらしい」


 シズルはウッドルの気まずそうな雰囲気を察した。


「なるほど、ウッドルさんはコルトの呼び名のほうに愛着があるんですね」

「そりゃあ、まあな。この村の連中はみんなそうさ。村の名前にしちまうくらいにはな」

「ウッドルさん」

「なんだ」


 ステーキを一切れ、口に運ぶ。

 

「コルト、美味しいですね」

「当り前よぉ、コルト村の名物だからな!」


 ウッドルは満足そうに笑った。


「ところでお前さん、急かすわけじゃねえが、この先どうするかは考えたか?」


 自分の皿からとりわけ大きなコルトの肉を口に放りながら、ウッドルが尋ねる。


「まだ考え中ですが、少しこの世界を見てみたい気もしてきました」

「ほう、やっぱりそうか」

「最初はこの村で過ごすのも良いと思っていたのですが、この世界には気になることが多いですからね」

「……シズルよ、木以外の素材も使われている水車は見たか?」

「ええ、見ました」


 ウッドルはここぞと一息入れてから、


「あれは転生者が大きな街から取り寄せたものだ。ほかの転生者がここに留まる選択をした時に必要になるかもしれない、と」

「あー、なるほど」

「だがな、転生者があれを必要とする前に、村の人間からあれに興味を持つ奴が現れた」


 小刻みに頷きながら聞いていたシズルの動きがピタリと止まる。


「もしかして、シエラさんですか?」

「お? なんだ、もう会っていたのか。何か言われなかったか?」

「え、あっ、そ、そうですね、村を見て回ったか、とか、分からないことは聞いてね、とかですかね」


 ウッドルは何かを考えている様子で言葉を止めている。その様子から「本当の用事」はまだ自分には知らされていないらしいことに感づいたシズルはなんだか緊張してしまい、上手く話せないことを危惧して「テンパり」を《後回し》にした。


「シエラさんがどうかしたのですか?」


 たった一言、どもらずに発言できただけで、能力のありがたみを噛みしめるシズル。


「シズルよ」

「はい」

「少なくとも、この村を出発するのは明日明後日のことではないだろ?」


 ウッドルは肩をすくめて、何かを誤魔化すような笑みを浮かべた。


「そうですね。多分」

「ならばこの話の続きはまた今度にさせてくれ」

「ええ、大丈夫です」

「すまんな、では俺は片付けに行ってくる」

「あ、はい。ごちそうさまでした」


 ウッドルは空になった二人分の食器を持って部屋から去っていき、部屋にはシズルと静けさだけが残された。


「なんだったんだろう」


 一人にはなったが、会話をしてきた勢いで一言こぼれたが、心の中では小さな期待が生まれていることをはっきりと感じていた。


 もしかして、シエラは自分と一緒に村を出たいのではないか、と。


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