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行動が遅い少年の後悔


 大粒の豆がゴロゴロ入ったシチューに野菜とパンが添えられた食事を終えると、ウッドルは食器を下げながらシズルにこんなことを言った。


「ここに住むなら何か仕事をやろう。まあ、転生者なら街を目指すんだろうが。どちらにしても、しばらくはこの部屋を自由に使うといい。幸い、分ける食料には困っていないんだ」


 シズルがお礼を言うと、ウッドルは二カッと笑って部屋を去った。


「なるほど、これはお土産を持ってくる人の気持ちも分かるなあ」


 きっとその人も、ウッドルに優しくしてもらえたのだろうと思う。


「サラダのトマトも美味しかったし……ん? トマト?」


 そういえば、シチューもデミグラスソースだった気がする、と今しがたの食事を思い返すシズル。

 転生者が多いのなら、調理法が伝わっていてもおかしくない、だけど、それを作るには材料が必要になるはずだ。似たような材料で代用しているのか? 言葉にしたってそうだ。見るからに日本人ではないウッドルが日本語を話しているように聞こえるし、自分だって日本語を話しているのに通じている。


 シズルは、この最初の村でのんびり暮らすのもありだと思っていた。

 街に出たところで自分よりもすごい能力者がゴロゴロいては惨めな思いをするだけかもしれないし、下手を打つと命の危険もないとは言い切れない。数が多いということは、そういうことだからだ。


「でもなぁ、あー……ダメだ。わくわくしてきた」


 せっかくの異世界。知らないまま終わるのはもったいない。

 少しずつ情報を集めて町へ行く準備を整えよう。シズルはそう決めた。


 食事中にウッドルがしていた話によると、この村では転生者に対して友好的で自由に歩き回って問題ないとのことだった。反対に、転生者に対して敵対的な場所もあるらしく、よそへ行くならその点を気を付けなければならないらしい。


「魔物もいるみたいだけど、この辺りはかなり少ないらしいし」


 絵にかいたような最初の村であるが、自分の能力が戦闘に向いているとは思えないシズルには都合が良かった。それこそ、雷のひとつも落とせれば話は違うのだろうが。


 早速、外に出てみたシズルは、遠くで何かを運んでいる少女と目が合った。

 頭に布を巻いたエプロン姿で、いかにも牧歌的な服装である。ウッドルは何も指摘しなかったが、シズルは死ぬ時まで来ていた制服、高校指定のブレザーを着ている。転生者に慣れているにしてもやはり異質には見えているだろう。


「あ……あの」


 家三軒分ほど遠く、距離にして20メートルほど離れた相手に話しかける声量ではない。当然その呼びかけは相手に届くことなく、少女は軽く一礼してどこかへ行ってしまった。


「あ、ああ」


 別に根暗というわけではないと思いたいシズルであったが、初対面の人に自分から明るく話しかけるコミュニケーション能力は持ち合わせていなかった。


「まあ、急ぎで質問したいことも思いつかないし」


 そんな言い訳をして誰かに話を聞くことを後回しにしたシズルは、とりあえず村を見て回ることにした。


 なんとなく、十数軒くらいしかないようなイメージでいたが、どうやら山沿いに村が伸びていており、歩くとそこそこの時間がかかった。そこかしこに田畑があり、個人宅にも家畜小屋がある。シズルが特に驚いたのは家畜が牛やニワトリといった自分が知っているそのままの動物であったことと、川沿いに水車を利用した発電機らしきものがあり、水車部分は木製だったが本体部分が当然のように金属製であったことだ。


「機械……電気まであるのか?」


 グルグル回る水車を眺めながら、この世界に来て見聞きしたものを思い出してみるが、今のところ電気機器は見ていない。


「なに見てるの?」

「ひゃい!?」


 突然、後ろからかけられた声にビクリと反応するシズル。

 振り向くと家を出てすぐ目が合った少女がすぐ後ろに立っていた。琥珀色の瞳が驚かれたことに驚いた様子で見開かれている。


「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」

「い、いえ、こちらこそ」


 申し訳なさそうに頭を下げる少女。自然色に馴染む明るい茶色、ひとつまとめのおさげ髪が揺れる。

 シズルは変な声を出してしまったことを恥ずかしく思いながら、どう対応したものか驚いて少しハイになっている頭で考える。


「僕はごか……いや、シズルです。ここに来てはダメでしたか?」


 特にフェンスや立て看板があったわけではないが、気楽に近づいてはマズいところだったのではないか、それを咎められるのではないか、というのがシズルの心情であった。


「大丈夫。ただ、これが何か分からないから、あまり近づかないほうがいいかもね。私はシエラ。さっきあなたを見かけて、でも仕事の途中だったから急いで片付けてきたところ」

「え、僕を?」


 自分に会いに来たということに思わずドキリとするシズル。

 まともに女の人の顔を見て話せない性分だが、気になってちらりと確認する。

 

 失礼を承知で印象をそのまま表現すると「可愛い村娘のモブ」であったが、実のところ、それがシズルにとって最も「刺さる」存在だった。表現を変えれば好みなのだった。


「その恰好、転生者なんでしょ?」

「あっ、はい」


 過去に現れた転生者に憧れを持っていたら、という考えがよぎる。

 仲良くしたいが、きっと会話が続けばどこかで失望される気がしている。どうか続く言葉が無難なものであってほしいと切に願うシズルであった。


「村はもう見て回った?」

「うん。一周だけ」

「そっか」


 数秒の間、何を言ったものかとシズルが考える間に、シエラが口を開いた。


「じゃあ、分からないことがあったら聞いてね」

「ありがとう」


 それじゃ、と立ち去っていくシエラ。

 

「……あれ?」


 想像よりも淡白に終わってしまったやり取りに、肩透かしを食ったように立ち尽くすシズル。


 もしかして、フラグを立て損ねた?


 ゲームのような世界であっても現実を相手にこんな表現をするのは、面白くない言葉をもらいそうで好きではないが「これから村を見て回るところ」だったら案内してもらえたのだろうか?


 あの気まずい数秒の間に何か言うことが出来たら違ったのだろうか?


「これは、マズい。……ああ、マズい!」


 この感覚には覚えがあった。


 中学生の時に、学校行事で当時好きだった女の子と同じ係になったことがある。

 当日までの一か月、何度も二人きりの準備で顔を合わせていたのに、ただその幸せを噛みしめるばかりで、仲良くなる努力は怠り続けた。その結果、行事が終わった途端につながりが何もなくなり、友達として接する機会もないまま進学し、高校で彼女は先輩と付き合い始めた。


 友達になれて、後に告白していたところで断られていただろうとは思う。だけど、何もしなければ自分以外の誰かのところへ行ってしまうことは分かっていたのだから、ダメもとであっても踏み込むべきだったという後悔。


「後回し」じゃない、ただの「怠惰」であったと今のシズルなら思う。


「話題くらい、本当は色々あっただろうに」


 背後では水車がヤジを飛ばすように水音を鳴らし続けている。


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