表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

姫とキラ星さんシリーズ

緑に囲まれたテラスでビールを飲みましょう

作者: 日下部良介

『時間があったらお昼、一緒にどうですか?』

 姫からのLINE。また、僕の会社の近くに用事があって来るのだという。もちろん返事は『OK』なのだけれど、ただ、この日は午後から親会社のイベントに出席しなければならない。


 前回と同じ交差点。用事が済んだと姫から連絡があった。立ち止まり、スマホを持って捜査している姿が既に待っている僕からも確認することが出来る距離。操作し終えて前を向いた姫は僕の姿に気が付いたようで、いつものように小走りで駆け寄って来る。

「走って来ましたね」

「はい、走りました」

 にっこり笑う姫が愛おしい。

「さて、どうしますか? まだ少し時間があるので向こうへ行きますか?」

「はい。行きます」

 僕たちは地下鉄とJRを乗り継いでイベントか行われる最寄り駅まで行った。そこで昼食を取ることにした。


 駅ビルのレストラン街。

「僕はちょっと一服して来るのでよさそうなお店を物色していてください」

「はい。そうします。どうぞごゆっくり」


 一服を終えた僕が喫煙ルームから出てくると、姫はまだ迷っているようだった。

「よさそうなお店は見つかりましたか?」

「よくわかりません。キラ星さんは何が食べたいですか?」

「そうですね…。それじゃあ、お寿司にしましょう」

「はい。いいですよ」


 駅前の景色が良く見下ろせる窓際の席に案内された僕たちはその景色に目を見張った。

「キラ星さんは何にするんですか?」

「僕は海鮮丼にします」

「好きですね。海鮮丼」

「はい。姫は何にしますか?」

「それでは私は天婦羅の盛り合わせにします」

「好きですね。天婦羅」

「はい。大好きです」


「あの子とよく行っていたお店はどの辺りなんですか?」

 唐突に姫が尋ねてくる。僕はその方向を指さしてみる。そこは僕が今住んでいる街の近くで、姫が昔住んでいた街の近くでもある。

「今度、私も連れて行ってくれますか?」

「はい。いいですよ」

 運ばれてきた食事を食べながら、僕はふと思いついた。

「この後、時間があるならデートしませんか?」

「あら、予定があるんじゃないですか?」

「そうなんですけど、受付だけ済ませたら抜け出してきます」

「いいんですか? 私は嬉しいですけど」

「いいんです。どうせ、一人居なくなっても誰も気付きません」

「悪い人ですね」

「はい。姫のためならこれくらいの悪役なんてお安い御用です」

「まあ、キラ星さんったら」


 食事を終えた僕は駅の改札口前で待ち合わせしようと打合せして、一旦、姫と別れた。

 イベント会場に着くと、手早く受付を済ませ、仕事の電話がかかってきた体でスマホを耳に充てて外に出た。そして、姫にLINEを送るとそのまま駅へ向かった。すぐに姫がやって来た。

「本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。では、行きましょうか」

「はい」

 僕たちはJRに乗った。何しろ、ここは親会社のおひざ元。下手にうろうろしていたらまずいことにならないとも限らない。二人で色々話した結果、何度かデートをした街へ行くことにした。


 電車を降りてホームに出る。

「ここ、駅中のショッピングモールがありますよ」

「あっ! 行ってみたいです」

 改札を出る前にぶらりと立ち寄った。どうやら姫にはお目当てのものがあるようだ。

「あ、ここです。ありました」

 そこはお弁当屋さん。姫の大好物のお弁当が売られているお店。お弁当を買ってここの公園で食べるのもいいかもしれない。ただ、今日はもうお昼ご飯は食べてしまった。姫はお店のパンフレットを手に取ってバッグに仕舞った。

「行きましょう」


 公園口の改札から駅を出た。

「暑くなってきましたね」

「暑くなりましたね。私、喉が渇いてきました」

「それではその辺りにカフェにでも入りましょう」

 僕たちはテラス席のあるカフェに入った。

「何にしますか?」

「僕はビールにします」

「あっ! では、私も」

 ビールを二つ注文してテラスへ出る。緑に囲まれて微かな風も気持ちよく感じる。

「気持ちいいですね」

「気持ちいいですね」

「ビールも美味しいですね」

「美味しいですね」

「緑がきれいですね」

「姫もきれいです」

「もう! キラ星さんったら! こんなに至近距離から言われたら恥ずかしいです。顔が赤くなってしまいます」

 そう言って顔を隠す姫。そんな仕草もいちいち可愛くて愛おしい。

「僕も顔が赤いです」

「それはビールのせいでしょう」

「そうですね」

 二人、顔を見合わせて笑う。たわいのない話をしながら過ごす時間がこんなに楽しいのだということを姫と一緒に居るときほど感じたことはない。

「そろそろ行きましょうか」

「そうですね」


 僕たちはカフェを後にして公園の中を歩く。

「東照宮にでも行ってみましょうか?」

「東照宮があるんですか? あの日光の?」

「はい。ここにもあるんですよ。東照宮。日光のものほど壮大ではないですけど」

「行ってみたいです」


 公園の外れにひっそりとした入口がある。重要文化財でもあるここを知っている人はそう多くはないかもしれない。一歩足を踏み入れるとそこはもう都会の真ん中というよりは、どこか地方の観光地にでも来ているような錯覚さえ覚える。鳥居をくぐると両側にいくつもの石灯籠が並ぶ。その正面に鎮座する唐門は日光の陽明門に比べると見劣りするかもしれないけれど、これはこれで立派な建物で黄金に輝くその佇まいには感動さえ覚える。

 建物の説明書きがされている立札を食い入るように見ている姫。以前に出掛けた美術館で展示物を見ている姫の姿を思い出す。同じ立札を僕も見る。姫の顔に僕の顔が重なるほどの距離で。姫の体温が感じられるほどそばに寄る。触れるか触れないかの微妙な距離。こういう時はやっぱりドキドキする。

「本殿が奥にあります。でも、ここから先は有料になります。行ってみますか?」

「もう、十分満足です」

「それでは行きましょう。もう一か所、行きたいところがあります」


 僕たちは東照宮を後にして、少し先のお稲荷様へ来た。

「ここは縁結びのご利益があるそうです」

「そうなんですか…。あっ! すごい。きれいですね」

 姫が目にしたのはお稲荷様の入口に並ぶ赤い鳥居。いくつもの赤い鳥居が連なっていて京都の伏見稲荷を思わせる。そこまでの規模ではないのだけれど。

 鳥居を抜けてお稲荷様の本堂へ。隣接する様に天神様もある。そこで姫がある場所に目をやった。

「ここは何かしら?」

 穴稲荷。その入り口には鉄の門がある。施錠はされていないようで拝観できるようだ。

「ここは来たことがないです。今まで気が付きませんでした。中に入れるみたいですね。行ってみましょう」

 中に入るとそこは暗くて怖いくらいで、数本の蝋燭の明かりに照らされた神秘的な空間だった。

「これは怖いやつですね」

「そうですね。ちょっと怖いです。なんだか夢に出てきそうです」

「やめてください。そんなことを言っていたら本当に夢に出てきますから」

 そう言って震える姫もまた可愛らしくて愛おしい。思わず抱きしめたくなる衝動を抑えて外に出る。


 僕の思い付きとわがままで姫を引っ張りまわしてきた。姫にしてみれば予定外のことなのだと思う。だいぶ、陽も傾いてきた。名残惜しくはあるのだけれど、この辺りでそろそろ姫を解放してあげなければならないだろう。

「そろそろですね。今日はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそありがとうございました。楽しかったですよ」


 線路の上に架かる高架を渡って駅の反対側まで歩く。陸橋から地上へのエスカレーターに差し掛かったところで僕は姫に声を掛けた。

「ちょっと一服してから行きます。なのでここで」

「はい。解かりました。それでは気を付けて」

 エスカレーターで降りていく姫を見送って、僕は一人喫煙所へ向かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]    うぅ、伝えると思ったら、最後まで思いを伝えないのか。  その展開ツミだぁああああ!  今度真似したいなー、そのやり方。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ