基礎の基礎を叩き込む
「剣でデーモンウルフを瞬殺…?先生は魔法使いじゃないのか…?」
皆唖然呆然しているが、その中でもハルトが一番呆然としている。
国を守る騎士志望である以上、国内に生息する魔獣などについての知識も学んだりする機会があるのだろう。
先程倒したベロス種は頭部が一つしかない種としては最弱の個体だが、ベロス種という魔獣種そのものは元の世界でも英雄譚や神話の伝記や歌にもその存在が謳われるぐらい高位の魔獣である。
イワンレクトゥシペと呼ばれた6つの頭部を持つベロス種と、それを倒す英雄の話は元の世界では定番の冒険譚である。ちなみに俺の昔話だ。奴の爪と牙は武器に加工して今も使っている。
この世界でも3つ首のベロス種を倒す英雄の話などの創作物が点在している。
首の数が少ないのは単純に世界的な戦力の差だろうな。1つ首程度が出たぐらいで絶望されてるような状態だ。ちなみにベロス種は首が1つ増えると大体3倍ぐらい強くなる。
それはさておき俺の実力を少しは見せることが出来たはずだ。
「魔法を極めるにはこれぐらい出来て当然だ。その辺の雑魚魔法使いとは違う事は分かって貰えたかな?」
「…目の前で天災級を剣で倒されてるんです。認めるしかありませんよ」
どうやらご納得いただけたようだ。他の生徒達も首を縦に振っている。
「さて、本題に入ろう。先程も話した通りお前たちには才能がある。俺が直接教える以上凡百の存在として卒業させるつもりは無い。とはいえ具体的にはピンとこないだろうが…」
何かを学ぶときには目標が大切だ。モチベーションの上げ方が違う。6人にはそれぞれ大きな目標を与えるつもりだが…
「何を目指し、どの様に学ぶにしても基礎となる魔法技術、そして身体能力が必要だ。なのでこれから…走り込みを行う」
皆、先ほどとは別な意味で呆然としている。
「…走るだけにゃ?」
「その通りだ。走ってさえいれば何をしても構わんぞ。強化魔法もありだ。」
「鍛錬としての走り込みであれば魔法を使うのは無しなのでは?」
「肉体の鍛錬だけが目的であればそれは正しいかもしれんが、強化魔法を使い続けながら走ることで同時に魔力を鍛えることも出来る。走り込みは案外馬鹿にできないぞ」
とはいえ普通の走り込みをさせるわけではないが。
「その前に軽く準備をする」
そう言って俺は先程五分割したベロス種の元へ行き、ある魔法をかけた。
するとバラバラにしたはずのベロス種の体が元の姿に戻っていき、ぼんやりと光ったかと思えば再び生命活動を開始した。
「な、何してるんですか先生!?」
「まさか蘇生魔法!?」
「蘇生なんておとぎ話の魔法じゃないの!?」
すごい動揺されている。
「これは蘇生魔法なんかじゃないぞ。ただの回復魔法だ」
そもそもこのベロス種はまだ死んでいない。
ベロス種…というか魔獣は心肺機能が停止しても厳密には死んだとは言えない。
体の中に核と呼ばれる魔導器官があり、死体を放置していると核から生命力が抜け出し、核が空になることで初めて「死んだ」と言える。
この過程で肉体に生命力が移り、質が良い素材が取れる。
狩った魔獣は血抜きをしたあとバラさずに2~3日放置するのが素材集めの基本だ。
…話が逸れたが要は核から生命力が漏れる前ならば回復魔法で肉体を繋げてやれば活動を再開する。
回復魔法の精度と練度は当然だが、倒す際に可能な限り綺麗に倒しておくと回復しやすい。
あの魅せる倒し方は、力の誇示のためであると同時に授業で使うために回復させやすくするためだった訳だ。
再び生命活動が許されたベロス種は俺を見るなり全身を突っ伏して頭を下げている。
ベロス種は頭がいいため、先程手も足も出ずに瞬殺されたことを覚えていて逆らう気がないのだろう。
こうなるとやりやすくて助かる。
使役魔法を使っても良かったのだが、あれはあれで面倒な制約が多いので頭のいい魔獣には使いたくない。
「眼の前で死んだはずのデーモンウルフが蘇生して先生に跪いている…今日だけでどれだけ驚いたらいいんだ…」
「あれも回復魔法…私もできるのかな…?」
三者三様の反応を見せるが、そろそろ授業を進めたい。
「というわけで、走り込みを始めるがその前に簡単な身体強化魔法を教える」
そう言って全員に一つの魔法をかけると、手の甲に魔法陣が描かれる。
「これはなんだにゃ?なんか不気味な感じにゃ」
「不気味な感じ…か、あながち間違いでもないかもな。とりあえず軽く走ってみろ」
そう言って100mほど軽く走らせる。
「んー…なんか体が軽く感じるな」
「私あまり体力無いんですけど、不思議と走れます!」
「魔剣を使っているときみたいな感じですね。多分先生が強化魔法をかけてくれたのでしょう」
「せんせーが強化魔法かけちゃうなら鍛錬の意味ないにゃあ」
各々感想が出る。確かに強化魔法が発動しているのだが、俺の強化魔法ではない。
あの魔法陣は一種の呪いだ。効果は強制的な身体強化魔法の行使。
この呪いによって生徒たちは今、強制的に身体強化魔法を使わされている。
これにより、習得の難しい身体強化魔法を、経験を持って覚えさせるわけだ。
しばらくは走り込みのたびにこれを繰り返せば、そのうち自然に強化魔法が身につくだろう。
これについては走り込みの後、魔法陣を解除するときに説明しておこう。
「それでは走り込みを始める。俺が先頭で走り、後ろをベロス種が歩いて追いかけてくるから、追いつかれない程度の速度で走れ。飛ばしすぎると途中でバテるぞ」
そう言うと血相を変えて走り出すが、ベロス種の歩行速度がそこまでであることに気づくとそれに合わせて速度を落とし始めた。
それが一番だ。長くやるのだから。
そうして1週300mのグラウンドをゆったりと5週した。
一部の生徒たちからは余裕が出てきて雑談する声も聞こえてくる。
そろそろ始めるか。
「では、授業を始める」
全員が顔を上げて「何いってんだこいつ」みたいな顔をしている。
「言い忘れていたが、今後の座学は全て走りながら行う」
「ちょ、ちょっとまってください。教科書とか無いんですが!」
「あの教科書を書いたのは俺だ。一から十まで全部俺が解説すれば問題あるまい」
「め、メモとか取れないです…」
「どうせ全部覚えることだ。覚えろ。自習の時間に教科書を見直したっていい」
これからほぼ毎日、午前中は全て座学だ。つまり昼までずっと走り込みである。
午後からは個人ごとに内容が異なってくるが、まぁそれは後でいいだろう。
「ではまずは魔法の概念と六大元素について…」
「…これが毎日続くんですか?」
「安心しろ、一般教養の授業は教室で行う」
「5日に1回しかないじゃないですかー!」
悲鳴に似た声が聞こえる。まぁひと月もすれば慣れるだろう。
大変遅くなってしまいました。
今後も頑張ってちまちま書いていくのでよろしくおねがいします。