異世界の魔法技術を低さを知る
しばらくして視界を覆う光が収まってきた頃、女神から声をかけられた。
「はい、目を開けてください」
言われるがままに目を開けるとそこは家の中のようだった。
きれいに掃除されている、というより人の生活の跡がないと言ったほうが適切なほど何もない家だ。
「ここはテーラント王国首都、ヴァレッコにある空き家です。今日から貴方が住む家になります」
「家まで用意していただいてありがたい限りです」
「あ、ここからは普段の口調で構いませんよ。というかそちらのほうが都合がいいです」
「…?どういうことですか?」
「後で詳しく説明させていただきます」
「…分かった。そのほうが都合がいいと言うなら」
「とりあえず、引っ越してきたと言える程度には家の中を整えたほうが良さそうですね」
確かにここが俺の家になるというのであれば必要な道具等を置いておくべきだろう。
片っ端から突っ込んだ家財道具が早速役に立ちそうだ。
「…ひとまずはこんなところか」
大体2時間ぐらいかけてとりあえず人に見せられる程度の内装にはなった。
ちなみに女神に聞いたが今日は3月10日とのことだ。日付感覚は前の世界とさほど変わらない。
「終わりましたか?それでは早速ですが貴方に教鞭を執っていただく学校へご挨拶に向かいましょう…とその前に」
女神がさっと腕を振ると彼女の姿が変わってゆき、またたく間にキリッとした女教師のような格好になった。
「一応設定としては私は教育機関の人間で、貴方は新たに派遣された魔法技術全般の教員という扱いになります。覚えておいてくださいね」
「分かった。だがそれなら尚更普段の口調ではまずいのでは?」
「そのあたりの説明は道すがらさせてもらいましょう」
そんな訳で俺が務める学校…テーラント国立総合技術学院、通称「総合学院」へ向かっている。
初等部から高等部までの学院生と、技術研究などを行う研究生が所属する国内最高峰の学院だそうだ。在校生徒はおよそ2000人を超えるらしい。
そんな学院では魔法はもちろん武術や戦術、魔法科学の研究なども行われているそうだ。
俺が請け負うのは高等部。魔法以外の科目も担当して構わないそうだ。要するに自由にやれということだ。
そして口調に関してだが魔法を教える教師は社会的地位が高いそうで、丁寧な口調だと他の教員に舐められるそうだ。
「到着しました。テーラント国立総合技術学院高等部の校舎です」
案内された建物は最高峰を誇るだけあり、けっこうな大きさだ。高等部だけで生徒が500人近くいるだけのことはある。前の世界でもここまで立派な学校は珍しかった。
校長室に通された俺らを、校長が迎えてくれた。
「ようこそお越しくださいました。私、校長を務めておりますレーヴァンと申します」
レーヴァンは見た目30代後半から40代前半といったところだが、かなりがっしりした肉体をしている。
腰に添えられた剣を見るに戦士としてある程度の実力を持っているのが分かる。
「こちらは4月よりこの学院に配属されますマルクス・マイズナー先生です」
「マルクスです。どうかよろしく」
そう言って差し出した手をレーヴァンは強く握りしめてきた。力比べのつもりだろうか。
であれば答えてやるのが筋というものだろう。
「…ほう、お若く見えますがかなり鍛え込んでおりますな」
どうやら満足してもらえたらしい。
「では私はこれで失礼します。詳しいお話は校長から直接お聞きください」
そう言って女神は校長室から出ていった。
「さて、マイズナー先生には高等部の魔法学と魔法科学の教師として教壇に立っていただくことになっています」
「ああ、そう聞いている」
「当学院は国内で最も優れた魔法技術を持つ学院です。そこの教員を務めるにはそれ相応の知識が無ければなりません」
…何を言いたいのか何となく分かるな。
「俺をテストしたいということだな?」
「お察しが良くて助かります。ではこちらを」
そう言って校長は1枚の用紙を手渡してきた。
「テーラントで行われている教員試験の筆記テストです。勿論最高難易度のものを解いていただきます」
「これを解けばいいんだな?」
「はい、今から50分程度でよろしくおねがいします。私はその間に教材などの手配をしておきます」
そう言って砂時計をひっくり返し、レーヴァンは校長室を出ていった。
「…さて、テストの問題はどんな感じなのかなっと」
異世界で行われる魔法に関しての筆記テスト。大変興味深い。
しかし、その興味は1問目を見た瞬間に消し飛んでしまった。
【1問目:光魔法《ライト》の出力を上げる際に注意するべき点を1つ答えなさい】
《ライト》は文字通り魔力で作った光を設置する魔法だ。その出力を上げる、つまり光量を増やす際の注意点についての問題だ。
…答えは「急速なマナの供給で爆発的に光量を増加させないようにする」「マナの質を正しく調整し、熱量が上がりすぎないようにする」「複数人で行わない」の3つが代表的だ。
《ライト》の魔法は前の世界では初等部で学習する魔法で、その際に合わせてこの注意点についても口を酸っぱくして教えられる。
《ライト》は利便性が高く誰でも簡単に覚えられるが、ちょっと操作を誤ると事故につながる魔法でもあるからな。
ちなみに中等部のテストでは上記の3つの他に2個ほど追加で答えさせる問題が出題される。
それが教職員用試験で、しかも1つ答えればいいだなんてあまりにもお粗末すぎる。
他の問題も大体酷い。
使役系の魔法の制約に関しては高等部1年で習うし、強化魔法と保護魔法の違いは中等部で習う。
最初は教える側の基礎知識を見る問題かとも思ったが全編通して大体初等部5年~高等部1年で習うような内容ばかりだ。
これが国内最難関の教職員用試験の問題というならば、この世界の魔法技術は確かに低いと言える。
制限時間50分の試験を10分程度で終わらせ、レーヴァンが戻るのを待つ。
砂時計が落ち切るより少し前に、レーヴァンが戻ってきた。
「調子はいかがですかな?おや、既に終わっておりましたか」
「まあな…ところでこの問題が国内最難関というのは間違いないのか?」
「間違いありませんが、どうかなさいましたか?」
間違いじゃないらしい。これは思ったより深刻そうである。
「いや、何でもない。テストは終わったから採点してもらって構わない」
「そうですか、では早速…ああ、こちらは今年度の教科書になります。よかったらお目通しください」
そういってレーヴァンは6冊の教科書を渡してきた。
…表紙を見る限りそれぞれ魔法・魔法科学・戦術心理学・近接戦闘学・遠隔戦闘学・一般教養の教科書のようだ。
「随分と戦闘向きの教材が多いな…」
「おや、ご存じなかったですか。当学院の卒業生の3割はテーラントの国営軍や国営の特殊傭兵部隊へ配属されます。王国の防衛の要ですな。それ以外にも遺跡調査や魔物研究などの面でも戦闘力を求められる部分がどうしても多いので、高等部から実践的な戦闘訓練なども行われるのです」
なるほど、国を守るものを育てるという機関として間違いではない教材なわけだ。
そう思い教科書全てに簡単に目を通すと強い違和感を感じた。
戦術心理学に関しては前の世界基準でも割とレベルの高い教材であるにも関わらず、魔法や魔法科学に関してはまるで中等部1年の教科書かと見間違えるぐらいレベルが低い。
遠隔戦闘学に関しては弓や弩弓を用いた戦闘がメインで、魔法戦闘に関しての記述が殆どない。
近接戦闘学に関しては近接武器のみの戦闘に関しては高レベルな教材だが、魔法を使った戦闘に関してはコラム程度にしか記載がない。
武器戦闘の練度に対して魔法技術が追いついてなさすぎる。
一部の魔物や高位の悪魔などになれば魔法が無ければ戦えない場合も多い中で、これでは確かに女神が言っていたように異界の侵略に耐えきれないかもしれない。