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あまたの夜を越えていけ  作者: 吉田純
1/1

謀略のゆくえ

ドーン…。

タタンッ、タタタタッ…。


分隊が突入した家屋で爆発が起こり、同時に機銃音が響きわたる。周囲を警戒していた隊員たちはなすすべもなく薙ぎ払われ、残りは大地にひれ伏した。銃撃をほぼ半周から受けている。罠だったのだ。

「くそったれ!」

「応戦しろ!」

「ビッグブラザー!ビッグブラザー!こちらミニラブ!敵襲をうけている!」

第11小隊は応射を開始した。戦端は予想とは逆の方角で始まり、突入チームを圧倒する形で推移する。

「ビッグブラザー!応答しろ!こちらミニラブ!アンブッシュされッ…」

「ケニーがやられた!」

「ウーリ、ケニーの“アイフォーン”で本部と連絡をつけろ!畜生め、包囲されているぞ」

ウーリと呼ばれた兵士は這いながら戦友の傍らまで近づく。ケニーは頭部を大きく割られ、その内部をぶちまけていた。ウーリは一瞬なにかを呟いて、すぐにポータブルとは言い難い武骨な見た目から隊員たちに“アイフォーン”と呼ばれている機器をケニーの手からもぎ取り、戦術管制官と連絡をつけようとする。戦友の脳漿でぬめる“アイフォーン”の画面を操作しようとした彼は小隊長に怒鳴った。

「小隊長、だめです!“アイフォーン“もやられています!」

小隊長と呼ばれた兵士は罵りの言葉を抑えながら怒鳴りかえす。

「奴のバックパックから予備をだせ!ただちに起動しろ!」

絶対にやられるなよという言葉を飲み込んだ小隊長—マーティン・ババイエフは残存する兵士たちを叱りつけるように家屋から遠ざかるよう指示する。炎上する家屋に照らされたままの隊はこのままではいい的だ。何とかしなければいけない。

ドーン…。

タタンッ、タタタタッ…。


分隊が突入した家屋で爆発が起こり、同時に機銃音が響きわたる。周囲を警戒していた隊員たちはなすすべもなく薙ぎ払われ、残りは大地にひれ伏した。銃撃をほぼ半周から受けている。罠だったのだ。

「くそったれ!」

「応戦しろ!」

「ビッグブラザー!ビッグブラザー!こちらミニラブ!敵襲をうけている!」

第11小隊は応射を開始した。戦端は予想とは逆の方角で始まり、突入チームを圧倒する形で推移する。

「ビッグブラザー!応答しろ!こちらミニラブ!アンブッシュされッ…」

「ケニーがやられた!」

「ウーリ、ケニーの“アイフォーン”で本部と連絡をつけろ!畜生め、包囲されているぞ」

ウーリと呼ばれた兵士は這いながら戦友の傍らまで近づく。ケニーは頭部を大きく割られ、その内部をぶちまけていた。ウーリは一瞬なにかを呟いて、すぐにポータブルとは言い難い武骨な見た目から隊員たちに“アイフォーン”と呼ばれている機器をケニーの手からもぎ取り、戦術管制官と連絡をつけようとする。戦友の脳漿でぬめる“アイフォーン”の画面を操作しようとした彼は小隊長に怒鳴った。

「小隊長、だめです!“アイフォーン“もやられています!」

小隊長と呼ばれた兵士は罵りの言葉を抑えながら怒鳴りかえす。

「奴のバックパックから予備をだせ!ただちに起動しろ!」

絶対にやられるなよという言葉を飲み込んだ小隊長—マーティン・ババイエフは残存する兵士たちを叱りつけるように家屋から遠ざかるよう指示する。炎上する家屋に照らされたままの隊はこのままではいい的だ。何とかしなければいけない。


簡単な作戦になるはずだった。少なくとも情報部はそう考え、各級指揮官たちもおおむねそう判断した。たった一人の“敵”を拉致し、それが叶わないのであれば殺せばいいのだ。生き死には問わない、こんなに楽なことはない。情報部の情報と士官学校出身の上官たちを信用しない現場は違った。最初から拉致を排除し、殺害ひとつに目的を絞った。少しでも生存性をあげるためだ。たとえ命乞いをされても殺してしまえ。死人に口はないのだし、なにより命は一つだけなのだ。しかし結果は待ち伏せだった。拉致もしくは殺害対象が潜伏するとされた家屋は分隊が突入すると同時に爆発炎上し、周囲から猛烈な制圧射撃をうけている。何とか作戦指令部と連絡をつけた第11小隊は、兵力のほとんどを失いながら後退を続け、「緊急時」の隊の回収を要請した。


上空に待機していたドローン群の遅ればせながらの援護を受けることができた第11小隊の残余は敵に抑えられている当初の撤退ルートを放棄し、北方の林に退避することができた。すぐに全集防御の態勢をとる。ウーリが小隊長に告げる。

「小隊長、ウミネコが来ます。40分後、さらに北12時の方角、4キロの地点です」

ババイエフは頷き、ウーリに目を向ける。

「被弾したのか?」

ウーリが生真面目に答える。

「左肩と腹に1発ずつ食らいました。問題ありません」

「すぐに止血しろ。アクラム、ウーリを手伝ってやれ。他に負傷者は?」

ババイエフは腕時計を見つつ足早に言い、状況を確認する。最悪だ、情報は罠だった。情報部ははめられたのだ。いや、はめられたのは我々か。くそったれめ!このクソ情報をつかんできた奴を殺してやる。いや、今は生き残ることが先だ。残った部下たちを全員連れ帰る(4人にまで減っている!)。幸い、この4人に重傷者はいない。ウーリは大丈夫だ。ドローンの操作技術に精通した特技兵も生き残っている。彼らを連れ帰るために全力を尽くすべきだ。ここから4キロの地点にティルトローター機が40分後なら…。大丈夫だ。間に合う。

突然ウーリが止血作業をやめ、林の奥に目を向けた。ライフルを構え2発発砲する。さらにもう2発。何かが樹上から落ちる音。

「総員警戒しろ!ウーリ、敵か?」

「わかりません。人に見えました」

ウーリとアクラムは木々を盾にしながら速やかに前進し、残りの隊員も互いを援護しながら続く。先行する2人が70メートルほど進んだところで停止。部隊中央にいるババイエフの耳にインコムが響く。ウーリの声だ。

「小隊長、敵です」

「やったか?」

「確認します」

1人は即死していたが、もう1人は生きていた。ババイエフがウーリとアクラムの元につくと、右手を挙げながら苦しげに肩で息をしていた。女だ。左肩と左わき腹に被弾している。ウーリとほぼ同じ個所。わざとやりかえしたのだろう。ババイエフはアクラムに命じた。

「手当してやれ。人質にして盾にする。我々が全滅するよりマシだ」

「ハッ」

「小隊長、こいつらおそらく血族です」

「ウーリ、抵抗するなら撃て。ジョンハ、聞こえるか?」

「聞こえていますよ」

「本部との通信をウーリと代われ。3分後に出発する」

人質の運搬方法を考えながらババイエフは思った。敵に血族がいる。血族の部隊だ。人質は確実に効く。やむを得ん。生き延びるためだ。


小隊の生き残りたちは林の北側の端についた。正面には小高い丘が連なり、その先に回収ポイントがある。空母から発したウミネコが到着するまであまり時間がない。マイク・オッペンハイマー特技兵にドローンを小隊の進行方向両側面に配置するよう指示して、ババイエフはウーリと女の方を見た。同じく負傷してはいるが一番体力のあるウーリに背負われている。こうでもしなければ回収に間にあわなくなってしまう。ぐったりしている人質に抵抗の気配はない。ババイエフはため息をついた。条約違反だ。だが負傷者は見過ごせない。そうだ、そういうことにしよう。人質ではない、捕虜だ。いや、救出と言ったほうがいい。人道的配慮をしたまでだ。余裕の判断ってわけだ、部下のほとんどを失った割には。

「ウーリ、行けるか?」

「問題ありません」

「マイク、アブたちは後どれくらい持つ?」

「20…19分後にガス欠です」

「よし。総員、バックパックを捨てろ。前進する。ウーリ、駆けるぞ」

小隊が林を抜けきって2キロメートルほど進んだとき、ウーリは右に脅威を感じて小隊に警告しようとした。直後、右側面から猛射を受ける。飛来した無反動砲の砲弾がババイエフの横5メートルに着弾し、その上半身が吹き飛ぶ。

「マーティ!」

やや後方を進んでいたウーリが叫んだ。しかしウーリは止まらずに駆ける。ババイエフの命令がまだ生きていたからだ。小隊も応射しながら前進する。ライフルの発砲に指向されたドローン群が襲いかかり、右側面の火勢が少し弱まる。

「マーティが…小隊長がやられちまった!」

「人質を立たせろ!マイク、アブどもを黙らせろ。敵に人質を認識させたい」

指揮を引き継いだアクラムが吠えるように言う。ウーリは素直に従う。作戦前からそういう手筈になっている。ウーリが女を降ろし、小隊が銃撃を止めた。先頭からウーリのところに戻ってきたアクラムが強引に女を立たせる。右側面からの銃撃がふいに止み、夜の静寂が戻ってくる。判決文に完全に満足した被告のような声でアクラムが言った。

「ウーリ、女を背負え。駆けよう」

丘の頂上を越えた小隊はいったん停止し、稜線のあちら側に伏せながら警戒する。回収ポイントはもうすぐそこだ。アクラムはここを陣取ってウミネコを待つのが最善と判断した。全員の表情が重い。

「ウーリ、どうしたい?あと2時間半で日の出だ」

「小隊長のところに行ってみる。女も返すべきだ。法廷からのテレビデビューは嫌だろ?」

「…わかった。世話をかける」

「ウーリ、俺はテレビならなんだって出られりゃいいんだぜ」

ジョンハがウーリを見ずインカムにだけ声を吹き込んだ。「ヒールがいなけりゃこの世界は魔女のばあさんのクソ溜めだ。」あいかわらず目は稜線の向こう側をじっと睨んだままだった。「だが小隊長、あれはいけねえ。ケツと足しかねえのはあんまりだ。乳首の1つくらい残ってるだろ。見つけたらくっつけといてやれ。それでこそ第11小隊の小隊長ってもんだ」ウーリはジョンハの軽口に感謝しつつ、徐々に明るくなる東の空をちらりと見ずにはいられない。ババイエフとの契約を解除できればババイエフが死んでいても夜を越えることができる。死なずに済むのだ。

ババイエフが死んだあたりに南から四駆がやってきて止まった。敵の斥候か、増援か、それとも戦闘に驚き迷い込んでしまった民間人か。小隊は深くは気に留めず、それよりもより近距離の、こちらに近づく部隊がいないかを監視することに熱中していた。燃料切れで不時着したドローンたちが敵の手に渡らぬよう、マイクが自爆処理の指令を打ち込む。4か所で爆発。マイクが真剣な表情で爆発場所へ敬礼を送った。

「ソクラティース、プレイトー、アリスタートル、それにピィタゴラス、よくやった、すまない、愛しているよ」という声がインカムに響いた。ややして四駆は慌てたように北西の方へ走っていった。


ウミネコがウーリを残して去っていく。地平線の向こうに消えるまで見送ったウーリは警戒を解き、女に声をかけた。英語、フランス語、片言のスペイン語…いろいろ喋ってみたが、反応を示してはくれない。30分ほどそうやってウーリはため息をつき、祈るような声でつぶやいた。

「俺は丘をくだってマーティを弔ってやりたいだけだ。朝が来たら俺は死ぬ。時間がない、マーティのためなんだ」

「あんた“人形”だったのね」

東海岸系の訛りのある英語だった。女が口を開いたのだ。ウーリは女を見て、同じ訛りのある英語で返してみる。

「それは差別発言だよ。ちゃんと“信義人”と言うべきだ」

「おまえも私を血族と言った。おあいこだ」

人形も血族も差別用語だ。発言すると実刑をうける。良くて個人の信用に激しく傷がつく。

「兵隊と娑婆は違う。“長い人”なんていちいち言っていたら仲間に撃たれる」

「私が撃ち殺してやろうか?あいにく私も兵隊だ。…モルヒネをもっとくれるなら丘を降りるのにつきあってもいい」

「鎮痛剤ならバックパックにある。あの林の入り口あたりに置いてきた。さあ、行こう」

「ならここで朽ちるがいい」

ウーリはこれ以上の会話を諦めた。人生最後になるかもしれない時間を他人と話すことに使う必要なんてない。だけど一人でマーティのところを目指しても途中で撃たれかねない。まあ、戦場で散るのも悪くないとウーリは自分を納得させた。死体なんてタンパク質の塊だ。大事なものは記憶と共にある。この記憶を銃弾では奪うことなんてできない。いや、できるか?自分を拾ってくれたマーティをこの手で埋葬できないのは悔しいな…。

「おまえはウィリーを殺した。おまえの自己憐憫につきあう言われはない。勝手に朽ち果てろ」

「ウィリーって俺が林で撃った人のことか?それを言うならおまえたちもマーティや大勢を殺しただろう。ケネスなんか割れたスイカみたいになって殺された。全然釣り合ってないぞ」

そのとき丘の下から気配がした。稜線からのぞくと10人ほどの人々が上ってくるのが見えた。武装している。敵に間違いない。こいつらと話したほうが早いかもしれないとウーリは思った。ウーリはライフルを右手に持ったまま立ち上がり、“長い人”の女に告げた。

「鎮痛剤はどのバックパックにも一番上に入れてある。箱の横にささっている細い管がそれだ。好きに使えよ」

ウーリはライフルを両手で掲げ、丘を勢いよく下った。敵の部隊が一斉に伏せる。一気に距離をつめ、兵士たちに向かって叫んだ。

「アメリカ連邦共和国陸軍上等兵のケルシャーだ。降伏を希望する」

右から二番目にいた男が立ち上がり、低いがよく通る声で言った。

「サトーだ。降伏を歓迎する」

空はもうかなり明るくなっていた。


サトーと名乗った男はウーリにとって物分かりのいい男だった。自分は”信義人”だと告げ、ババイエフの倒れたところへ行きたい旨を説明するとあっさりと許した。利用価値があると思われたのかもしれない。ババイエフの上半身は下半身から10メートル以上離れたところに横たわっていた。首から上はどこにもない。契約の解除は頭部がないと行なえない。ウーリは落胆したが、態度に出さないよう気をつけた。マリー・アントワネットも死に際は見事だったのだ。頭がなければ素直に死ねばいいじゃない。ババイエフの頭部がないことを確認したサトーは心底同情している表情を見せ、手厚く葬ることを申し出た。ウーリはそれを断り、それよりもスコップが欲しいと要求した。もうあまり時間がない。パンもケーキもいらないからスコップが欲しい。幸い、スコップは近くの納屋で見つかった。鍬も何本かあった。サトーの部隊の数人が地面を掘ることを申し出た。いや、一人でいいとウーリは断った。マーティは自分の手だけで埋葬したい。サトーたちは強引に手伝いはじめ、やがて一人分の穴がすぐに出来上がった。ウーリはババイエフの二つにちぎれた体をできるだけくっつけ、目を閉じてしばらく思い出にひたった後、そのまま最後の瞬間を待つことにした。車の音がした。目を開けると四駆が峠の方から走ってくるのが見え、ウーリとサトーたちのいるところで停車する。後部座席にあの女の顔が座っているのが見える。顔色は悪いが、表情はいくぶんか緩んでいる。鎮痛剤を投与することができたのだろう。南方からも車両数台が到着し、中からウーリの戦友たちの遺体が運び出された。みな戦塵に汚れていたが、手だけは丁重に組み合わされている。それからサトーの兵士たちが掘った穴へと埋葬されていく。ウーリはサトーに感謝の念を伝えた。サトーは複雑な表情をつくり、そして言った。

「これは善意からだけではない。ケルシャー、君は我々と契約してもらう」

それは不可能だとウーリはやや面食らってのべた。頭部がないことをサトーも知っているはずだ。契約は解除できていない。主が死んでいるのだから、俺ももうすぐ死ぬ。

「頭部なら車の中にある」

サトーが四駆に目をやりながら答える。

「少尉を埋葬することを我々は真摯に手伝った。だが頭部が残ってしまっている。契約も解消されていない。君たち“信義人”のルール上、少尉との契約の即座の破棄と我々との契約を君は断れないはずだ。こんなことを言うのは心苦しい、この詐欺行為を許してほしい。だが、絶対に後悔はさせない。我々の理想と目的を君も共有できるはずだ…」

サトーの言葉をウーリは呆然と聞いていた。ババイエフとの契約が破棄されたとき、左肩と腹の銃創から激痛が響き、思わず地面にうずくまった。視界が苦痛で歪む。サトーとの契約が済むと、激痛は嘘のように去っていき、そのかわりウーリの意識は急速に遠のいていった。ウーリはどこか他人ごとのような感覚でそれを味わった。朝日が射したのはちょうどウーリが気を失ったときだった。西暦2025年7月15日、スコットランド王国グレンロセス近郊における戦闘で北アメリカ(通称)軍4軍統一即応集団アルファ(陸軍)分遣隊所属第11小隊は壊滅的打撃を受け、その戦力を喪失した。


————————-



ここまでの登場人物



北アメリカ軍関係者

ウーリ・ケルシャー上等兵

マーティン(マーティ)・ババイエフ少尉

アクラム・マリク三等軍曹

マイク・オッペンハイマー特技兵

ジョンハ・クォン伍長‬


サトーの部隊の関係者

サトー‬

“長い人”の女(肩とお腹に絶賛貫通銃創中)‬


スペシャルサンクス


冒頭で死んだケネス(ケニー)・スミス上等兵

林で死んだウィルフレッド(ウィリー)・スギヤマ

自爆した4つのドローン、ソクラティース、プレイトー、アリスタートル、それにピィタゴラス

簡単な作戦になるはずだった。少なくとも情報部はそう考え、各級指揮官たちもおおむねそう判断した。たった一人の“敵”を拉致し、それが叶わないのであれば殺せばいいのだ。生き死には問わない、こんなに楽なことはない。情報部の情報と士官学校出身の上官たちを信用しない現場は違った。最初から拉致を排除し、殺害ひとつに目的を絞った。少しでも生存性をあげるためだ。たとえ命乞いをされても殺してしまえ。死人に口はないのだし、なにより命は一つだけなのだ。しかし結果は待ち伏せだった。拉致もしくは殺害対象が潜伏するとされた家屋は分隊が突入すると同時に爆発炎上し、周囲から猛烈な制圧射撃をうけている。何とか作戦指令部と連絡をつけた第11小隊は、兵力のほとんどを失いながら後退を続け、「緊急時」の隊の回収を要請した。


上空に待機していたドローン群の遅ればせながらの援護を受けることができた第11小隊の残余は敵に抑えられている当初の撤退ルートを放棄し、北方の林に退避することができた。すぐに全集防御の態勢をとる。ウーリが小隊長に告げる。

「小隊長、ウミネコが来ます。40分後、さらに北12時の方角、4キロの地点です」

ババイエフは頷き、ウーリに目を向ける。

「被弾したのか?」

ウーリが生真面目に答える。

「左肩と腹に1発ずつ食らいました。問題ありません」

「すぐに止血しろ。アクラム、ウーリを手伝ってやれ。他に負傷者は?」

ババイエフは腕時計を見つつ足早に言い、状況を確認する。最悪だ、情報は罠だった。情報部ははめられたのだ。いや、はめられたのは我々か。くそったれめ!このクソ情報をつかんできた奴を殺してやる。いや、今は生き残ることが先だ。残った部下たちを全員連れ帰る(4人にまで減っている!)。幸い、この4人に重傷者はいない。ウーリは大丈夫だ。ドローンの操作技術に精通した特技兵も生き残っている。彼らを連れ帰るために全力を尽くすべきだ。ここから4キロの地点にティルトローター機が40分後なら…。大丈夫だ。間に合う。

突然ウーリが止血作業をやめ、林の奥に目を向けた。ライフルを構え2発発砲する。さらにもう2発。何かが樹上から落ちる音。

「総員警戒しろ!ウーリ、敵か?」

「わかりません。人に見えました」

ウーリとアクラムは木々を盾にしながら速やかに前進し、残りの隊員も互いを援護しながら続く。先行する2人が70メートルほど進んだところで停止。部隊中央にいるババイエフの耳にインコムが響く。ウーリの声だ。

「小隊長、敵です」

「やったか?」

「確認します」

1人は即死していたが、もう1人は生きていた。ババイエフがウーリとアクラムの元につくと、右手を挙げながら苦しげに肩で息をしていた。女だ。左肩と左わき腹に被弾している。ウーリとほぼ同じ個所。わざとやりかえしたのだろう。ババイエフはアクラムに命じた。

「手当してやれ。人質にして盾にする。我々が全滅するよりマシだ」

「ハッ」

「小隊長、こいつらおそらく血族です」

「ウーリ、抵抗するなら撃て。ジョンハ、聞こえるか?」

「聞こえていますよ」

「本部との通信をウーリと代われ。3分後に出発する」

人質の運搬方法を考えながらババイエフは思った。敵に血族がいる。血族の部隊だ。人質は確実に効く。やむを得ん。生き延びるためだ。


小隊の生き残りたちは林の北側の端についた。正面には小高い丘が連なり、その先に回収ポイントがある。空母から発したウミネコが到着するまであまり時間がない。マイク・オッペンハイマー特技兵にドローンを小隊の進行方向両側面に配置するよう指示して、ババイエフはウーリと女の方を見た。同じく負傷してはいるが一番体力のあるウーリに背負われている。こうでもしなければ回収に間にあわなくなってしまう。ぐったりしている人質に抵抗の気配はない。ババイエフはため息をついた。条約違反だ。だが負傷者は見過ごせない。そうだ、そういうことにしよう。人質ではない、捕虜だ。いや、救出と言ったほうがいい。人道的配慮をしたまでだ。余裕の判断ってわけだ、部下のほとんどを失った割には。

「ウーリ、行けるか?」

「問題ありません」

「マイク、アブたちは後どれくらい持つ?」

「20…19分後にガス欠です」

「よし。総員、バックパックを捨てろ。前進する。ウーリ、駆けるぞ」

小隊が林を抜けきって2キロメートルほど進んだとき、ウーリは右に脅威を感じて小隊に警告しようとした。直後、右側面から猛射を受ける。飛来した無反動砲の砲弾がババイエフの横5メートルに着弾し、その上半身が吹き飛ぶ。

「マーティ!」

やや後方を進んでいたウーリが叫んだ。しかしウーリは止まらずに駆ける。ババイエフの命令がまだ生きていたからだ。小隊も応射しながら前進する。ライフルの発砲に指向されたドローン群が襲いかかり、右側面の火勢が少し弱まる。

「マーティが…小隊長がやられちまった!」

「人質を立たせろ!マイク、アブどもを黙らせろ。敵に人質を認識させたい」

指揮を引き継いだアクラムが吠えるように言う。ウーリは素直に従う。作戦前からそういう手筈になっている。ウーリが女を降ろし、小隊が銃撃を止めた。先頭からウーリのところに戻ってきたアクラムが強引に女を立たせる。右側面からの銃撃がふいに止み、夜の静寂が戻ってくる。判決文に完全に満足した被告のような声でアクラムが言った。

「ウーリ、女を背負え。駆けよう」

丘の頂上を越えた小隊はいったん停止し、稜線のあちら側に伏せながら警戒する。回収ポイントはもうすぐそこだ。アクラムはここを陣取ってウミネコを待つのが最善と判断した。全員の表情が重い。

「ウーリ、どうしたい?あと2時間半で日の出だ」

「小隊長のところに行ってみる。女も返すべきだ。法廷からのテレビデビューは嫌だろ?」

「…わかった。世話をかける」

「ウーリ、俺はテレビならなんだって出られりゃいいんだぜ」

ジョンハがウーリを見ずインカムにだけ声を吹き込んだ。「ヒールがいなけりゃこの世界は魔女のばあさんのクソ溜めだ」と続けて言った。あいかわらず目は稜線の向こう側をじっと睨んだままだった。「だが小隊長、あれはいけねえ。ケツと足しかねえのはあんまりだ。乳首の1つくらい残ってるだろ。見つけたらくっつけといてやれ。それでこそ第11小隊の小隊長ってもんだ」ウーリはジョンハの軽口に感謝しつつ、徐々に明るくなる東の空をちらりと見ずにはいられない。ババイエフとの契約を解除できればババイエフが死んでいても夜を越えることができる。死なずに済むのだ。

ババイエフが死んだあたりに南から四駆がやってきて止まった。敵の斥候か、増援か、それとも戦闘に驚き迷い込んでしまった民間人か。小隊は深くは気に留めず、それよりもより近距離の、こちらに近づく部隊がいないかを監視することに熱中していた。燃料切れで不時着したドローンたちが敵の手に渡らぬよう、マイクが自爆処理の指令を打ち込む。4か所で爆発。マイクが真剣な表情で爆発場所へ敬礼を送った。

「ソクラティース、プレイトー、アリスタートル、それにピィタゴラス、よくやった、すまない、愛しているよ」という声がインカムに響いた。ややして四駆は慌てたように北西の方へ走っていった。


ウミネコがウーリを残して去っていく。地平線の向こうに消えるまで見送ったウーリは警戒を解き、女に声をかけた。英語、フランス語、片言のスペイン語…いろいろ喋ってみたが、反応を示してはくれない。30分ほどそうやってウーリはため息をつき、祈るような声でつぶやいた。

「俺は丘をくだってマーティを弔ってやりたいだけだ。朝が来たら俺は死ぬ。時間がない、マーティのためなんだ」

「あんた“人形”だったのね」

東海岸系の訛りのある英語だった。女が口を開いたのだ。ウーリは女を見て、同じ訛りのある英語で返してみる。

「それは差別発言だよ。ちゃんと“信義人”と言うべきだ」

「おまえも私を血族と言った。おあいこだ」

人形も血族も差別用語だ。発言すると実刑をうける。良くて個人の信用に激しく傷がつく。

「兵隊と娑婆は違う。“長い人”なんていちいち言っていたら仲間に撃たれる」

「私が撃ち殺してやろうか?あいにく私も兵隊だ。…モルヒネをもっとくれるなら丘を降りるのにつきあってもいい」

「鎮痛剤ならバックパックにある。あの林の入り口あたりに置いてきた。さあ、行こう」

「ならここで朽ちるがいい」

ウーリはこれ以上の会話を諦めた。人生最後になるかもしれない時間を他人と話すことに使う必要なんてない。だけど一人でマーティのところを目指しても途中で撃たれかねない。まあ、戦場で散るのも悪くないとウーリは自分を納得させた。死体なんてタンパク質の塊だ。大事なものは記憶と共にある。この記憶を銃弾では奪うことなんてできない。いや、できるか?自分を拾ってくれたマーティをこの手で埋葬できないのは悔しいな…。

「おまえはウィリーを殺した。おまえの自己憐憫につきあう言われはない。勝手に朽ち果てろ」

「ウィリーって俺が林で撃った人のことか?それを言うならおまえたちもマーティや大勢を殺しただろう。ケネスなんか割れたスイカみたいになって殺された。全然釣り合ってないぞ」

そのとき丘の下から気配がした。稜線からのぞくと10人ほどの人々が上ってくるのが見えた。武装している。敵に間違いない。こいつらと話したほうが早いかもしれないとウーリは思った。ウーリはライフルを右手に持ったまま立ち上がり、“長い人”の女に告げた。

「鎮痛剤はどのバックパックにも一番上に入れてある。箱の横にささっている細い管がそれだ。好きに使えよ」

ウーリはライフルを両手で掲げ、丘を勢いよく下った。敵の部隊が一斉に伏せる。一気に距離をつめ、兵士たちに向かって叫んだ。

「アメリカ連邦共和国陸軍上等兵のケルシャーだ。降伏を希望する」

右から二番目にいた男が立ち上がり、低いがよく通る声で言った。

「サトーだ。降伏を歓迎する」

空はもうかなり明るくなっていた。


サトーと名乗った男はウーリにとって物分かりのいい男だった。自分は”信義人”だと告げ、ババイエフの倒れたところへ行きたい旨を説明するとあっさりと許した。利用価値があると思われたのかもしれない。ババイエフの上半身は下半身から10メートル以上離れたところに横たわっていた。首から上はどこにもない。契約の解除は頭部がないと行なえない。ウーリは落胆したが、態度に出さないよう気をつけた。マリー・アントワネットも死に際は見事だったのだ。頭がなければ素直に死ねばいいじゃない。ババイエフの頭部がないことを確認したサトーは心底同情している表情を見せ、手厚く葬ることを申し出た。ウーリはそれを断り、それよりもスコップが欲しいと要求した。もうあまり時間がない。パンもケーキもいらないからスコップが欲しい。幸い、スコップは近くの納屋で見つかった。鍬も何本かあった。サトーの部隊の数人が地面を掘ることを申し出た。いや、一人でいいとウーリは断った。マーティは自分の手だけで埋葬したい。サトーたちは強引に手伝いはじめ、やがて一人分の穴がすぐに出来上がった。ウーリはババイエフの二つにちぎれた体をできるだけくっつけ、目を閉じてしばらく思い出にひたった後、そのまま最後の瞬間を待つことにした。車の音がした。目を開けると四駆が峠の方から走ってくるのが見え、ウーリとサトーたちのいるところで停車する。後部座席にあの女の顔が座っているのが見える。顔色は悪いが、表情はいくぶんか緩んでいる。鎮痛剤を投与することができたのだろう。南方からも車両数台が到着し、中からウーリの戦友たちの遺体が運び出された。みな戦塵に汚れていたが、手だけは丁重に組み合わされている。それからサトーの兵士たちが掘った穴へと埋葬されていく。ウーリはサトーに感謝の念を伝えた。サトーは複雑な表情をつくり、そして言った。

「これは善意からだけではない。ケルシャー、君は我々と契約してもらう」

それは不可能だとウーリはやや面食らってのべた。頭部がないことをサトーも知っているはずだ。契約は解除できていない。主が死んでいるのだから、俺ももうすぐ死ぬ。

「頭部なら車の中にある」

サトーが四駆に目をやりながら答える。

「少尉を埋葬することを我々は真摯に手伝った。だが頭部が残ってしまっている。契約も解消されていない。君たち“信義人”のルール上、少尉との契約の即座の破棄と我々との契約を君は断れないはずだ。こんなことを言うのは心苦しい、この詐欺行為を許してほしい。だが、絶対に後悔はさせない。我々の理想と目的を君も共有できるはずだ…」

サトーの言葉をウーリは呆然と聞いていた。ババイエフとの契約が破棄されたとき、左肩と腹の銃創から激痛が響き、思わず地面にうずくまった。視界が苦痛で歪む。サトーとの契約が済むと、激痛は嘘のように去っていき、そのかわりウーリの意識は急速に遠のいていった。ウーリはどこか他人ごとのような感覚でそれを味わった。朝日が射したのはちょうどウーリが気を失ったときだった。西暦2025年7月15日、スコットランド王国グレンロセス近郊における戦闘で北アメリカ(通称)軍4軍統一即応集団アルファ(陸軍)分遣隊所属第11小隊は壊滅的打撃を受け、その戦力を喪失した。


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ここまでの登場人物


北アメリカ軍関係者

ウーリ・ケルシャー上等兵

マーティン(マーティ)・ババイエフ少尉

アクラム・マリク三等軍曹

マイク・オッペンハイマー特技兵

ジョンハ・クォン伍長‬


サトーの部隊の関係者

サトー‬

“長い人”の女(肩とお腹に絶賛貫通銃創中)‬


スペシャルサンクス


冒頭で死んだケネス(ケニー)・スミス上等兵

林で死んだウィルフレッド(ウィリー)・スギヤマ

自爆した4つのドローン、ソクラティース、プレイトー、アリスタートル、それにピィタゴラス

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