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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者の右腕になりました!(物理)

両親から貰った大切な身体は大事にしましょう。

それは、空気が次第に暖かさを増して来た四月一日のことだった。


僕は淡く色づいた桜の並木の中を、ゆっくりと歩いていた。

春は別れの、そして出会いの季節。

僕はこの度高校生を卒業し、めでたく大学へ入学することになった。

高校の三年間は、仲のいい友達に囲まれ、バカをやって先生に叱られ。文系の部活に入部し、放課後は同好の士や先輩とダラダラして。そこそこに勉強して学力考査の結果に一喜一憂したり。学校行事で目一杯はしゃぎ回ったりもした。


特に変わった高校生活ではなかった。友達はいたけど、彼女はいなかった。部活で大活躍したり、いい成績を取るということもなかった。異世界に行ったり、変な超能力に目覚めたりすることもなかった。

有り体に言うなら、平凡だったと思う。でも、平凡なりの楽しさがあった。僕にとっては、それはかけがえのない思い出だ。


でも、それはそれ、これはこれ。

僕はこれから、大学に入学する。

大学に入ったら、何かが変わるかもしれない。

環境が変わる、住む場所が変わる、交遊関係が変わる。それらは全くの未知なのだ。

ならばその未知の中に身を浸せば、平凡だった僕にも何か「特別」ができるかもしれない。「特別」が見つかるかもしれない。手に入るかもしれない。そんな期待がある。

その「特別」が何なのかは、僕にもまだ分からない。もしかすると、そんなものはないのかもしれない。探すものが曖昧過ぎて、見つけられないかもしれない。

小学校から中学に入った時は、別に何も変わらなかった、当たり前のことを当たり前としか思っていなかった。中学から高校に入った時は正直期待していた、世界が一変することを。でも普通だった。

だから何も変わらないのかもしれない。僕はこのまま大きくなって、大人になるのかもしれない。


それならそれで構わない。


でも、心の片隅では、また性懲りもなく期待してもいるのだ、何かに。




入学式は一週間後だ。

授業日程はまだ始まっていないが、キャンパスには僕と同じ新入生らしき若者やその保護者がちらほらと行き交っている。春の陽気も相まって、穏やかながらもウキウキとした、希望と活力に満ちた雰囲気が漂っている。


僕は今、スマホにダウンロードした地図を片手にキャンパス棟を下見していた。

そしてアッサリ迷った。


……いやキャンパス大きすぎでしょ。

そもそも棟を移動するだけで結構疲れる。運動不足の文系部活動出身としては、この大学で生きていける気がしないんだけど。

周りの人に聞けばいいのかもしれないけど……同じ新入生なのに僕だけ迷って道を尋ねるのも、ねぇ?




多分、2、30分は歩いたと思う。

僕は完全に迷っていた。開き直って適当に歩き回っていたとも言う。ここがどこなのかさっぱり分からない。

……。

ふと道を曲がった。

多分、それで大学の敷地を出たんだと思う。

傍には綺麗な芝の、大きな広場が広がっていた。そこにも桜が植わっていて、薄桃色の花をぽつりぽつりと付けはじめていた。

大学の先輩達だろうか、私服の若者の男女のグループが地面に屯って少し早い花見を楽しんでいる。

賑やかな笑い声、楽しげな叫び声が少し離れたこちらにもよく聞こえている。

僕は何を聞くともなしに喧騒に耳を傾けてみた。




「センパイの~ちょっとイイトコ見てみたい~!」


「「「いっき!いっき!いっ~き!」」」


「おい止めろぉ!あ、ちょ、ごふぇぁ!マジ止めろよ!うわきったねぇ!」




「眠そうだな。ちゃんと寝てるか?」


「寝てない……駅前の雀荘で麻雀してた……」


「あーね。勝った?」


「…………超負けた。貸して?」


「おら、ビール一缶恵んでやるからそれで我慢しろ。っつーかバイトしろよバイト」


「バイトできねぇ……パチンコで忙しくて」


「超わかる」




「新入生がやって来る時期になりましたね……いい感じのイケショタの補充があるといいですね」


「大学って天然物のピュア系男子はレアキャラだからね~。補充あるといいね~」


「ま、観察活動は例年通りに行うわよ。我らが腐道ウォッチングの会の更なるハッテンのために!」


「「「更なるハッテンのために!」」」




「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……なんで単位逃げてってしまうん?」




「オイゴルァ、お前どこのモンだ!?免許持ってんのか!見せろ!」


「すいません許してください!何でもしますから!」


「いいから免許見せろや!おら寄越せ!」


「あっ!免許返してください!オナシャス!」


「返して欲しいんのか?ならお前とりあえず、俺らのパシリになれや」


「へ?」


「酒だよ、酒買ってくんだよこの野郎!もちろん金はお前が払えよな!ほらあくしろよ!」


「……やれば返して頂けるんですか」


「おう考えてやるよ」




……何だろう、この大学に入るのが一気に不安になってきたんだけど。

いや待て待て待て。学生の皆が皆こんなオラついた人達な訳ないよね?

巷で噂のDQN大学生と関わり合いになって人生詰んだり、無理やり新興宗教に入らされて人生詰んだり、ブラックバイトで人生詰んだり危険ドラッグで人生詰んだり詐欺で人生詰んだりしないよね?ごく稀なケースだよね!?

……冷静に考えると大学生って死亡フラグ多くない?しかも割とガチで命に関わるヤツ。どうしよう、もう不安しか感じない……。


冷えて行く僕の肝とは裏腹に、春の一日はぽかぽかと過ぎていく。

一番大きな桜の木の前で、立ち止まって深呼吸してみた。


大丈夫だ、大丈夫だよ僕。

大学だって詰まるところは人間の集団、悪い奴がいたなら良い奴だっているだろう。要は僕がそれを見抜けるか、選べるかが問題なんだ。

落ち着いて、冷静に構えていればきっと大丈夫。良い友達を見つければいいことなんだ。

なに、悲観的になることはないさ。人を見る眼を養う訓練だと思えばいい。はは、楽勝だろ?

……とか現実逃避してみたはいいものの。

怖い人に絡まれたり騙されたりするのは、やっぱりちょっと怖いなぁ……。




『…………ザッ……』


僕は桜の幹に寄りかかった。

枝の茶色と蕾の桃色の網目越しに陽光が降り注ぐ。

ああ、空が青い。

雲を背に鳥が飛んでいる。あれは猛禽だろうか。


『……ザザッ……ザザー……』


若者の浮わついたざわめき。調子っ外れな高い声音、吹き上がる口笛。垢抜けない元高校生達の弾んだ口調。誰が点けたのか、ラジオのノイズが耳障りだ。


『……ザザ……ザザザッ……』


始まる。僕の新しい人生が。




『……ザーー、……beep……jdjebbfkxkkdj……』


恐ろしい者が来る。

神か、悪魔か。

人を喰う化け物か。

それとも人類の想像の埒外にある異形か。


空気が粘る。

光が不規則に歪む。


現し世の裂け目から、節くれた巨腕が伸びる。

いいや、腕ではない。

桜の木だ。

僕が寄りかかっていた樹だ。

断じて錯覚などではない。

掴もうとしている。

僕を。

何故?

分からない。

でも、予感がする。

アレに捕らえられたら、もう、戻れない。

ここへ。

家へ。

往くべき場所へ。

彼岸へ。


身を震わすような歓喜と絶望が僕を支配した。

足は動かない。

脳髄は朽ちている。

現実はもう、薄まるように歪んでしまった。

屍のような機械は、誰も僕を見てはいない。

煙を吐く地虫が、ぶよぶよと弛む皮膚を貪る。

太陽が紫色に嗤った。


『………………おおおぉぉぉ!』


音が聞こえた、気がする。

定かではない。

ここでは空気が緑色だからだ。


『…………そこを…………』


何かが僕を突き飛ばした。

それは灰色の甲殻だった。

多分、魚のお面を被っていたと思う。


『……そこを、どけぇぇぇっ!……』




衝撃。


暗転。




一瞬だけ、「何もない」を知った。


錯覚?

いや……。




僕は……悪い夢を見ていたような気がする。

きっと白昼夢というやつだ。

それでボーッとしていて、転んでしまった。

利き腕の右手を芝の地面に着こうとして、何故か失敗してしまった。

僕は顔面から地面に倒れこんだ。


「っ、痛い!」


声が出た。

大きくなるざわめき。大丈夫ですか!という大人達の声が聞こえる。


何があったのかな?


僕は服が汚れるのも構わず、ゴロンと転がり仰向けになった。

空が青い。鳥は飛び去ってしまっていた。

燦々と輝く太陽の光が眩しい。

両手で目を塞いだ。




季節外れの冷たい風が吹いた。

長閑な春の午後は、何事もなく過ぎていく。







□ □ □







『……ザザ……kfdjdbdkal……kdjsk……ザッ……』


ノイズを感じる。

聞こえる訳ではない。何も聞こえない。

かといって静寂な訳でもない。

だけど、感じる。

形のない器官で。自分自身すら知らない場所で。

命というにはセンシティブで、思惟というにはファジーな部分で。


『……knkdksapk……ザザ……kznsuw……akksiw……』


思考が纏まらない。

時間は止まっているのだろうか?

僕は僕であるはずだが既に僕ではないし、これは僕でもある。

ここはでどこだ?

地獄?

奈落?

果て?

境界、あるいはその途上?

分からない。僕は知らない。


『……kqんしっzっか……かkっもんwlさっmふpk……』


ノイズが統制されて僕の内部を行進し始める。

インプットは僕の心を満たし、呼び戻し、働かせた。

擬似的な感覚が形成される。

生長する神経系は僕を明らかにする。

それは信じられない事実を僕にもたらした。




僕は誰だ?


『■■ ■■■』だ。


『■■ ■■■』だったモノだ。


精緻なパズルの一ピース。


死んでいる破片。


それが、僕の全て。







『何もない』に、無造作に一筋の線が引かれた。

『何もない』は『そこ』になり『何もない』ではなくなった。

『そこ』には光と白だけが生まれた。




『そこ』に、『それ』が降り立った。

『それ』はあまり拘りがないのか、『そこ』の出来映えに十分満足したようだった。


『それ』は音でない『何か』を唱えた。

音でない『何か』は広がり、干渉し、再構築した。

そして空隙を破って、彼と少しを招き入れた。




彼が何を望み、何を選択するのか。


『彼』が何を望み、何を選択するのか。


それはまだ知ることが出来ない。


『それ』にとっても未来は不確定なのだ。







『……ザザッ……い……よ……ぞ来た、■■……』


急速にピントが合うように知覚が回復していくのを、男……『石狩 翔』は感じていた。

そして非日常の始まる予感をも、ビンビンと感じた。




彼は大学生で、今年で二年生になるところだった。

しかし、彼はそれが何だか不服だった。勉強は退屈で、友人は下らないことばかり喋る。バイトはシフトを削られて数ヶ月間は行っていないし、趣味のゲームも金欠で止めてしまった。

そんな訳で、彼にとっては毎日が灰色だった。

彼は次第に、無料で読めるネット小説に傾倒していった。誰に憚ることもなく自由に振る舞える異世界。誰も敵わない程の強大な力。彼はスマートな知略や信頼できる仲間よりも、そういうモノにこそ憧れた。

溢れんばかりの金と名声を手に入れたかった。性欲も人並みにあったので、いたいけな奴隷を買って好き放題にしたいという欲望もあった。……だが未体験故か、プロを雇うのは妙なプライドが邪魔していた。あくまで異世界で、コトに及ぶことができれば……と思っていた。




そんなクサクサした気分で、公園の桜の下で酒を煽っていた、その時だった。

酒で歪んだ視界を場違いな青い光が過った。

彼は最初、どこかのバカがレーザーポインタでも振り回しているのか?などと思って気にしなかった。

いや、気にならなかった、気にすることができなかった、というのが正確かもしれない。その現象は誰の目から見ても明らかに異常だったのに、誰もそれに気づいていなかったからだ。


偶然そちらに目を向けて、彼はやっとその異常を知覚した。

光は線を描き神秘的な図柄を描き、精緻な魔法陣を象っていたのだ。

彼が見ている間にも陣は立体的に展開され続け、瞬く間に見知らぬ一人の男……恐らく高校を卒業したばかりの新入生……を取り囲んでしまった。

彼は直感した。

これは魔法だと。非日常への扉だと。自分の知らない別世界への切符だと。


男は全く騒がずに、ボーッとした目で虚空を見つめていた。自分が魔法陣に囲まれているという明らかな異常にすら気づいていないようだった。

彼の心に突如として、嫉妬の炎が燃え上がった。

何故、俺じゃないのか。

何故、非日常はそんな冴えない男を選んだのか。

何故、魔法陣の中に立っているのが自分じゃないのか。

見ろ、奴は自分が非日常に巻き込まれそうになっていることすら気づいていない。ただ漫然と立っていただけじゃないか。こんなに近くに俺がいるのに。こんなに異世界に恋い焦がれている俺がいるのに。俺は色々なパターンの小説を読んでいて、あんなボーッとした男より何倍も上手く立ち回れるはずなのに。

そうだ、思いついた。

俺があの魔法陣の中に入ればいい。あんな奴突き飛ばせばいい、本当は俺が選ばれるべきなんだ。




「そこを、どけぇぇぇっ!」


気づけば叫んでいた。彼は見知らぬ男にタックルした。魔法陣は彼らを素通しして、男は押し出された。彼だけが魔法陣の中に立っていた。


そうだ、これでいい。これが正しい流れなんだ。

ここ最近は味わったことのない奇妙な満足感が彼の心を満たした。


瞬間。


彼と少しは、この世界から消えた。




『……よくぞ来た、勇者、よ……?』


周囲は真っ白に塗り潰された空間だった。

目の前には何かがいる。何かは分からないが、そこだけピントがずれたように見える。ちゃんと見ているはずなのに、見えない。知覚できない。

彼はその現象にひどく興奮した。


「なあ、あんた神様か?」


『う、うむ?まあ肉体に囚われた定命の者達から見れば、我は一介の超越者ではある……』


不躾な誰何に『それ』は驚き身じろぎしたが、律儀に彼の言葉に答えた。


「いぃぃぃやっほぉぉぉぉ!」


『な、何だいきなり……』


神、ドン引きであった。

彼の知覚に変化が現れた。『それ』を彼なりに理解したことで、『それ』の存在の輪郭を捉えることが出来たのだ。

神の姿が知覚されていく。彼は威厳溢れる老人の男を視た。その姿は日に焼けた黄色の肌をし、老いさばらえて髪が白くなり、杖を突いている。だが霊威宿す眼光は全てを見通すように鋭く、只人には計り知れない叡智を宿しているように見えた。


「なぁ神様、俺……」


『…………招かれざる客人、「石狩 翔(■■ ■■)」よ。先ずは挨拶くらいしたらどうか?』


『神』は彼の名を知っているらしかった。彼は超常存在ならそんなものかと気にもしなかったが。


「なんだよ神様、固いこと言うなよ!地球の挨拶とか決まりとか、俺らカンケーねえじゃん!」


『何だこやつ……』


神は不快そうにした。神は礼儀を重んじるタイプだったらしい。


「それよりさ、やっぱ俺、異世界転移しちゃうの?異世界行っちゃうの?」


『何故そなたがそんなに多元平行時空への移動ワープに積極的なのか、我にはさっぱり理解できぬ……。だが一応言っておくなら、そなたらの世界の知性個体に時空移動を頼む予定ではあった。そなたは呼んでおらぬが』


「えー何でだよ!俺もワープ?させてくれればいいじゃん?俺異世界でも上手くやれるよ?多分チートも使いこなせるよ?適応力も超高いし!ほら、俺が異世界に行った方がいいと思わね?」


『全く思わん。むしろ、いきなり勝手に割り込まれて迷惑しておる』


「えー!いいじゃねえか別に!あ、そうだ俺、異世界に連れ去られようとしてるボーッとしたフツメン君を身を挺して救いました!自分の身の危険も省みず!」


『それがどうかしたか……?』


「それって結構凄くね?見ず知らずの他人のために命賭けるとか中々出来なくね?ほら、俺って勇者の適正あるくね?チート渡す気にならね?」


『……何か勘違いしておるようだが、我が使命を託す定命の者は心根の良し悪しで選んでいる訳ではない。能力第一主義なのだ』


「俺も能力ならあるし!っつかチート渡しゃいいことじゃん!会話パートとか要らないんだよ、さっさとしてくれよ!」


『まぁ待て……「能力」というのは後天的な才能や知識のことではない。そなたらの持つ魂の器、即ち「霊格」の容量で判断しておるのだ……』


「はぁ!?何だよソレ!無駄なオリジナル設定とか要らねーんだよこっちはよ!あんた神なんだからそのくらいどうとでもなるだろ!いいからさっさとチートくれ!」


『……最早聴くに耐えん。黙れ』


神がそう言うと、ぴたりと言葉が止まった。彼の霊的なアウトプットが停止したのだ。それは魔法であり、命令だった。


『「魂」は流転する魔力の塊であり、運命の道を拓く魔法そのもの。三次元空間では捉えられねど、確かに存在しておるモノだ。純粋な力に変換すれば、どれほどの物になるか……理解すら及ぶまいよ」


神は厳めしく表情を引き締めて話した。

彼は全く話について行けていなかったが、神の機嫌を損ねるのは不味いと考えて大人しくしていた。


神はまた話した。


『そしてそなたら定命の者が持つ「霊格」とは、不定の「魂」を肉体に繋ぎ止めるための、生まれ持っての霊的器官。備わった「霊格」が大きければ大きいほど大きな魂を収めることが出来、より強く運命を引き寄せることが出来る。逆もまたしかりである』


神は話す。高貴な血筋に生まれた、偉業を成した、歴史に名を残した……そのような者は総じて大きな霊格を持って生まれた、と。

そして、霊格が小さな者はその霊的容量故に、いくら努力しても一定以上に頭角を顕すことは難しい、とも。


『霊格の容量は常に一定で、成長や増減はない。例え死んだとしてもな。故に、霊格の良し悪しによって、その者の現在過去未来における世界への「影響力の上限」を測ることもできる。だから霊「格」であり、存在の格そのものでもあるのだ。

我が使命を託すに足る「勇者」として求めるのは、人並み外れて巨大な霊格を持って生まれた者、変革の運命を引き寄せられる者よ。ちんけな霊格しか持たぬそなたはお呼びでないのだ』


言うべきことは言ったとばかりに、神は沈黙を解除した。

事実は彼の意に沿わないものだった。彼は神に食ってかかった。


「……っ、おいおいおい!じゃあ何か?俺は異世界に行けないのか!?」


『しかり。元よりそんなつもりはない』


「チートは!?スキルは!?何か……神の最強アイテムとかないのかよ!?」


『霊格が小さいのでどうにもならん。アイテム?我は三次元物質など持っておらぬし、あえてそれを創造するにしても、そなたの霊格ではろくに振るえまい。宝の持ち腐れだ』


「っ……ちっくしょお!何で……何でだよ……俺、すげえ楽しみだったのに……異世界に行けると思ったのに……何であんなフツメンが選ばれて……何で俺が……何で……何で……」


彼はポロポロと涙を溢した。例えそれが夢物語でも、身勝手な欲望でも、彼には熱意があった。一般的には的外れではあったが、その熱意は彼を動かし、結果として運命の歯車を狂わせた。

それは紛れもない事実であった。


『何でと言われてもな。才能不足としか……うん?いや待てよ……』


「な!何かあるのか!方法が!」


『うむ、無いでは無い。だが……巻き戻し(ロールバック)と矛盾解消の処理が……いや……こうすれば……存在消失による世界への影響は少ない……既に予定は狂っている訳であるし……』


神は珍しくも、歯切れ悪くブツブツと呟いた。

それを漏れ聞いた彼はこれが最後のチャンスと悟ったのか、鬼気迫る顔で言い募った。


「何でもいい!それをやってくれ!もう現実世界には飽き飽きなんだ!何でもするから!それがダメならもう死んだっていい!」


神は彼の言葉が心に届いた素振りもなかったが、結果として彼の望みは叶えられた。


『よかろう。では腕を出せ』


「腕?なんで腕なんか……」


『腕を切り落とし、付け替えるのだ。ほれ、そこを見よ』


「そこって……あ、え?うわぁっ!?」


彼のすぐ傍、どうして気づかなかったのか疑問に思うほどの距離だった。


一本の腕が転がっていた。

それは肘のすぐ下で切り落とされている右手の二の腕だった。手には未だにしっかりとスマホを握っている。血は出ておらず、まるで宙に浮いているかのようにも見えた。だが腕は確かに切断されていて、それだけに余計生々しいさまが際立っていた。


『本来、この空間に招くはずだった「巨大な霊格を持つ者」、そなたの言う「勇者」候補の腕だ。時空移動した際に空間の断面に巻き込まれたのだな。そなたが無理やり我の陣から押し出すからこうなる……下手をすればそなたも細切れになっておったぞ?』


「え……いや……え?嘘だろ……こ、こんなつもりじゃ……どうして……アイツ死んだのか?……まさかそんな……そんなこと……」


『案ずるな、この空間はそなたらの世界とは時間の流れ方が違うのでな。そなたらの世界ではまだ死んではおらん。放っておけば失血で早晩死ぬだろうが』


「そ、そうか!え、じゃあ……?」


神は生々しい腕を魔法で瞬時に呼び寄せて持ち、まじまじと観察した。


『ほう?このカラクリ仕掛はスマホと言うのか……ふむ……うむ、流石は我の選んだ定命者よ。全体から見れば微々たる破片に過ぎんが、腕一本だけでも十二分に英雄に足る霊格を有しておる。これをそなたに接げばよいだろう』


「え?よいだろうって……え?その腕、俺にくっつけるの?自前の腕を切って?」


『うむ。そなたの要望を可能な限り叶えられる方法だ。不満でもあるのか?』


「い、いやいや……その辺の木じゃないんだから、他人の腕を接げる訳ないじゃん?ほら、拒絶反応とか……」


『それこそ、そなたの言う「ごっどぱわー」とやらでどうとでもなるわ。では行くぞ、歯を食い縛れ!』


「ええ!待って待って!いきなりそんな……っぎゃああああああ!?」


真っ白な空間に、彼の叫び声が響いた。

魔法的な手段で切り取られたのか、血は出ず断面は元よりそうであったかのように滑らかだ。

しかし彼は、切断は確かに行われたと分かった。いきなり接続の切れた神経が彼にとてつもない違和感を訴えたからだ。痛みと不快感は耐え難かった。


『確かに。そなたの右腕、貰ったぞ。この腕は例の「勇者」候補の彼に繋げることにしよう。腕の交換という訳だな』


「あっ、ぐうう……痛え……ふふ……あははっ!うぐっ……いいぞ……隻腕キャラは強いって決まってるからな……っぐ!……」


『え、なにコイツ』


腕を切られて喜ぶ変態に、神、再びドン引き。

しばしの沈黙に彼の喘ぎ声だけが聞こえていたが、気を取り直して神は作業を再開した。


『ま、まぁ喜んでいるならいいか……それではそなたに巨きい方の腕を接ごう』




【あのー?神様ー?僕、あんな変な奴の腕になりたくないんですが……というかこの状況は一体……】


問答無用で変態DQN野郎と合体させられそうになって、今の今まで状況が掴めずにボーッとしていたは、慌ててタイムを申し込んだ。


『おうおう、やはり霊格の破片にすら意志が宿ったか、これは凄まじい。……あいや失礼、我は所謂、神……のようなモノだ。そなたは、端的に言うなら勇者召喚に巻き込まれた片腕だな。そなたはそのままでも結構な力を持っているので、このまま「石狩 翔」とか言うそこの男と共に「異世界」の危機を救って欲しいのだ』


頭の中に……いや僕は腕だから頭とかないな……心の中に響くような、自称『神様』のお言葉。どうやら僕はやけにシュールな状況に巻き込まれているらしかった。

『本体』の僕は無事らしいけど……いや本体って何だ?腕だけの僕って一体何なんだ?っていうか頭ないのにどうして僕は考え事したり見たり聞いたり出来てるんだ……?頭おかしなるでホンマ。

そして腕だけが全ての僕に異世界に行って世界を救ってください?何言ってんだこの人?


【あ、はぁ……ご丁寧にどうも……僕の名前は、あれ?何て名前だったかな……】


『という訳で頼むぞ』


【あ、いや待って!ストップ!あんなのの腕に繋がれたくないです!っていうか見知らぬ野郎の一部分になるとか御免です!異世界云々は別にしても、それだけはマジ勘弁してください!】


『そ、そうか。うむ、我が依頼する立場である以上、そなたの要望は出来る限り叶えるのが道理。何でも言っておくれ』


【もう何が何だか理解不能なので!お腹一杯なので!もう何でもいいです!あの人と合体さえしなければ!】


『そうか……では、我がそなたを義腕に変える、ということでどうか?これならばあやつと合一しなくとも済むし、着脱可能なので一蓮托生という感じではなくなるぞ?』


【もうそれでいいです!あ、後、僕の視覚とか触覚とかをシャットアウトする能力もお願いします!野郎の風呂やらご自愛やらに強制参加させられるのは勘弁願います!!】


『お、おうそうだな……それだけでいいのか?そうか。まあ強欲な腕というのも中々聞かない話だからな。まだ色々と付与できるが、便利機能でも付け足しておくか?このスマホとやらを融合させて機能も強化して、バッテリーも良い感じに改造して……魔法も少し……』


【えぇ……もうどうにでもなーれ!】




という感じで僕と神様の面談は終わった。結果は強制内定からの即入社。業務は同年代の野郎同僚の介護。酷すぎぃ!


『起きろ、いつまで転げ回っておる「石狩 翔」よ。そなたにこの「勇者の右腕」を授ける。見事使いこなし、かの世界を救っておくれ』


DQN君は痛そうにしていたのが嘘のようにバババッと起き上がり、嬉しそうに僕を受け取った。野郎が馴れ馴れしく触るな!と言いたいところだが何も言えない。神様と会話出来たのは特別で、僕は基本的に喋る機能がないらしい。それと、僕の意思では腕は指一本すら動かせない。優先権は装着者にあるらしい。どうしろと?


DQN君は僕を右腕に、無くなった腕の代わりに装着した。

それから、僕の新しい人生……腕生?が始まった。




そんな訳でDQN君は勇者になった。僕を着けているというだけの、偽勇者だけど。


僕らは異世界を救うために旅立った。危機の根源たる境界の侵略者、異族を倒すために。そして、いずれは大元である邪神を討伐するために。

このDQN君と上手くやっていけるのか?質も量も兼ね備えるという異次元の強敵と、果たしてまともに戦えるのか?覇業とも言える大仕事を無事に達成出来るのか?



勇者の右腕になった(物理)けど、僕は不安で堪りません。





*DQNステータス

-純人族

 STR:20(+10)

 DEX:60(+10)

 MND:10

 ITN:110

-戦闘技能:【体力強化】【殴打】【蹴撃】【投球】【逃走】【命中強化】【調理】【演奏】

【知力強化】【暗記】

-装備:【布の服・上】new【布の服・下】new【布の服・下着】new【布の服・靴】new

【革の鞄】new【木の棒】new【勇者の右腕(3%)】new



*右腕くんステータス

-装備品・義腕new

-主霊格:【■■ ■■■の右腕】→【勇者の右腕ヒーロー・エンブレム】enhanced

魔導生体義腕アーティファクト・アーム】new

霊魂共鳴ソウルリンク…3%】new



誰かプロットを恵んでお願い。



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