日常、ウリふたつ。壱
わたしが女優を目指したきっかけは、人気俳優に会いたかったからという、一般人なら一度は思い浮かべたことのある不純な動機からだった。
「これ、どこに置いて置きますか?」
「とりあえず、段ボールはリビングにまとめて置いて下さい。はい、ありがとうございます」
地方都市に住んでいたわたしは、高校卒業を機に主要都市に引っ越した。地方でも大手養成所の支部くらいはあった。しかしそこで頑張った所で、俳優に会えないどころか、ただただレッスン費用だけを搾取され、養成所連中とは馴れ合いの誤魔化し合いをするだけの無駄な時間が過ぎるだけだった。
「そっか、都会に行くんだ? 君とはせっかく仲良くなれたのに」
「……ですね。でも、決めていたことなので頑張って来ます」
地元における芝居仲間の関係は、やはり馴れ合い色が強いと感じた。男と女の関係は一方が異なる感情を抱いている可能性を否定出来ない。しかしそれも、今日で仕舞い。
「おはようございます! 本日から入所しました。女優を目指しています! よろしくお願いします」
自分のような地方から出て来た、まだ垢抜けのない人間が次々と挨拶を続ける。名前が覚えられない程の志望者が、こぞって自分アピールを繰り広げるその光景は、若干ひくほどだった。
養成所の部屋は毎日のように人の出入りがあるからか、フローリングの床が照明の光を反射させるほど、磨かれていた。更には、レッスン場というだけあって窓以外の壁は全面鏡になっていた。
慣れがない人は、思わず鏡に映る自分に照れを見せる。そんなことに慣れていたわたしは、自分の姿を鏡に映し自分を見つめた。ここから変わるという信念を持って自分の姿をよく観察した。
「あなた、私?」
「はい?」
声を掛けられるまで、人の顔すらよく見ていなかった。掛けられて驚きを隠せなかったのは、目の前に自分がもう一人いたことだ。
「いえ、でも似てますよね」
「本当に……そっくり」
名前も知らない自分自身が、そこに立っていた。これは何かの予兆? それとも、惑いの始まり?
相手から見られることのない鳥肌を感じながら、いるはずのない自分そっくりなわたしに、自己アピールをすることになった。
いま、ここから戦慄の始まりを予感しながら――
短編で展開するホラーです。
話を一区切りにして、シリーズ連載をしていきます。