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snowfall town  作者: 神ヶ月雨音
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九章・恋情の一節

 きっかけは、冗談交じりの一言だった。

「あ、そうだ。お前さ、告白するんなら、前の彼女さんに別れようって言ったら?」

「……はあ?」

 友人である小鳥遊(たかなし)(りょう)()の発言を聞いて、(なつ)(おり)(とう)()は呆れたような声を上げた。

「だってさ、うまくいったら付き合うわけじゃん?ちゃんとお別れぐらいしといてやれよ」

「何言ってんだよ。俺らは自然消滅したんだぞ?今更別れるも何もねえよ」

 高校一年生である灯真は、中学校卒業のタイミングで前の彼女である楠木(くすき)(こころ)と別れた。というよりは自然消滅したのだ。そして今、同じクラスの(すぎ)()()()に好意を抱き、告白しようかというのを良太に相談していたのである。

「いいや、したほうがいいと思うぜ?この「千里眼の小鳥遊」様が言ってるんだからよ」

「なんだそれ」

 良太は恐ろしいほど勘が鋭く、良太の言うことが当たったことは少なくない。それゆえ、「千里眼の小鳥遊」というあだ名がついていたりする。

「ちぇっ、悔しいけどお前の勘はよく当たるからな。言うだけ言ってみるよ」

「そうそう、それでいい」

 良太の発言に従う自分に少し悔しさを覚えながらも、灯真は意に連絡を入れた。



 灯真と心羽が知り合ったのは、自然消滅したことで意への想いが薄れてきた七月のことだった。

 休み時間、灯真がとある本を熱心に読んでいると、心羽が声をかけてきたのだ。

「夏折くん、もしかしてそれ、水原(みなはら)芳香(よしか)さんの『追憶の詩』?」

「ん、ああそうだよ。もしかして杉野さんも水原芳香さん知ってるの?」

 灯真は本を置きながら言った。水原芳香というのは、灯真が読んでいる本の著者で灯真の大好きな作家さんである。

「うん。私も持ってるよ、その本」

「そうなんだ。まさか知ってる人がいるなんて思わなかったな」

「私もだよ。夏折くんは何の作品が好き?」

「うーん、『Glory Flag』とかも好きだけど、やっぱり一番はこの『追憶の詩』かな。杉野さんは?」

「私も『追憶の詩』かな。あ、でも、『Connect Sounds』も好きだよ」

「ああ、あのユメコヱさんの曲のノベライズね」

 ユメコヱというのは、最近話題になってきている音楽グループの名前だ。耳の聞こえないボーカルと、声を出せない作曲家のコンビである。水原芳香は、そのユメコヱのボーカルの姪でもあるらしく、彼らの楽曲のノベライズも複数しているのだ。

「ボーカルのヒトコヱさんの姪なんだよね。すごいよなぁ」

「ってことはユメコヱも知ってるんだね」

「うん、知ってるよ~」

 こうして二人は、仲良くなった。



 灯真のもとに意からの返信が届いたのは、午後七時を過ぎてからだった。メールの文章には、部活などで返信が遅れてしまったことと、卒業時に別れを切り出せなかったことへの謝罪。そして、新しくできた好きな人とどうか結ばれますようにという内容が書かれていた。

「まあ一応、これで吹っ切れた……のかな」

 しかし、灯真は少し違和感を感じていた。文面では謝罪の念と灯真の新しい恋を応援する気持ちが綴られているのだが、どこか未練のようなものを感じるのだ。

「あいつ、まだ俺のこと好きなのかな……」

 仮にそうだとしても、もう終わったことだから関係ない。意に申し訳ないと思いつつも、灯真はそう切り捨てた。

「じゃあな、意。お前も新しい人見つけろよ」

 灯真は一人、そうつぶやいた。



 テスト返却日。数学の後の休み時間は、歓喜と嘆きの声に満ちていた。

「夏折くん、テストどうだった?」

「ん?九十一点だったよ」

「え、すごい。私五十二点だった」

「数学苦手?」

「うん。夏折くんは得意なんだね」

「まあ、中学校の時は苦手だったんだけどね」

「そうなの?」

「うん。テストの点数が悪すぎてさ、友達に教えてもらったんだ。それからできるようになったんだよ」

「へぇ、すごいね。きっとその友達の教え方が上手だったんだね」

「かもね」

 そういいながら灯真は、自分に数学を教えてくれた友人が誰だったか思い出そうとしたが、ついに思い出せなかった。

「ねえ夏折くん、今度数学教えてよ」

「ん?ああ、いいよ。いつでも時間空いてるし」

「やったぁ!」

 無邪気に跳ねる心羽をちらりと見て、灯真は小さく微笑んだ。



「灯真、お前告白するって言ったよな?」

「おう」

「それで、元カノに別れようって言ったんだよな?」

「おう」

「お前あれからどれだけ経った?」

「ええと……五日?」

「二週間だよ馬鹿野郎」

「あっはい」

 意へのメールからはや二週間、灯真は未だに心羽に告白できずにいた。ちなみに今日は灯真の誕生日である。

「お前心羽から誕生日祝ってもらったのか?」

「おう、ばっちりな」

「そりゃよかったな」

 そんな会話をしていると、横から心羽が入ってきた。

「夏折くん、また今度誕生日プレゼント持ってくるね!」

「あ、ああ。別に気にしないでいいよ」

 照れ隠すように言った灯真を良太が軽く小突く。

「嬉しいくせに」

「うっせえ」



「ただいま~」

「おかえり灯真」

 家に帰ってきた灯真はそのまま自分の部屋に入ろうとすると、母が呼び止めた。

「ああ灯真、ポスト見てきてー」

「えー、めんど」

「お祝いの手紙とか入ってるかもよ?」

「この時代に手紙送るやついねえだろ」

「いいから見てきて」

「はいはい」

 母に言われ、しぶしぶ家を出てポストを開けた。するとそこには予想外にも、一通の手紙と小さな袋が入っていた。

「手紙と……袋?」

 袋を開けると、中には小ぶりのクッキーが数枚入っていた。

「クッキー……?いったい誰が……」

 少し戸惑いながらも、灯真は手紙を開けた。そこにはこう綴られていた。



拝啓

夏折灯真様へ

久しぶりだね、灯真くん。元気ですか。

この度は、灯真くんの誕生日ということで、手紙を書きました。

ささやかなプレゼントとして、クッキーを作ってみたんだけど、よかったら、食べてください。

突然だけど、中学校を卒業してから会わなくなって、もう半年が過ぎたね。この半年の間に、灯真くんには新しく好きな人ができたんだよね。うれしい反面、少しさびしい気もします。

正直なところ、今も私は灯真くんのことが好きなままです。今更こんなこと言っても意味がないことくらいはわかってます。でも、自分のこの思いには嘘はつけませんでした。もう新しい好きな人には告白したのかな?成功してたらいいな。

私は灯真くんのことが好きだけど、灯真くんが別の人のことが好きなら、私はその恋を応援するよ。私の恋よりも、灯真くんの幸せのほうが私にとっては大事だから。

私の知らないその人を、幸せにしてあげてください。

                     楠木意より

敬具



「……」

 意からの手紙を読み、灯真の中で何かが引っ掛かった。

「もしかして……俺は……」

 灯真は家のドアを開けると、靴箱の上に手紙とクッキーの入った袋を置いて、家を飛び出した。

「ちょっと出かけてくる」

「あっ、ちょっと灯真!?」

 母の声を無視し、走り出した。



(もしかしたら俺は、勘違いをしていたのかもしれない)

 とある場所へ向かって走りながら、灯真は考えた。

(よく思い出せ、俺と心羽との会話のタネは何だった?)

 走りながら灯真は思い返す。心羽とは、水原芳香さんの作品について話が盛り上がった。ユメコヱさんの話が通じた。得意な数学をほめてくれた。

 でも、灯真は思い出した。水原芳香さんも、ユメコヱさんも、苦手だった数学を教えてくれたのも全部、意だったことに。

(もしかして……俺が本当に好きだったのは……)

 灯真は気づいた。自分が本当に好きだったのは心羽ではなく、心羽に透かして見えた、意だったということに。

(意……!)

 意の家に向けて、灯真は走るスピードを速めた。



 意の家についた灯真は、一つ深く深呼吸をして、インターフォンを押した。

「はーい」

 機械の向こうから聞いたことのある声が流れる。意のお母さんだ。

「夏折です。意さんはいらっしゃいますか?」

「あー、灯真くんね?ちょっと待っててねー」

 言われた通りに待っていると、ほどなくして玄関から意が出てきた。

「灯真くん……?」

「久しぶり、意。今、時間ある?」

「う、うん」

「じゃあ、いつもの公園行こう」

「え、あ、うん」



「急にどうしたの?家まで来て。それに今日、灯真くん誕生日じゃん」

「ああ、少し話がしたくてさ」

 少し間をおいて、灯真は口を開いた。

「俺さ、気づいたんだ」

「何に?」

「好きだったのが、意だったってこと」

「えっ?」

 灯真は周りを見渡す。見慣れた公園。意と二人で、デートがてらよく遊びに来た公園だ。

「学校で新しくできた好きな人がさ、水原芳香さんとか、ユメコヱさんのこと知っててさ、馬が合ったんだよ」

「そうなんだ……」

「得意な数学をほめてくれたりしたんだけど、よく考えたら、

その全部って、意に教えてもらったものだったから」

「まあ確かに、そうだったね」

「それに、俺が好きだったのはそのクラスメイトじゃなくて、その子に透かして見えてた、意だったことに気づいたんだよ」

「そう……だったんだ……」

 灯真は改めて意に向き直ると、こう続けた。

「ねえ意、もう一度、意の隣にいさせてくれないかな?」

「灯真くん……」

「一度意を裏切ってしまったけど、もう意を一人にしないから」

 意は少し俯いて、一呼吸置いたあと、泣きながら笑って顔を上げた。

「もちろん……!」

「意……」

「灯真くん、大好きだよ!」

「俺も、大好きだよ意」

 意は灯真に抱き着き、灯真もそれをやさしく抱きしめた。



 日が暮れ始める西の空を見て、灯真は声を上げた。

「あっ、やばい。あんまり遅くなると怒られる」

「そっか、今日誕生日だし、早く帰んなきゃだもんね」

「うん、ごめんね」

「大丈夫だよ。また近いうちに会える」

「うん、次の休みには遊びに来るよ」

「じゃあ、またね」

 意が灯真の体を離す。そこで意はふと何かを思い出したように言葉を発した。

「ねえ灯真くん」

「ん?」

すると、意は自分の小指を差し出した。

「『今度も、ここで会いましょう』」

 それは、二人を繋いだ作品の一節。だから灯真も、それをなぞる。

 灯真は、少し驚いた顔をして、こう言った。

「『ああ、また』」

 そして、二人の小指は結ばれた。


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