六章・家の鍵開けて下さい
携帯電話が鳴る。着信だ。少年――一条冬弥は、面倒くさそうに電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、私メリーさん。今、アナタの家の前にいるの」
メリーさん。電話先の少女はそう名乗った。電話の内容から察するに、「メリーさんの電話」という都市伝説だ。もしこの都市伝説を知っている者がこの電話を受けたら、怯えるか一蹴するかのどちらかだろう。しかし冬弥の反応はどちらでもなかった。
「またか」
そう言って冬弥は電話を切った。そう、冬弥はこの電話を何回も聞いているのだ。
また、電話が鳴る。冬弥は同じように電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、私メリーさん」
しかし、都市伝説のラスト――「今、アナタの後ろにいるの」という電話の後に後ろを振り向くと…というような目には遭っていない。なぜなら…
「お願いだから、家の鍵開けてよぉ…」
「嫌なこった」
このメリーさん、未だに都市伝説のラストまでたどり着けたことがないのだ。
「んで、入ってこねえの?」
「鍵閉まってるのに入れるわけないじゃん」
電話越しに冬弥のメリーさん弄りが始まった。
「都市伝説のメリーさんなら普通に入ってくるんじゃねえの?」
「あんなの伝説だよー、人間にできるわけないじゃん」
「じゃあお前は偽物ということだな」
「本物だもん!」
「はいはい」
子供が駄々をこねるように本物だと主張するメリーさんを半分無視しつつ、冬弥は割と気になっていたことを聞いてみた。
「てかさ、最後の電話の後に振り向いたらどうすんの?やっぱ殺すん?」
「えっ、こ、殺す?そ、そんなことするわけないじゃん!殺したりしたら捕まっちゃうよ!」
「お、おう…」
あまりにも一般的な返答に少し驚く冬弥。どうやら、意外とメリーさんは常識が通用するようだ。
「んじゃ、また出直してこい」
「えっ、あっ、ちょっ」
メリーさんの返答も聞かずに冬弥は電話を切った。メリーさんから電話がかかってくると家の鍵を閉め、五分くらい電話をする。日課となりつつある現状を、冬弥は不思議とおかしく思わなかった。
冬弥は、非現実的なものを否定しない思考があり、それには母が関係している。冬弥は母の地元のことを思い出す。真夏に雪の降る不思議な島。にわかには信じがたい話だが、冬弥自身も母に連れられ数回見たことがある。そんな島があるのだから、メリーさんの一人や二人いてもおかしくはないだろう。
「母さん、元気にしてっかな」
冬弥の母は、しょっちゅう出張に出ていてあまり家にいない。しかし別に仲が悪いというわけではなく、むしろ担任の先生である黒田誠先生――通称まこっちゃん先生を通じて仲がよい。誠先生と冬弥の母は中学校からの仲であるため、息子である冬弥も先生と仲がよいのだ。母と同じ姓なため、母子家庭かと誠先生に驚かれたが、父が母の家に婿入りしただけなのでそういうことは無い。
翌日、冬弥は出掛けていた。すると、またいつものように電話がかかってきた。
「もしもし?」
「もしもし、私メリーさん。今、アナタの家の前にいるの」
「ああ、今俺ローソン」
「へ?」
「いや、出掛けてるから」
「あ、ああ。じゃあ、今から行くね!」
「今から行くって言われて待つやついねえだろ…」
なんて言っているうちにいつの間にか電話が切れていた。冬弥はため息をつくと、面倒くさそうに次の目的地に向かった。
冬弥は駅前の書店に着くと、文庫本の棚へ向かった。
「どれ買おうかな…」
冬弥が本棚とにらめっこをしていると、ふいに冬弥の携帯が鳴った。
「またかよ…」
冬弥は足早に書店を出ると、電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、私メリーさん。今、ローソンの前にいるんだけど」
「おう」
「どこにも見当たらない…」
「だろうな。だって今駅前の書店だもん」
「えぇ!?待っててって言ったじゃん!」
「いや、誰が待つんだよ」
「今から行くから!」
「どこまで来るんだよ…」
冬弥は携帯をポケットに仕舞うと、また次の目的地に足を進めた。
その後も、何回かメリーさんから電話があっては、冬弥が次の目的地にいるという謎の追いかけっこは続いた。
しかし、七回目の電話で変化が訪れた。
CDショップを出た冬弥は、自分の電話が鳴っているのに気づき、電話に出た。
「もしもし?」
「もしもし…ぐすっ。わたしメリーさん…ぐすっ」
「ど、どうした?」
「道に迷っちゃったの…ぐすっ」
「はぁ?!」
メリーさんらしからぬ発言に冬弥は驚いたが、今冬弥がいるのは隣町だ。メリーさんの見知らぬ土地なら迷うのも無理は無いのかもしれない。
「今どこだ?」
「えっ…?」
「駅まで案内してやるから教えろ。今どこだ?」
「ええと…ちょっと待って」
「おう」
すると、突如電話が切れた。
「はぁ!?何やってんだあいつ?」
しかしその後すぐ、電話が鳴る。しかしこれまでとは違う着信音だった。
「もしもし…って何でお前俺のLINE持ってんだよ」
「だってメリーさんだもん」
「はいはいそうでしたね」
回答になっていない回答に少しあきれつつ、冬弥は続ける。
「てかなんでLINE電話なんだよ」
「だって、普通の電話だと通話料金かかって迷惑かけちゃうから…」
「お、おう…」
メリーさんのあまりにも現実的な返答に冬弥は拍子抜けした。
「さて、結局今どこなんだよ」
「ええとね、すき屋の近く」
「ああ、あそこか。そこなら駅までそう遠くないから安心だな」
「本当?」
「おう。案内してやるからよく聞けよ?」
「うん!」
十分ほど冬弥は電話で案内すると、メリーさんはようやく駅に着いたようだった。
「暗くなる前に早く帰れよ」
「うん!ありがとう!」
「はいよ」
そこで電話は切れた。最後の「ありがとう!」に冬弥は不覚にもかわいいと思ってしまった。
「って、何考えてるんだ俺は」
そう呟きながらも冬弥は、先ほど電話をかけてきた「氷月芽里」という名のアカウントをぼーっと見ていた。
休日。冬弥はあてもなく散歩に出た。すると、即座に電話がかかってきた。冬弥はかけてきた相手を見る。画面に表示された「氷月芽里」という名を見て、冬弥は電話を切った。
「ったく、飽きねえな」
すると、芽里からLINEがきた。
『何で電話切るの?!』
冬弥は歩を止め、返信した。
『めんどくせえから』
『ひどーい!』
『知るかよ』
歩きスマホにならないように、時々歩くのを辞めて返信する。それを繰り返しているため、時々止まる冬弥とその後ろに続く芽里という謎の構図が出来上がってしまった。
『振り向いてよー』
『やなこった』
『なんで』
『何されるかわからん』
『驚かすだけだよ。驚いてくれたらそれでいいの』
『はいはいビックリしたー』
『うわひどい』
なんてことを文面で会話をしていると、すれ違った少年が冬弥に声をかけた。
「あっ、一条先輩!」
声をかけてきた少年の方を冬弥は振り向いた。視界の隅に芽里が写るが、意識しなかった。
「なんだ、瞬か! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです一条先輩! 元気でしたか?」
声をかけてきたのは霧宮瞬。冬弥の中学校時代のバスケ部の後輩だった。
「おう、元気だったよ。瞬は? 部活頑張ってるか?」
「はい! スタメンに入れました!」
「おお! よかったじゃん」
「ちなみに……」
「ん?」
瞬は道の脇に呆然と立っている芽里をちらりと見ると、冬弥に尋ねた。
「あの女の子は、一条先輩の彼女ですか?」
「えっ」
「ん? いや、関係ないよ」
「え、そうでんですか」
「うん」
「あ、じゃあ僕そろそろ行きますね!」
「おう、じゃあな」
「さよならー」
歩き去っていく瞬の後ろ姿を見送った後、冬弥は前を向こうとして、芽里と目があった。
「「あっ」」
二人はそのまま数秒固まった。瞬と同級生くらいだろうか、冬弥の思っていたより幼い少女だった。
「何だ、思ってたより年下だけど、可愛いじゃん」
「えっ……えぇっ!?」
みるみる芽里の顔が紅く染まっていく。冬弥は祖っを見てクスリと笑った。しかし、あまり初対面という感じがしないとはいえ、さすがに初対面で言うことではなかったなと冬弥は反省した。
「そういえば、これで都市伝説終わったな」
「あっ、ホントだ」
「これで電話もかかってこねえし、LINEも消していいな」
「えっ……」
「えっ?」
数日後、学校から帰宅した冬弥は、リビングでボーっとしていた。すると、冬弥のケータイが鳴った。冬弥は電話に出る。
「もしもし」
「もしもし、私メリーさん。今、アナタの家の前にいるの」
「おう」
聞きなれたフレーズだ。冬弥は別に驚きもしなかった。そして、電話先の少女はいつもの言葉を続ける。
「家の鍵空けて?」
冬弥はため息をつくと、少し呆れた声で言った。
「芽里、お前合鍵持ってるだろ」




