五章・Connect Sounds
「みんな今日はありがとうねー、また来週!」
カメラの電源を切り、動画投稿サイトの生放送を終了したところで私は一つため息を付いた。
「ふぅ…今日も疲れたぁ」
私は夢岸音璃。「ユメネ」という名前で歌い手をやっている。最近そこそこ有名になってきて、メジャーデビューこそしていないものの、数回ラジオ等に出演させてもらったこともある。
「あ、ヒトコヱさん新曲出してる。また後で聞こっと」
「ヒトコヱ」というのは、私がよく歌わせていただいている曲の作り手さんだ。彼の「キヲク」という曲を歌った頃からお互いに有名になり始めたんだっけ。
「いつかコラボとかしてみたいなぁー」
なんて吞気なことを考えながら、私は買い物のために夜十時の町に出た。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ると、店員が眠そうに声を上げた。私は心の中で「眠いところお疲れ様です」と言ってお菓子の棚へ向かった。
「どれにしようかなぁー」
私が夜のお供を選んでいるとき、事件は起きた。
「お前、動くな!」
突然店内に響いた怒号と発砲音。発砲音の後に蛍光灯が割れる音が聞こえた。
(強盗…?)
私が立っている場所からは見えないが、おそらく犯人は一人だろう。さっきの発砲は威嚇射撃かな?などと冷静に分析している自分に少し驚いた。
「あの…」
「あ?なんだ、客がいたのか」
気が付くと私は犯人に声をかけていた。店員はおびえているようだから、私が代わりに対処しようと思ったのだ。
「何が目的なんですか?」
「お前には関係ないだろ」
さっきの一発しか玉が無かったのか、犯人は銃ではなくナイフをこちらに向けている。わたしはできるだけ優しく話しかけた。
「いえ、店員さんが話せる状況じゃなさそうなので、私が代わりに…」
それが、私が最後に発した言葉だった。
「うるせえ!テメエには関係ないっつってんだろ!」
犯人は怒り散らしながら私の喉元めがけてナイフを振り下ろした。首元に走る鋭い痛み。痛みに嗚咽を漏らしたが、もれたのは声ではなく空気だけだった。
その場に倒れた私は、薄れ行く意識の中で警察に取り押さえられる犯人を見た。
『ヒトコヱさん新曲キター!』
『やっぱ神曲』
「はぁ…」
やってくるコメントの数々を読みながら、僕――聲野優はため息をついた。僕は、「ヒトコヱ」という名前で曲の作り手をやっている。曲を作っては、動画投稿サイトに上げているのだ。しかし、僕の作った曲を歌うのは人間ではない。文章読み上げ・歌唱音声ソフトと呼ばれる、機会音声だ。
『今回もよかった!次回にも期待!』
『気が早いかもだけど次の曲も気になるなぁ…』
先ほどアップロードしたばかりだというのに、もうそんなコメントがやってくる。
「次、か…」
こんなコメントが来るたびに僕の胸は締め付けられる。僕にはもう、次の曲を作ることができないだろうからだ。
「引退宣言…した方がよかったかもな…」
「もうそろそろですね。補聴器も、もう一つ精度の高いものにした方が良いかと」
「そう…ですか」
「この会話が聞こえている間はまだ大丈夫ですが、直に…早くて来月ごろにはもう…」
「もう、音楽も無理ですかね?」
「貴方次第…ですね。耳が聞こえなくても音楽を作ってらっしゃる方はいらっしゃいますから…」
「ですね…」
僕はここ数年で病気が悪化し、耳が悪くなっていた。直にほとんど聞こえなくなるらしい。僕が次の曲を作ることができないのは、こういうことなのだ。
「無理…だろうな」
病院の帰り道、僕は一人つぶやいた。医者の前ではあんなことを言ったものの、僕には耳が聞こえなくなった後でも音楽を作っていける自身はなかった。
「ユメネさん…一回でいいからコラボしてみたかったな…」
自分の曲をよく歌ってくれている歌い手さんのことを思い呟いたが、その声は僕の耳には届かなかった。
「夢岸さん、退院おめでとうございます」
『ありがとう』
私は見送ってくれた看護士さんに手話でそう告げ、病院を出た。
私が声を失ってから二年。二回のクリスマスと一回の誕生日を私は病室で過ごし、二十二歳になった。私は奇跡的に一命をとりとめ、喉の傷もなんとか治った。しかし、私は声を失った。
(家に帰ったら、引退報告かな…)
声を失い、歌うことのできなくなった私は、歌い手を辞めざるを得なかった。病院にいる間、パソコンを触ることが無かったので引退宣言はできていない。テレビもろくに見なかったため、ニュースになっているのかすら私は知らない。
なんてことを考えながらうつむいて歩いていると、人にぶつかってしまった。私より少し年下くらいの男性だった。
「すみません、大丈夫ですか?」
そう言って彼は謝ってきた。私は手話で『大丈夫です』と言おうとして、慌ててバッグから紙を取り出そうとした。
「大丈夫ですよ」
前から彼の声が聞こえてきて、私は顔を上げた。
『手話で、大丈夫です』
手話でそう話す彼に少し驚きながら、私は手話で返答した。
『そうだったんですか』
『はい。あの、一つお伺いしてもいいですか?』
『なんですか?』
『あなた、「ユメネ」さんですよね?』
そう言った彼の耳には、補聴器が付いていた。
『最近見ないと思ったら、そういうことだったんですね』
『はい。ヒトコヱさんこそ、耳が聞こえなくなっていたなんて』
僕らは、街中にある小さな喫茶店に向かい合って座っていた。
偶然僕がぶつかった女性は、まさかの「ユメネ」さんだった。ここ二年ほど動画を投稿しなかったので、何があったのかと心配していたが、まさか声を失ってしまっていたとは思いもしなかった。
それは僕も同じで、理由を言わずに引退を宣言したのでユメネさんも驚いていたようだ。
『改めまして、ヒトコヱこと聲野優です』
『ユメネこと、夢岸音璃です』
僕らの会話は手話で進む。お互いに会話に必要な手段が欠けているからだ。とは言っても、僕はニュアンスでだけだが耳が聞こえるし、言葉も話せる。医者曰く、「発声の仕方がわかっているから」だそうだ。でも、声を発することができない音璃さんのために、手話で話している。
『音楽、辞められたんですよね』
『はい。僕にはかのベートーヴェンのように耳が聞こえなくても曲を作り続けるような才能はありませんから』
『そうですか。もっとヒトコヱさんの曲聞きたかったな』
『僕が聞くのもなんですが、どの曲がお好きなんですか?』
『そうですね、やっぱり「キヲク」ですかね。私がヒトコヱさんのことを始めて知った曲でもありますし』
『ああ、あの曲ですか。僕がユメネさんを知ったのもあの曲の歌ってみたからなんですよ』
『そうだったんですね。前世の記憶を持つ少女の物語。よくあんなストーリー思いつきましたね』
『ああ、あの曲は、僕の姪の話なんですよ』
『姪っ子さん?』
『はい。僕の姪が、そういう夢を見たらしいんです。その話を基に作ったのがあの曲です』
『そうなんですか。姪っ子さんに感謝ですね』
『はい』
そう答えながら、去年の体育大会以来会っていない姪の芳香のことを思い出していた。彼女も姉も元気にしているだろうか。
私と優さんがリアルで知り合って早二週間。私たちは毎日のように連絡を取り合い、たまに喫茶店でお茶をしたりしていた。私たちは時折、会話の中でふと音楽への未練を溢すことがあった。そのたびに、私はどうしようもない喪失感に駆られるのだ。
でも、今日からは違うだろう。私は今日、とある『案』を考えてきた。もしも優さんが賛成してくれたら、私たちはもう一度、音楽と向き合うことができる。
そんなことを考えているうちに、私は待ち合わせしているいつもの喫茶店に着いた。店に入ると、いつも座っている席にはもう優さんが座っていた。
『こんにちは。急に呼び出してすみません』
『いえいえ、大丈夫ですよ』
私は席に着き、店員さんに筆談でコーヒーを注文すると、話を切り出した。
『それで、話なんですけど』
『ああ、何ですか?』
私は、優さんと出会ってから今までで一番真剣な表情でこう言った。
『私と、もう一度音楽を創りませんか?』
音璃さんの手から発せられた言葉に、僕は一瞬目を疑った。もう一度、音楽を?この二人で?
『どうやって?そんなことができるんですか?』
僕は問いかけた。音を失った僕と、声を失った音璃さん。どう考えても僕ら二人で音楽を作ることは不可能に近かった。
でも、音璃さんの返答は、僕の予想だにしていなかったものだった。
『私が音楽を作って、優さんが歌うんです』
『音璃さんが作って…僕が歌う?』
『はい。私は耳が聞こえますし、一人でではないものの、曲を作った経験もあります。そして幸いにも、優さんは声を発することができます。私たち二人が立場を逆転すれば、もう一度音楽を創ることができると思うんです』
僕はしばし考えた。確かに、音璃さんが自作の曲をアップロードしているのも知っているし、僕自身もセルフカバーをしたことがある。しかし、お互いにその分野については素人に近い。質のいいものができる保障は無いだろう。でも、互いが互いの分野について教えてやれることはできる。
『いいかも…しれませんね。一曲作るのにどれだけの時間がかかるかはわかりませんが、やってみる価値はあるかもしれません』
『本当ですか!?』
『はい。医師からも、「常日頃から言葉を発しておいた方が良い」と言われてますし。何より、僕も音楽を諦めきれてませんから』
『私も同じです』
『もう一度、僕たちの音楽を世界へ届けましょう』
『はい』
僕らは、出会って初めて、握手をした。
音璃と優が手を組んで早三ヶ月が経った八月三十一日。「ヒトコヱ/ユメコヱ公式」と名前が変わった優の動画投稿サイトのチャンネルに一本の動画が投稿された。
投稿されたのは一つの曲。曲名は『Connect Sounds』。説明欄には、「ボーカル/ヒトコヱ 作曲/ユメネ 作詞/ヒトコヱ・ユメネ」と記されている。
そしてもう一文、「何かを失ったのなら、代わりに何かを得ることができる。音と声を失った私たちが、お互いという仲間を得られたように」と説明欄に書かれている。
二人は、この曲と文が数々の人の心を救い、希望を与える事になるのをまだ知らない。




