二章・藍に溺れる
空に満天の星が煌き、それらを海が反射して輝く藍色の夜。
「さよなら」
その一言を遺し、君は自ら藍の中へ消えていった。
高校一年生になった僕は、新しい友達にも恵まれ、案外楽しく日々を過ごしている。
それでも僕は、忘れられないでいる。二年前、僕の前で自ら命を絶った彼女、藍河海鈴のことを。
「海鈴…」
僕は今、海鈴が命を絶った崖の上に来ている。あの日と同じ、藍色の中に立っている。僕は大きく深呼吸をして、一歩を踏み出す決心をした。
「もう一度、君に逢いに逝くよ」
僕は一歩踏み出す。目の前に広がるのは藍色の空と水平線だけ。
「瞬くん…?」
突如、後ろから海鈴の声が聞こえた気がした。耳を疑った。振り向こうとも思ったけど、しなかった。きっと、幻聴か何かだ。
「瞬くん!」
また声が聞こえた。でも僕は気にせずに、空へ一歩を踏み出した。しかし
「何してるの!瞬くん!」
僕は腕をつかまれ、引っ張られた。僕は引っ張った人を見ると納得した。どうりで海鈴の声がしたように思ったわけだ。
「蒼…さん?」
「そうだよ。バイト帰りになんとなく来てみたら、崖に立つ瞬くんが見えてね。まさかと思ったけど、間に合ってよかった」
僕を引っ張った人は藍河蒼、海鈴のお姉さんだった。僕も仲が良くて、海鈴に言えない悩みを聞いてもらったりしたこともある。
「どうしてあんなことを?って、決まってるわよね」
「はい…。でも、もう大丈夫です」
僕は蒼さんに止められて冷静になった。そして、自分がしようとしていたことがどれだけ馬鹿だったのかを改めて感じた。
「よかった。瞬くんが後を追うなんて、きっと海鈴も望んでないだろうし」
「そう…ですね」
数分、僕らは藍を眺めて黙り込んだ。言葉が見つからず、何を話せばいいのかわからなかった。そんな中、蒼さんが静寂を破った。
「あのさ、瞬くん」
「なんですか?」
「…海鈴が自殺した理由って…知ってる?」
「…いえ」
「美鈴はね…学校で、いじめられてたみたいなんだ」
「えっ…?」
「海鈴がね、手紙を残してたの。瞬くんには言うなって書いてあったけど、こんな状況だし、仕方ないね」
「なんで…言ってくれなかったんだよ…」
「海鈴はね、自分と付き合ってる瞬くんにもいじめが降りかからないように、自殺したらしいの」
「そんな…」
僕は人目をはばからず泣きじゃくった。今まで抑えてきた悲しみ、寂しさ、そして後悔をすべて吐き出すように泣いた。僕が落ち着くまで、蒼さんは静かに背中をさすってくれた。
「ありがとう…ございます」
「いいのよ。落ち着いたみたいでよかったわ」
「…ありがとうございます。教えてくれて」
「どういたしまして」
「僕…ちゃんと生きます。海鈴の分まで」
「そっか、ありがとう」
「いえ…」
蒼さんの方を見ると、目元に涙が浮かんでいるのが見えた。
「そろそろ、帰ろっか」
「はい」
そうして僕らは家路についた。家に帰った後、お父さんとお母さんにとても心配されたのは言うまでもない。
そして数日後、僕はまたあの崖に来ていた。今日も星が綺麗に輝いている、美しい藍色の空だ。風が少ないから、空が海にくっきりと映っている。
「ほんとは、生きてるうちに渡した方がよかったんだろうな」
そう言いながら僕は、綺麗な藍色をした杜若の花を藍の中に落とした。藍に溶け込んで、見えなくなる。
「そっちでは、幸せに」
この花の意味が届いたかな?なんて思いながら、しばらく僕は視界一面の藍色を眺めていた。




