一章・追憶の詩
こんにちは、神ヶ月雨音です。
今回は、僕が部活で書いた作品を投稿していきます。掌編集ですので、気軽に楽しめるかと思います。良ければ読んでみてください。
今度も、ここで会いましょう」
そう言って、綺麗な和服を着た女性は小指を差し出す。
「ああ、また」
そう返して、男性は差し出された小指と自分の小指を結ぶ。
そこで少女、水原芳香は目を覚ました。
「またこの夢…」
最近芳香は、同じ夢を繰り返し見ることが多い。夢だけでなく、時折身に覚えのない記憶がフラッシュバックすることもある。
「ほんとなんなんだろ…」
そうぼやきながら芳香はリビングへ降りて行った。
「いってきま~す」
ゆるい挨拶をして家を飛び出すと、徒歩五分の駅まで走っていく。
「おはよう芳香!」
「おはよー柚葉」
駅のホームで待ち合わせをしていた親友、朝倉柚葉と合流して電車に乗る。芳香と柚葉は同じ高校の一年生で、中学校からの仲である。
「あのさ、柚葉。今日もまた同じ夢見てさ~」
「また例の?最近多いね」
「うん。ホントなんなんだろ…」
柚葉は、芳香の夢のことを知っている唯一の友人だ。柚葉は芳香の話を疑いもせず、一緒になって考えてくれる、芳香にとって良い親友だ。
「まあいいや、今日って一限なんだったっけ?」
「現国だよ~」
「現国は…学校に置いてるから大丈夫!」
「柚葉は全部置いてるでしょ」
「あ、ばれた?」
なんて他愛のない会話をしているうちに、学校の最寄駅に到着した。二人は電車を降り、改札を抜け、学校へ向かう。
「では、教科書三十二ページの羅生門を開けてください」
一限目の現代文では、新しい単元の『羅生門』に入った。先生が作品の説明をしている中、こんなことを口にした。
「えー、この作品の舞台は羅生門と書かれていますが、モデルとなった場所は京都の羅城門と言われていて…」
「羅城門……?」
羅城門。そのワードが芳香の頭に引っかかった。知っていた名前ではあるが、特別何か思い入れがあるわけでもない。そう芳香が思考を巡らせていた時…
綺麗な朱色の柱
風に舞う桜の花弁
振り向いた先に見えた一本の角
数々の見知らぬ場面が次々と頭に浮かぶ。無論、そんな場面など芳香は見たことない。
(また、いつものだ…)
しかし、今回の記憶はいつもとは違った。いつもより多く、そして鮮明に頭に浮かんだ。
(私、羅城門なんか行ったことないよね…?)
芳香は自分の記憶を辿るが、羅城門には行ったこともないし、幼少期に行ったという話も聞いた覚えはなかった。
(羅城門に行ったら、この記憶についてなにかわかるのかな…?)
そんなことを考えているうちに、一限目は終わってしまった。
「いやあ、今日も疲れたわぁ~」
「そだね」
「特に一限目!ほんとにまこっちゃんの音読は眠いわぁ」
「確かに、それは思う」
帰りの電車の中、芳香と柚葉はいつものように雑談をしていた。ちなみに、まこっちゃんというのは芳香たちのクラスの現代文の先生のあだ名だ。本名は黒田誠先生。れっきとした男性だ。
そんな中、柚葉がこんなことを口にする。
「芳香、なんか元気なくない?」
「急にどうしたの?」
「元気ないように見えたから」
「そんなことないよ?」
「じゃあ、なんかあったでしょ」
「なかったって言ったら嘘になるかな」
芳香は、柚葉に今日の一限目のことを説明した。
「そういうことかぁ…じゃあやっぱり行ってみた方が良いんじゃない?」
「うん、だよね。私もそう思う。今度行ってみようかな」
「付いて行こうか?」
「ううん、いいよ。一人で行けるから」
「そっか、了解」
「ん、ありがと」
そこまで会話したところで電車は駅に着き、二人はホームを出た。
「相談乗ってくれてありがと。また明日ね」
「いいよいいよそんなの!うん、また明日!」
そう言って二人は別れた。家路を行きながら芳香は一人考える。
(なんてお母さん達に羅城門に行く理由伝えよう…?)
数日後
「それじゃ、いってきまーす!」
そう言って芳香は家を飛び出した。親には「友達と観光に行く」と言ってある。親には記憶のことを説明していないので当然だろう。
「ええと…この路線なら乗り換え三回で着くんだよね…」
改めて自分が使う電車を確認し、芳香は電車に乗った。電車に揺られること約三時間。そして電車を降りてバスに乗り、十数分行ったところで芳香はバスを降りた。意外と長い時間をかけて羅城門跡にやってきた。
「てっきり羅城門がそのまま残ってると思ったけど、そんなわけないかぁ」
芳香は羅城門跡の石碑の前に立つと、辺りを見回した。しかし特に気になるものは無い。
「うーん、何かわかると思ったんだけどなぁ」
そう芳香がつぶやいたその時。ふいに芳香の頭に見知らぬ一つの詩が浮かぶ。そして芳香はそれを無意識に口ずさんだ。
「気霽れては 風新柳の 髪を梳る」
「って、私は一体何を…」
すると、周りには誰もいないはずなのに、不意に後ろから声が聞こえてきた。
「氷消えては 波旧苔の 鬚を洗ふ」
「えっ…?」
芳香は驚いて、声のした方を振り向いた。そこには、明らかにさっきまでいなかった人が立っていた。
「いや…人間じゃ…ない…?」
その人の頭には、一本の角があった。
「何年経ってもよい句を詠むなあ。お前は」
「あな…たは…」
綺麗な和服に身を包み、一本の角を生やした男性。明らかに人間ではないのはわかる。芳香は確信した。間違いない、あの夢の男性だ。そして私は、このひとを知っている。と。
「もしかして…茨木?」
「ああ、お前にしては遅かったな。『良香』」
その瞬間、芳香の頭の奥底に眠っていた記憶が一気によみがえった。
―――そう、私は平安時代の歌人、「都良香」の生まれ変わり、水原芳香なんだ。桜の花弁が舞うあの春の日、私が詠んだ句に鬼である彼、茨木童子が下の句を返したことがきっかけで、仲良くなった。
そして私は約束したんだ。「生まれ変わったら、必ず会いに行く」って。「今度も、ここで会いましょう」って。それを彼は、茨木はずっと待っててくれたんだ。
「ごめんね、遅れちゃって」
「待ちくたびれたぞ。何年待たせたと思っているんだ」
「仕方ないでしょ、生まれ変わるのに時間かかったんだから」
「…。まあ、約束は守ったから許してやろう」
「ありがと」
一時の間芳香は、一人の女子高生ではなく、一人の歌人、都良香として茨木と会話を交えた。何十、何百年もの時を越えて、二人は久々の会話を楽しんだ。
「そろそろ、帰らなきゃかな」
いくらか話した後、芳香が切り出した。
「なぜだ?」
「なんでって、明日学校だし」
「それもそうか。次はいつ来る」
「うーん、わかんないけど、時間ができたらまた来るよ。だから…」
「?」
すると、芳香は自分の小指を差し出した。
「今度も、ここで会いましょう」
茨木は、少し驚いた顔をして、こういった。
「ああ、また」
そして、二人の小指は結ばれた。




