縛めるべき過去、歪んだ忠誠
兵士「将…本日もお疲れ様であります、皇帝がご報告に上がって欲しいと仰せつかっております…」
水髪の青年「わかりました。ありがとうございます。いつも伝達の仕事助かっております。」
兵士「恐縮でございます。そ、それと…」
水髪の青年「大丈夫、報告ぐらいなら、ね。」
二つの三日月と満月が照らされる城と城下町の秋の夜長、暖かくもない、肌冷たい風が吹き荒れ、また一つ血みどろの戦を終えた実感を与えてくれる、ここまで空気の読んでくれる天候は中々お目にかかれない。ホッと一息をつかせてくれたおかげで心置きなく皇帝の元へ参じる事ができそうだ。
彼は帝国軍の皇帝に仕える軍人でつい先程戦場から帰ったばかりである。
既に就眠時間を過ぎているため城内は見回り兵士がチラチラ目につくが賑やかの一片もない閑散状態であった、見回り兵士達に軽くお辞儀の挨拶を交わしつつ薄暗い廊下を一人でヒタヒタと歩く、奮闘した後で、体には重りをつけられたぐらいの疲労感があったため早めに報告して自分も就眠に就きたかったが、廊下でドタドタかけるのは奥まで音が響いてしまい既に就眠に付いている兵士達や将達に多大な迷惑をかけてしまうため、謹んで静寂さを保つしかなかった、気遣いとは苦しいもの、いや、今は走る余裕すらないが。
ようやく皇帝のいる私室へとたどり着いた、障子越しにまだ灯りがあったため皇帝はまだ就眠がついてないことが伺えた。
戦後の皇帝への報告は日課、日常となっているがいざ前となると緊張で戸惑いが生じてしまうのは何故だろう、恐怖でもなければ顔を合わせたくないという拒絶反応でもない、からといって持ち合わせている復讐心も違う、なんなんだろうなあ、
水髪の青年「フー……」
コンコンッ…
一呼吸ついて無理やり自分を落ち着かせたところで軽く二回障子を叩いた、
皇帝「リョウですか?」
普通であればはいと返事するところであるのに衝突に自分の名前を呼んでくる、不思議なお方だ。
リョウ「はい、私です。戦を終え、足軽含め、無事帰還致したことを報告しに参りました」
これも日常中の日常、体で覚えきってしまったぐらいで何も考えなくても自然にこなせるほど。
皇帝「入室してください、今回は…貴方に多大な無理を強いてしまいました…じっくりお聞きしたいです。」
リョウ「…申し訳ありません、本日はこの場でお願いいたします。今の容姿で皇帝の私室を汚すわけには参りません。」
いつもなら皇帝の言葉通りに入室し、皇帝が注いでくれたお茶で口を満たしつつ一息つきながら報告するところではあるが今回はそうはいかなかった、
彼は戦場では常に最前線にて刀を振るい、戦局を優勢にさせる重要ポジションを任されている。通常の足軽、つまり兵士よりも、また通常の将よりも圧倒的に実力、力があるため、最前線の戦場は士気の高さもあって優位になりやすかった。
だが、今回その最前線にて敵の別動隊の攻撃を受け、撤退戦を余儀なくされた、彼は足軽の兵士達の撤退時間を稼ぐため敵勢力の足止めと陽動を引き受けた。結果撤退が成功し、さらにリョウによって敵戦力が削れたおかげで自軍の主力が王手をかけてくれ、今回の戦も勝利を収めた。
しかし、撤退戦の最中で陽動を買って出たリョウ単独に対し敵の勢力は約数千、流石の彼も無傷で済むことはなかった、弓矢や刀傷、さらには敵の乖離血も浴び、彼の姿は血にまみれた醜い(みにくい)ものであった、幸い彼の御身は彼直属となっている精鋭が拾ってくれたおかげで味方主力と敵勢力の激突の渦中から免れたが、負った傷は短時間で完治できるものではなかった。皇帝へと赴く前に身じたくをこなせばよかったが疲労と傷にまみれた今の彼にそれを考える余裕はなかった。
誰かに頼めばいい話でもあったが極力人に頼りたくない性格柄でその選択肢はない。
皇帝「…ごめんなさい…貴方に無理をさせてしまいました…」
ゆっくり障子を開け、皇帝が彼の前に姿を表す。一瞬目を丸くし驚いた表情をしたがすぐにひっこめる。
リョウ「お気になさらず、今回の行軍の同行も私自ら志願したこと、そして敵の陽動、足止めも私の志願、故にこの負傷は私の責任であります。」
皇帝「な、ならすぐ医師に…」
リョウ「既に治療を受けました。全ての傷の完治に数週間は要すると言われました。」
皇帝「…それなら…暫く戦場に赴くのは…」
リョウ「それでは誰が最前線の指揮をとるんですか?大丈夫です。慣れてますから前衛の将は引き続き任せてください。」
皇帝「……」
ここまで流される王も珍しいものである。本来ならば王らしく出兵禁止令を出したりと従者を是が非でも保護するのに皇帝は彼の言い分に流されてばかり。
リョウ「今回の戦の件に関しては改めて報告に上がります。では…」
皇帝「あっ…はい…ゆっくり休んでください…」
少し体に限界を感じた彼は気づかれないうちにその場を後にし、自室へと戻った。
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廊下を歩き、自分の自室の扉の前に立ったリョウ、空には雲一つない晴天で輝く月光は彼の周囲を照らしていた。月は人などの隠れた裏を浮かび上がらせる鏡の役目があると聞いたことがある。優しさとは裏腹に残忍、冷酷な姿でさえも、月の前ではお見通しということ、例えお面をつけたとしても。
透視されるのは気分のいいものではないが今回はいい仕事をしてくれた、光のおかげで廊下に無言のまま此方を伺っていた彼女の存在に気づくことができたのだから。
リョウ「先に休んでおけと指示したはずだぞ、ハイラ。心配になったのか?」
茶髪の青女「も、申し訳ありません…つい…」
リョウ直属の精鋭であるハイラは顔を彼に謝罪した。
先の戦場において彼女も戦闘に参加していた。リョウの救出を仲間に指示し、彼の応急処置を担当したのも彼女である。帝国においてはリョウの右腕と名高い彼女であるがリョウが先に帰国し、休息を取れと指示され、一時は怪我のこともあるから自分も残ると進言したが大丈夫だといい、彼女を他の精鋭と共に帰国させた。リョウには戦場の後始末として負傷兵と生存兵、戦死者の確認、さらには敵兵の死傷者の回収もしなければならず、すぐに帰国することはできなかった。これもまた彼がたっての希望である。
リョウ「…ま、心配してくれたのはありがたいよ。すまんかったな、」
ハイラ「いえ…」
ここ最近はこんな会話ばかりである。いつもなら彼女は僕と対面する時はいつも曇りのない笑顔で接してくれていたはずなのに、1週間前の進軍以来、彼女は怯えるように表情を曇らせている。
リョウ「…だから言ったのさ、お前を連れて行くわけにはいかないって。」
ハイラ「え…?」
予想通りの反応してくれた、まあ、彼女の事だから恐怖していると僕から見られていることはお見通しだったはずだからそこまで驚いた表情はしなかったけど
リョウ「先週の進軍以来、いつもその調子だと言ってるんだ。」
ハイラ「あ…」
まあ、仕方ないけどな、むしろあんな光景みて恐怖しないやつの方がどうかしてるがな…全ては復讐のため…僕そのものを消したあの蛮族共を潰すために…そして、血縁を断絶するため…
…いい機会かもしれない。
リョウ「…なんなら、ハイラを今すぐ僕の部隊から解任して自由にさせるけど?」
正直、そこまで恐怖するのであれば、僕から離れた方が賢明な選択である、恐怖と隣り合わせの日常など、たかが知れてる。
それに、もう充分だ、
ハイラ「ッ…!
い、いえ…このまま…このまま私を存続させてくださいッ!!私は、貴方の下でお役に立ちたいんです…例え私自身が貴方に対して恐怖心を抱いても…お手を話すわけには…参りません…お願い…します…」
リョウ「……」
期待と予想はよく人を裏切る、まさにこれだ。
彼女は実に優しい人間である。いや、これを優しさと呼んでいいのか、ここまで自分を犠牲にしてまで尽くそうとする女性は初めてだからだ。
彼女と主従関係を結んで既に数年、数年間という長い期間彼女と行動していたにも関わらず、意外な一面が今になって発見する、酷く貴重な体験である、
普段彼の部隊員以外と会話する光景を目の当たりにした事がないせいなのか、彼女の内心について知る面はそこまで大きくないように感じたのもその時だ。
リョウ「…すまない。出すぎた事を言ってしまった…
…ハイラももう休んでくれ、夜更かしは翌日地獄見るぞ。」
ハイラ「…ありがとうございます…」
もう、それしか言えなかった、彼女の必死さに言える言葉が見つからない、恐怖を与えた張本人が、笑える話さ。
いや…すまないハイラ、もう、お前の正体を知っている…知ったかぶりをするのはこれくらいにする…
そう考えつつ、リョウは自分の自室へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気が彼の全身を覆った。部屋にはちゃんと専用の暖房器具が備わっていたがつける気にはなれなかった、今はただ休みたい、それのみだった。
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橙髪の青年「…」
黒髪の巫「盗み聞きかなー?カウ。」
橙髪の青年「ッ……!!」
城外、いつまでも月が輝くことを忘れない、風も変わらず少し冷たい肌寒さが続いていた、城外の庭の草地も、風に合わせて揺れ動き、この風に涼んでいるようであった、その庭にて、二人の影があった。
口を押さえつつ、カウはびっくりげに巫を見る。
リョウの配下の一人のカウ、同じく今回の戦に出向いてリョウの救出に携わっていた。
ハイラと同じく先に帰国を指示され、先に休んでいたものの、どうも寝付けない上に傷だらけだったリョウが心配だったため、ひょっこり起きていた、リョウが帰宅したのを目に入ったので話しかけようとしたらハイラと会話していたため、結果盗み聞きする形となってしまった、
彼らの会話内容が少し気になってしまったのも理由の一つ、
カウ「は、ハミラメ様…びっくりしたじゃないですか…幽霊でも現れたのかと…」
ハミラメ「意外に怖がりなのねーカウは…フフッ…」
カウに対しいじりがいのありそうなやつと再認識し、不吉に笑いをこぼす黒髪の女性ハミラメ、皇帝の息子の時期皇太子となる殿下の臣下であり参謀役の巫である、
カウ「そ、それよりも…あんな傷だらけでも大した事なさそうなリョウさんにびっくりですよ…あんなの…僕だって耐えられません…」
カウが怯えながらその言葉を発したが彼の傷は他人から見たら何故平然に立っていられる…?というくらいに酷いものだった、
腕や足には刀や薙刀等の刺し傷や切り傷、腹や背中には矢の跡だけでなく軽い火傷の跡も見受けられたのだ。パッと見るだけでも血痕だけでなく傷からでる膿さえもわかるぐらいだった。
一体どんな風に体を鍛えれば異常すぎるものになるのか…考えるだけでもさらに恐怖する。
ハミラメ「…まあ…ああなったのは私達の責任でもあるけどね…」
カウ「えっ!?」
ハミラメ達の責任ということは当然彼の主人である皇帝も蚊帳の中であるということ、一体何があったのかと、聞かずにはいられなかった。
ハミラメ「聞きたいって顔してるみたいだけど…ごめんなさい、総議長の計らいで私達はこの事の口外を固く禁じられている…」
総議長、皇帝の命を審議し、承認するか拒否するかを取り決める最高責任者である。その方によって皇帝らのその責任が隠蔽されてしまったことは言うまでもなかった、本来ならば公開するべき事実の隠蔽、いつの時代でもそういった行為は行われている。
今までリョウに従ってきた中で彼からそう言った話を聞かされることはなかったが…
どうしても気になっていたカウは背中に背負っていたリュックから何か袋を取り出した。
カウ「あの…ここに金平糖があるのでそれで話してくれませんか…?」
ハミラメ「え、えっ?こ、コンペイトウ…?」
お菓子を使ってどうにか聞き出そうと乗り出すカウ、少し赤面している。
カウ「あ、あの…女性は…甘いものが好きだと聞いていたので…これでその…ちょっとでもいいので……話してくれないかな…って…」
ハミラメ「え、えっと…」
まさかお菓子で話してくださいとお願いされるとは…予想外のことにハミラメは動揺を隠せなかった…本当ならばダメなものはダメときつくダメ押しするところではあるが彼の今にも泣きそうな表情がいっちゃダメ…とハミラメの心の中で呟かされている。彼は本当に15歳なのかとも言いたいがいえる状況でもない…仮に泣かしてしまったらどうすればいいのか対処法もわからない…こういった小さい子供と触れ合ったことがないからだ…いや小さくはないが。
あうあうあうあう…ど、どうしよう…と、とりあえずカマをかけて
ハミラメ「わ、私コンペイトウ苦手なんだよね…砂糖がきつすぎて私の口には合わなかったし…でも、そうしてまで聞きたい…?」
カウ「…はい…ど、どうかお願いしますッ!!せめて、その…リョウさんの役に…立ちたいんです…」
詳しいことは聞いてなかったけど確かカウはリョウに拾われたんだっけ…
あいつのことだから彼に何か吹きかけたせいかな、忠誠…それとも恩…かな、何にしてもここまでしようとする子は中々いない、こんな子もいるのね…少し意外だった、
総議長の指示とはいえ……
ハミラメ「…少しだけでよかったら…」
少しばかり彼を応援したくなったのか、彼女は羽目を外してくれた、こういう子を見ると密かに応援したくなってしまうのは何故だろう…
カウ「ほ、本当ですかッ!?」
ハミラメ「一回しか言わないからよく聞いて。」
そういい、ハミラメは重い口を開いた、実際誰にでも軽々に話せる事ではない、
ハミラメ「リョウは、冤罪にかけられて5年もの間戦場で戦い抜いたことがあるの。」
カウ「冤罪…?」
冤罪、無実の人が汚名をかけられることである、罪人ならまだしも冤罪…かけられた側からしてみれば自分の人生を潰されたに等しい、違う違うと否認してもそれを信じることはできない。恐ろしいものである。
ハミラメ「先代皇帝が何者かに暗殺されたのを、リョウが容疑者として捕らえられたの、偽造された証拠品によって…ね。それでリョウは奴隷として強制に戦場に駆り出された。負傷してもろくな治療を施すことはなかった、だからリョウはあれだけ負傷しても慣れてるのよ…」
カウ「そ、そんな…」
最初は単に彼が強いからと考えていたが予想と全く違い、むしろ悲しいことだった、望んでもいないことが起こり、それが原因で無理やり戦いの、血の流れる場に戦わされていたというのか…
それを5年間…死ななかったのが不思議なぐらいである…
ハミラメ「ごめんなさい…これ以上は…」
また、ハミラメは口を閉ざした、本当は全てを公開しなければならないが…上が決めたことに逆らうわけにはいかなかった、それに…
カウ「…ありがとうございました…口外厳禁でありましたのに…話してくださいまして…」
役に立とうとした
そういい、軽くお辞儀してカウは城内に入ろうとする。
ハミラメ「あっ、待って!」
ハミラメは急ぎカウを呼び止めた、手元には先程のコンペイトウの入った袋を差し出して、それをそっとカウの左手に握りしめた。
ハミラメ「コンペイトウ、やっぱり一つもらうね、ありがとう。」
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長い廊下を音がしないぐらい静かに歩くカウ、先程巫ハミラメから聞いたリョウの過去についてがいつまでも頭から離れてくれなかった、
冤罪、どこの国でも起こりうる事態、例え自分はやっていないと主張してもその言葉に耳をかす者はいない、いや、仮にいたとしてもそれを表沙汰で言える者はいないと、その冤罪の矛先の事について考えるだけでも恐怖する、因果応報、この言葉に限る、
でも、どうしても気になる…もし、リョウが影で泣いていたら…せめて…
そう考えつつ、無意識に歩行するカウ、だが先にいた人物に気づくほどではなかった、また、月の光が彼女の存在を気づかせた、呆然と立ちすくみ、カウが此方を通りかかるのを待ち構えていた体勢だった、
カウ「は、ハイラさんッ!?」
ハイラ「こんな時間に出歩くのは危ないよ。」
先程リョウと話していた時には出さなかった笑みが月の光によって輝かしく見えていた。
ハイラ「さっき、ハミラメ様から聞いてたの見かけたから。」
カウ「う……すみません…」
カウとハミラメの会話を盗み聞いたハイラはすぐさま先回りしてカウを待ち構えていたようだった、彼女にとってはどうしても見逃せない一件だったのだ、この件だけはどうしても。自分の過去にも関わる事だったから…
動揺したカウだったが沈黙をすぐに破り、ハイラに問いを発した。
カウ「ハイラさん…もし、ご存知ならば、教えてくれませんか?」
ハイラ「…やっぱり…気になる?」
カウ「…はい。」
ハイラにはあまり話のしたくない様子だった、それだけでも彼女はリョウの過去について存じているということがわかった。
カウ「本当は…こんな事聞くものではないのはわかってますが…知りたいんです。リョウさんの過去もそうですが、ハイラさんがどうしてそこまでリョウさんに従うのかも…一体何があったのか…
できるのであれば…力にもなりたくて…」
単なる正義感なのか…役に立ちたいという良心なのか、本当ならば聞かないでとかこういった事の干渉は慎んだ方がいいというところだったが、彼女は何故か話す気になれた。カウのかつての環境を理解しているからだったのか、それともカウなら理解者になれると思ったからなのか。
ハイラ「…わかった。」
そう、下を向いたまま了承の言葉を放った。
話すまでの間が少しあったが、少しうなづくと、静かに口を開いた。
ハイラ「昔、私はリョウを殺した事があるの、」
カウ「えッ…?」
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あの冤罪の件は聞いたよね、その冤罪によってリョウは長年帝国と対立していた国との戦場に駆り出されたのよ。ざっと約5年間も、5年間の戦場で生き残るほどの猛者なのよ。リョウは。
っと、話それた…戻すね、
私達はリョウに戦場に勝利を収めれば罪を白紙にすると告げていたの。私達族の掟に従ってね。でも、実際は戦場にてリョウを戦死させる事が真の目論見だったのよ。最初から私達はリョウを生かせるつもりなんて微塵もカケラもなかった。冤罪とも知らずに彼は完全な罪人扱い、余分な食事もさせなかったし、怪我の治療もしなかった、だからリョウは今でも、あんな怪我をしても平気なのよ、慣れてしまってるから…
それでも死ななかったのは彼が不死身となっていたと気付いたのは私がこうしてリョウの従者となってから。かな…
カウ「リョウさんが…」
ハイラ「当時私はリョウの事をいじめ尽くしたぐらい、冷酷だった、悪魔なのよ、私は。」
カウ「……」
けど、その目論見が見事潰えた、リョウは本当に勝利を収めたのよ。予想を超えるほどの力量があった、私もびっくりした、あのひ弱なリョウがって、見下してもいたから。
だけど、さっきも言った通り、私達はリョウを生かせるつもりは微塵もなかった。その約束事も、所詮形だけのものだったから、気にすることもなかった。
だから処分した、リョウを岬に連れて言って、私がこのピストルで…
カウ「…ッ!?」
撃たれたリョウは泣いたまま、岬から海に落ちた。それが…私が初めて人殺しをした時でもあった、でも、人を殺したら普通は恐怖や動揺とか、そう言ったのに襲われるはずなのに、私はそんなことはなくて、むしろ…やったって…なんて言ったらいいのかな…達成、かな…喜び、かな、うん…
カウ「……」
ハイラ「私、悪魔でしょ…今思い返すだけでも…自分を殺したくなるぐらい…」
カウ「で、でも…今のハイラさん!凄く優しいですよ!だって…」
ハイラ「…ありがとう、でもいいの…慰めはいいから、今はただ私の話を聞いてて…」
それから一月経ったある日、帝国から声明があった、それが族が狂い、またリョウの冤罪が発覚したきっかけになった。
リョウの罪状はここの帝国の先代皇帝を殺害したことだと言うことはハミラメ様から聞いてたよね、リョウが戦った敗戦国から先代皇帝の遺留品が見つかった、帝国がすぐさま敗戦国側に問いただしたらすぐに白状してくれた。皇帝は我々が暗殺したってね…5年という長い月日が経ってからの発覚…
カウ「それが…リョウさんに従う理由…ですか、償いのために…」
ハイラは黙って頷く。
本来ならば里全員が償いの意を示すはずだった、でも、父はそうしようとはしなかった。それどころか…
ハイラ「隠蔽って…どういうことッ!?」
父「リョウが冤罪だった、その事実を隠すと言っている。この事が里全体に知られたらどうなるか、それがわからないほどお前はもう幼くはないだろう。」
私はそれで父と喧嘩になり、家出した。
カウ「父親が…そんなこと…」
ハイラ「私は許せなかった…あの時の父は、只々自分の罪から逃避しているようにしか見えなかったから。
でも、その時はそうは考えなかった、私はもう、自分に対する憎しみと殺したいと言う気持ちで…ね…」
泣きながら私は森の中を走り抜けた、自分が許せなかった、リョウを信じなかった自分が憎かった…約束通りに生かせるべきだった…どうして私はリョウの言葉に耳を傾けなかったんだろうって…ずっと考えてた、後悔しても遅い、償おうとしても、遅い…何もかも…手遅れ…
全部…私のせいだ…
私は…リョウが亡くなったところと同じ岬で身を投げることにした…償うべき相手がいないんじゃ、どうやっても償いようがなかったから…何より自分が許せなかったから…
死に対する恐怖もなかった…友達も、親友も、婚約者の事も考えることはなかった、あったのは罪悪感と自分自身に対する憎悪それだけ、
私は体に身を任せた、何もしなくても、何も考えなくても体が勝手に岬へ歩いてくれるから、岬から海に身を投げた。不思議にも息苦しさは全く感じなかった、まるで人形にでもなったみたいに、これで死ねるんだって思うと…もう、何もかもどうでもよかった…私はそしてそのまま…
カウ「えっ!?ハイラさんそのまま亡くなって…!」
ハイラ「いや…私今ここにいるでしょう…」
カウ「あっ…そうでした…」
ドジっ子め…でも彼のそういうところは何故か和む、お陰で少し気持ちが晴れた気がする。正直、今凄く、泣きそうになってる。
カウ「じゃあ、ハイラさんはどうやって…」
ハイラ「話はむしろここから始まるのよ。」
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気が付いたら私は病室のベッドで寝かされていた。頭が痛い、視界がぼやけて見えない、妙に息苦しい、それが治るまで私は動く事が出来なかった、あの世は痛みも何も感じないと聞かされていたから動揺した、
動けるようになって私はベッドから立ち上がろうとしたら病棟の女将さんらしき人が来てくれた。
女将「嬢ちゃんッ!!いきなり動いたらダメだって。今は安静にしてなさい。」
それが目覚めてから最初の会話になった。最初はここをあの世であると思っていたから特に何も返答もしないで素直に指示に従ってベッドの布団をかけた、それを見た女将さんは私に
「お腹空いてないかい?今丁度給食の時間なんだ。よかったら食べないかい?」
って優しげに私に聞いてきた、あの時の女将さんの笑顔、なんでだろうね、記憶に残ってるの、
断ろうと思ったけどその時凄くお腹空いていたから…
痛みとぼやき、そして息苦しさがなくなってから、食事をとった、
病室内は一人用のもので本やよくわからない線がベッドに繋がっていた、窓の外は既に日差しいっぱい、昼頃…かな、私の体にも色々ついていて繋がった先には妙な数値とグラフのようなものが出たりなくなったり、よくわからなかった。
食事をとった後、私は付き添ってくれていた女将さんに話した
ハイラ「あの…ありがとうございました…見ず知らずの私にここまでしてくれて…」
女将「あー!いいのいいの!嬢ちゃんが元気になってくれたんなら何よりよ何より!やっぱり女でも適度な食事を取らないと綺麗になれないしねぇ〜」
…変な人…女の清潔だなんて、考えた事ないのに。
女将「で…あんたに聞きたかったんだ。あんた一体何があったんだい?そこの海岸であんたが倒れていたのをうちの息子供が見つけてびっくらこいだわ。」
いきなり真面目になったのにはちょっと驚いた、でも、その言葉で全部わかった。私…死にそこねたんだって、死なせてくれなかったんだって…すぐにわかった…ここは死んだ後の世界じゃない、私は生きながらえたって…理解したくなかった
どうして、死なせてくれなかったのよ…泣きそうになったけど耐えた、女将さんに見られたくなかったから、
私は女将さんに何も答えずにそのまま無言でいた、なんて言えばいいかわからなかったから。
でも、女将さんはそんな私を察してくれたのか
女将「一体何があったか、話してはくれないかい?」
って聞いてきた、
でも、話したくはなかった、償いのために自分から死のうとしたなんて、他人に言える事じゃないし、言ったらなんて思われるかわからなかったし怖かった、無言を貫くしかなかった、
女将「そうかい…話したくないなら、無理して話さなくて大丈夫だ。聞こうとしてすまなかったね…」
良心的だった、何も話そうとしない私に、ここまで気遣いをしてくれるのは、帰って申し訳がなかった、自分を助けてくれて、さらには食事を与えてくれた人に対しての態度はこれではいいものではないのに…
カウ「優しい女将さんですね…ちょっと憧れました。」
ハイラ「只々優しいだけじゃなかったから…あの人は…あの人がいてくれたからこそ、私は今こうしてリョウに尽くせると言ってもいいぐらい…」
カウ「それで…リョウさんはどこで…?」
リョウの生存、それは女将さんの何気ない一言が教えてくれたの
女将「最近こうして海岸に流れ着く事例が増えてきてね…うちのところでは君で二人目だけど誰も何があったか話してくれないから原因がわからずじまいなのさ、でも君も、やっぱり…」
二人…二人…目?
ハイラ「あ…あの…!!」
その時まさか…って私の期待が口を開かせた…
女将「ど、どうした?」
ハイラ「そ、その…私で二人目って今言いましたよね…?その一人目って…」
無我夢中だった、聞かなきゃ、聞かなきゃって私は必死になってた
女将「もしかして君にお連れさんとかいたかね。
その子は腹部に銃弾があってね…外の傷は既に塞がっていたから海水が身体に取り込む事はなく、治療で一命を取り留めたけど、ずっと終始無言で…食事以外はずっとベッドで寝たきりなのよ…」
ハイラ「そ、その子の名前…聞きました…?」
女将「ああ、そうだったね、肝心の名前だけ彼は答えてくれたよ。
リョウ・フラトロス、と言っていたよ。」
ハイラ「そ、その人に会わせてくださいッ!!今すぐ…!」
女将「お、落ち着いて!嬢ちゃん、あんたの知り合いらしいけど今対面するのはよした方がいい、今あの子は他者を寄せ付けないぐらいに攻撃的になってるんだ…今は食事とらせて落ち着いたらしく寝ているけど、迂闊に近づいたら怪我するよ…私には、名前を聞くだけでもていいっぱいだったんだから…」
ハイラ「あ…」
それを聞かされて私はすぐに正気に戻った、そうだった…あの子は心身ともに…
彼にとって私は一番殺したい相手、顔をみられたら怪我だけじゃ済まない、間違いなく殺される…
でも…
ハイラ「私は大丈夫です…大丈夫なので…会わせてください…」
私の身なんてどうでもよかった、殺されても構わない、私は償いをしたい…悪魔な自分が死ねるんだったらそれでよかった…リョウの気が少しは晴れるのであればそれもよかった…今度こそ私はあの世に行くべき、
でも、女将さんはそんな私がお見通しだったみたい…女将さんは私に
女将「あんた、まさか死ぬつもりとかじゃないよね?」
ハイラ「え…」
って言ってきたのよ、びっくりした…表情だけでわかってしまうものなのね…
ハイラ「…」
また私は何も答えなかった、見透かされたのもそうだけど、はい、死にに行きますなんて…それだって言えない。
女将「やっぱりそうなんだね。なら、尚更会わせるわけにはいかんよ。どうしても会いたいなら、何故そうしたいのか私に話してくれたらね。」
強引…なんで好きにさせてくれないの、生き死にになんで他人から縛られなきゃならないの、こう言うの好きじゃない。
…けど、考えたら私の末路を誰かに見とってもらえたら、私の悔いはなくなるかな…さっきもかたく口を閉じたけど…やっぱり…言うべき…かな…
ハイラ「…私は…詳しくは言えませんが…彼に償いきれないほどの罪を犯しました、彼が攻撃的であるのは、そのためなんです…彼自身、私に対して殺したいほど強く憎んでるはずなんです…だから私は…」
女将「…」
女将さんは難しい顔をした、償いのために死のうとしてる、なんて聞いたら当然だけど…でも、気持ちが少し楽になった、心のもやもや、少し晴れた気分、かな
女将「事情はわかったよ。だけどね嬢ちゃん、
死んで罪を償おうなんて罪から逃げようとしているのと同じよ。そして自分を殺そうとする行為はさらに罪を増やそうとしているだけや!」
ハイラ「ッ…」
私はそう言われて物凄く腹が立った、私のやることに口を挟んできたことが一番。でも私もわからない、そのことは何故かいわなかったの、
感情に流されやすかった私は無我夢中で
ハイラ「じゃあ、何をすればいいんですかッ!!!私は数年以上も彼を踏みにじって来た悪魔なのよッ!!!大罪人なのよッ!!!償いしてもしきりれない…償おうとしたところで…私は殺されるだけ…なら………死ぬ………しか………」
溜め込んでいたもの全部出し切った、泣いた、物凄く泣いた、でも泣いた一番の理由は、私のやることに、女将さんが共感して欲しかったから…私は共感されたかったんだって、泣いてようやく気付いた。遅すぎる気付きだった。
女将さんは泣いてる私にそっと抱きしめてくれた、抱きしめられたのは、私の母さんがまだ病にかかってなかった時代以来だったな…温もり、守られている安心感、母さんのと同じ、その感じを女将さんに抱かれた時にも感じた、懐かしかった………懐かしかった………
その懐かしさが明るかった昔の私の家族の光景を思い出してくれた、父さん、母さん、リョウ…ううん、お兄ちゃん、私、そして弟…私達5人で桜の下で花見をした…リョウを嫌っていたあまりに思い出すことのなかった家族一番の思い出…
家族でお弁当食べて、3人で追いかけっこして、みんなで楽しいお話をして…みんなで一緒に草原で寝て………
…そっか…私が本当にやりたいことは……
ハイラ「私…昔を思い出しました、家族との楽しかった思い出を…リョウの…お兄ちゃんを嫌うあまりに思い出すことのなかった思い出を…」
気持ちが軽い…不思議…
女将「落ち着いたみたいだね…そうかい…二人は兄妹なんだね。」
ハイラ「はい…お互い兄妹なんて呼ぶことはもうないですがね…」
女将「…それで、どうかね…?」
ハイラ「女将さん、改めてお願いがあります…私を…兄の世話役として雇ってくれませんか?」
女将「お、そう来たか、それは予想外だったよ!」
女将さんが笑ってくれた、口調が優しげ…さっきまでの厳しかった人とは思えないぐらい
ハイラ「私は兄の世話役として、今まで私が犯した以上の…償いをして…また…思い出の花見がしたいなって…その……変ですよね…私の火種が原因なのに…」
女将「あははっ!!さっき私にあたったやつがまたそわそわするんじゃないよっ!!
その気持ち、大事にしな。あんたはまだ取り返せるよ。償いたいって気持ちがあるんだから。」
ハイラ「…女将さん…」
その言葉が今でも私の原動力になってる。この言葉のお陰で私は今でもリョウの側に…
女将「嬢ちゃん、名前、教えてもらっていいかい?」
ハイラ「私は、イーリス・フラトロスといいます。」
これが初めての自己紹介
女将「嬢ちゃん、ご家族は?」
ハイラ「家出したので…」
女将「歳は聞いていいかい?」
ハイラ「15です。」
女将「うーむ…」
ハイラ「…?」
一体何を考えているのか、その時の私はわからなかった、でも女将さんが言ってくれた提案で理解した。
女将「もし…希望するなら、これを受けてみるかい?本当は隠すことなんて良くないが…彼があんな状態じゃ…ね…」
ハイラ「…教えてください。」
私はこの女将さんの提案を受け入れたの。私がこの小さな病院で働く
結果、これが、私が全てを捨てるきっかけになった…
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ーーーーーーー
ハイラ「失礼します…」
震えながらリョウの病室に入ったハイラ、給食を手に持っているため、恐怖しながら落ち着いて慎重に運ぶのは至難の技だった、部屋は日光で明るく、窓が開いており、暖かい風がカーテンを揺らしていた。目の前には病室のベッド、そこにリョウが此方を伺っていた、攻撃的になっていると聞いていたが今のところ何かしてくる様子はなかった。
ハイラ「………」
ハイラはゆっくりベッドに向かい、かけてあった机の上に給食を置いた。ホカホカの暖かい食卓で部屋中にお腹をそそられる臭いが立ち込める。リョウはそれを見て、睨んでいた表情を解き、ハイラに向かって軽く頭を下げた。お辞儀する彼の表情は笑顔のかけらもない真顔だったがそこに彼女に対する敵意は感じなかった、
上手くいったと喜ぶ反面、またさらなる罪悪感が生まれた、こんな形で約束だけでなく姿まで彼を欺く、自分で選択したことではあるがやはり抵抗がある…
いや…今更後悔しても仕方ない…そのために…前の私は…前の自分を捨てた…!
ハイラ「あ…あのっ!
私、今日から貴方のお世話係として働く事になりました!ハイラ・ロニーって言います…その…
よ、よろしくお願いしますっ!!」
カウ「それが…始まり…」
ハイラ「そう、私は前の自分、イーリス・フラトロスを捨ててハイラ・ロニーになった、顔も髪型も服装もろとも全部変えて…ね、この胸の大きさだってリョウに魅力されるがために用意したから、こういうの男は弱いし。」
カウ「あ…え…あーっ、な、なるほど…」
赤面しながらカウは恥ずかしげに納得した。
ハイラは兄と弟に挟まれた長女、家族一のしっかり者でもあり男の扱い方が人一倍熟知している、実はリョウの右腕をやってる反面帝国軍の足軽の尻を叩いているのだそうな、例え同性の女性でも容赦しない。最近軍内で可愛さの仮面をかけた鬼嫁と二つ名が生まれたぐらいのもの、文字通り厳しすぎるらしい。
外はいつのまにか雲で覆われてきた、輝いていた月がまもなく雲によって遮られそうになっている、吹いていた風も先程より勢いが弱まり雲の速度が遅く、一度月が隠れたら暫く地上に光が包まれることはないだろう。
カウ「…ごめんなさい…そんな事情があるなんて…軽はずみに聞くことではありませんでした…」
カウが出すぎた行動にハイラに謝罪する、役に立ちたい一心だったがこのことは決して時間をかけても解決できることでもない上、フラトロス家の問題、他者が関わっていいことではない。
ハイラ「気にしないで、むしろお礼を言わせて…聞いてくれてありがとね、」
自分にしか知らなかった真実、今まで数年、彼の傍にいてからこの事を軽々に話せる人はいなかった。しかしカウからの志願により初めてかけられていた鍵を解いた、誰かが心情を知ってくれている。知ると知らないだけでも心情面で比べるまでもないくらい相違していた、今彼女の気持ちは重みをようやく捨て去ることのできたくらい軽く、負の感情もカケラもなかった。
ハイラ「じゃあ、私はもう休むね、おやすみ。」
そう言い、カウに背を向け、廊下を歩き始める。
カウ「あ、あのっ!!」
必死の言葉がハイラを呼び止める。
カウ「また…家族と花見ができるといいですね…!!」
ハイラ「ッ……!」
その瞬間、隠れかけていた月が完全に雲に覆われ、月の光がなくなり、辺りは暗闇に満ちた、風も同時に止まってしまう。
ハイラ「…ありがとう。」
心にもない感謝の言葉を背中を向けつつカウに放った。
ハイラは止めていた足を再度動かし、廊下を歩き始める。今の彼女の表情は…
15歳にリョウの冤罪に気付いた時と同じ、絶望した表情だった
ハイラ(カウ…ごめんね…もう、一生家族と花見はできない…だって、7日前に焼き討ちした場所は…リョウが殺めた相手は…
私と…リョウの…故郷…私達の父親……だから………)




