2 ときめきを忘れて
美波梓、29歳。彼氏いない歴3年ちょっと。そろそろ職場では嫁き遅れ組に入り始めた。
プライベートでも、友達がどんどん結婚していく。
結婚式に振袖を着て行かなくなったのは、いつからだったろう。
「誰かいい人いないの?」なんて聞いてくる子もいたけど、あたしの返事はいつも「だって、ときめかないんだもの」だった。
かっこつけた言い訳に聞こえるかもしれないけれど、紛れもなくあたしの本音だ。
どんないい男を見ても、飲み会で話が合っても、それだけ。
一緒にいたいとか、付き合いたいとか、ちっとも思わない。
そもそもあたしは、人付き合いが苦手だ。
人数合わせで合コンとかにも誘われるけど、正直困る。
適当に相づち打ってその場を凌ぐことはできるけど、次に繋がるような何かがあるわけじゃない。
第一、相手に話を合わせるのは、とても疲れるから、次なんかない方がいい。
実は、職場では隠しているけど、あたしは、世間でオタクと言われるタイプの人間だ。
「仮面ライダー」や「ウルトラマン」、「スーパー戦隊」シリーズや、各種ロボットアニメの洗礼を受けた世代で、幼稚園では男の子に混じってウルトラマンごっこに興じた。
あたしの誕生日が5月5日だってことも影響しているかもしれない。
牛乳瓶の紙蓋を2枚重ねて、上を青に、下を赤に塗って胸に貼って遊んだものだった。
母のコンパクトを借りてテクマクマヤコンもしたけど、どちらかというと少女漫画よりも少年漫画を読んでいたように思う。
父が週刊少年マンガ誌を買っていたことや、年上の従兄からマンガを借りてたりしたことも原因だろう。
男の子と遊ばなくなったのは小学4年くらい、やたらとスカートめくりをされるようになった頃からだ。
今にして思えば、子供の可愛い愛情表現なんだろうけど、当時、少しばかりマセていたあたしは、男子にパンツを見られることがものすごく嫌だったのだ。
自然と男子から距離を置くようになり、スカートを履かなくなり、でも、今更女の子の輪にも溶け込みきれず、あたしは微妙な存在になった。
そうして、あたしは本とマンガと特撮とアニメにのめり込んでいった。
大きくなるにつれて、自分の趣味が異端だということは理解できたから、そういうのは隠すようにしてきた。
極一部の、同好の士とだけ深く付き合うけれど、後は互いにあまり踏み込まないという友人関係を築いて。
それは、彼氏に関しても言える。
深いところまで話をしなければ、ガンダムの話でも普通にできる女なんて、結構貴重がられるから、便利だ。
本気で話をしたら、彼氏より詳しいので、適当なところでお茶を濁さなきゃいけないけれど。
今まで何人か付き合ってきたけれど、オタクだったのは、義幸が初めてだった。
友達に付き合って出掛けたイベントで偶然知り合って、何度か偶然に出くわしているうちに親しくなって。
彼の告白から始まった付き合いだった。
いつでも本気でディープな話ができる相手。
お互いに遠慮せずにいられる、とても楽な関係。
いつしかあたしは、彼との結婚を意識するようになった。
でも、裏切られた。
遠距離恋愛は3人目で、前の2人も浮気で終わった。
とんでもないことに、2人目のあいつなんか、浮気相手とできちゃった結婚しやがった。
どっちの元カレも、「だってすぐ傍にいないと寂しいじゃんか」とか言ってたけど、寂しいのはあたしも同じだってぇの!
一緒にいて、凄く楽で、楽しくて、きっとこの人となら幸せになれるって思ったのに。
心の傷は、いつ癒えるのかわからないくらいどころか、癒えるかどうかもわからないくらい深かった。
もう、恋なんかしなくていい。結婚なんてしなくても、あたしの稼ぎで自分1人くらい養える。
あたしが閉じこもっていた固い殻に、思いがけない楔を打ち込まれたのは、その年の秋のことだった。