1 幕引きは突然に
この物語は、フィクションです。
実在の人物・組織・事件とは関係ありません。ないったらないんです。
それは、あたしの26歳の誕生日の5日前のこと。
当時、あたしには、2年付き合ってた恋人がいた。
彼、西野義幸とは遠距離恋愛で、会うのは大抵東京だった。
あたしが住んでるのが新潟で、彼が宇都宮だったから、東京で会う方が交通の便が良かったし、遊ぶところも多かったから。
遊園地でデートして、二人でお泊まりして、朝別れて帰宅して。
その夜。
いつものように夜中に電話してたはずなのに、いつもとは違った。
彼から、別れを切り出されたから。
「ごめん、梓。気になる人ができた。
約束どおり、お前には誠実でいたいから、別れよう」
あたしは、耳を疑った。
だって、そうでしょ。今朝まで一緒にいたんだよ? どうしてそれで、気になる人ができるのよ。
「どういう、こと? 今朝、普通にお別れしたよね。それで、なんで?」
「あの後、ちょっと知り合った人がいて。
多分、俺、彼女のこと好きだと思う。
だから…」
「多分って…。
今日知り合った人に負けちゃうわけ、あたしは!?」
「ごめん。彼女とはどうなるかわからない。だけど、梓と付き合ったまま、彼女にアプローチするわけにはいかないだろ。
それって、梓に失礼じゃん」
そりゃ、失礼でしょうよ。でも、こんなふざけた理由でふられるってのも、相当に失礼だと思うんだけど!
「ねえ、よく考えてよ。
その彼女と、うまくいくとは限らないわけでしょ。
あたしとは、もう2年、付き合ってるのよ?
そのあたしよりも、うまくいくかわからないその女がいいっていうの?」
「ごめん、梓。でも、俺は彼女と付き合いたいと思ってる」
「…わかった。そんな浮気者、こっちから願い下げよ。
別れてあげる。じゃあね」
電話を切って、あたしは…何もできなかった。
泣くことも、怒ることも。
2年付き合ったのよ。はっきり言ったことはなかったけど、結婚だって考えてた!
義幸とは同人関係で知り合って、何度か偶然出会っているうちに付き合うことになった。
一緒になって、「今年の戦隊は…」なんて話を大真面目にして。
趣味が合うって、なんて居心地がいいんだろうって思ってた。
隠す必要もない。取り繕う必要もない、一緒になって騒げるなんて、とても幸せなことだ。
今にしてみると馬鹿馬鹿しいけど、あたしは運命を感じてた。
あたしが行くはずなかったイベントに、急に誘われて行ってみたら、隣のブースに彼がいたり。
あは。笑っちゃうよ。何が運命よ。あたしが自惚れて勝手に盛り上がってただけじゃない。
気になる人ができた。告白したいから別れてくれ。
こんなバカみたいな別れ話、ほんとにあるんだ。
あたしは、少し早い誕生日プレゼントとして彼から貰ったイヤリングを手に取った。
さっき包装を開けたばかりの、トンボが揺れる銀のイヤリング。
あたしはタンポポの綿毛がいいって言ったのに、義幸が「こっちのが似合うよ」ってトンボに…。
あたしは、箱ごとゴミ箱に捨てた。
こんな思い出の品ってないよ。
見るたびに今日のこと思い出して、着けられないじゃない。
トンボでよかった。今度、タンポポ買ってこよう。
あたしは、タンポポがいいんだ。
涙が、こぼれた。