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今日もジェシィたちが<ジャンク>に群がっている。ジェシィが、携帯端末のスクリーンに映し出された自分のジャンクを面白おかしく読み上げると、それを取り巻く皆が大口を開けて笑う。ワクシィはそれを見て顔を顰めた。
ジャンクというのは、<サーチ>と呼ばれる自動執筆ロボットが、人間の脳から溢れ出たくず記憶を掬い取ってランダムに並べ、小説の形に整えたものだ。
こういう、脳が必要ないと判断した記憶というのは、毒にも薬にもならない情報だったり、意識に昇るまでもない取り留めのない夢想だったりする。
このジャンク・テキストは爆発的にヒットし、世界中の物語に枯渇していた人々を満足させた。これに伴い相次いで著名人のジャンクも発売され、人々は彼らの思いがけない一面を知って狂喜乱舞した。
ワクシィは、騒ぎ立てるジェシィたちを冷ややかに見ながら、次の授業の準備を始めた。ワクシィはジャンクをつけていない。
ワクシィが専ら読むのは、ここ30年よりも以前に書かれた小説だ。皆は、そんな使い古された、手垢のついた物語を読んでいてもつまらないだろうとジャンクを薦めてくるが、ワクシィはいつも断っていた。
この30年のうちに、世界は変わってしまったと大人たちは言う。クリエイターたちは、日々高まる革新的な物語への需要に追い付くことができず、しばらくの間は過去の産物をなぞったもので誤魔化す他なかった。だがそれもじきに飽きられ、八方ふさがりになっていた所へ、ジャンクが登場したのだという。
ワクシィのように、古書と呼ばれる類の物語を好んで読む人はとても少ない。世間の人たちは皆そんなものに興味などなく、貪るようにジャンクを読み耽っている。それがワクシィにはやっぱりちょっと、寂しく感じられるのだった。
ワクシィはその日の授業を終えると、借りていた本を返すために公共図書館へと向かった。あらゆる出版物が電子化され、小説はジャンクとして書かれたものが一般的になった今、こうして生身の本を置いているところは減少傾向にある。
ワクシィが自動ドアから中に入ると、顔なじみの司書のお姉さんが、本棚から取り出した本をダンボール箱にいっぱい詰め込んでいるのが目に留まった。見渡せば、本を片付けているのはそのお姉さんだけではなかった。
「何をしているんですか」
ワクシィが不思議に思って訪ねると、お姉さんはこう言った。
「あら、ワクシィ。実はね、閉鎖することになっちゃったの、この図書館」
理由は訊かずともわかっていた。ワクシィはがっかりしてしまって、肩を落としてため息をついた。もうここに通えないとしたら、一体どこで本を探せばいいというのだろうか。
「どうせ無くなっちゃうんなら、この本僕におくれよ」
ワクシィはそう言ったけれど、お姉さんは、これは町の人たち皆のものなのだから、あげることはできない、といって首を振った。
ワクシィはお姉さんに別れを告げて図書館を出た。
外の日差しが急に眩しく感じられた。
ジャンクのセールスポイントは、『自分を見つめ直す』という所にある。一見すれば支離滅裂な文章にすぎなくても、つけていた本人が読めば、脳の片隅に押しやってすっかり忘れていた記憶が次々に蘇ってくるわけだから、一種の感動に似たものを覚えるのである。
ワクシィは、そんなことを続けていけば皆次第に自分の内に閉じこもってしまうようになるのではないかと考えている。今ワクシィが自室のソファに寝転がって観ているテレビ映画も、スペンシィだとかいう有名な映画監督が自らのジャンクを基に製作したものだった。
ジャンク・ムービーには、明確なストーリーはあまり存在しない。テレビ画面では、スペンシィ監督自身が暗い部屋で長い椅子に腰かけ何やら喋っていた。と、唐突に若者の騒ぎ声が聞こえる。久々に再会した旧知の友人同士なのか、人目も気にせず肩を叩きあって思い出話に耽っている。
スペンシィ監督はそれを見て顔をくしゃくしゃに顰めた。そして、今時の馬鹿な若者たちに対する呪詛を綴りはじめる……。
ワクシィには、こんなものを観ていて何が楽しいのかさっぱりわからなかった。気分が悪くなってきたので、下の階に住むヘンリィおじさんのところへ行くことにした。
ヘンリィおじさんは、昔児童向けの小説を書いていた人で、今は配管工をしている。
おじさんの部屋のドアを開けると、絵の具の臭いがぷん、と鼻をついた。おじさんはいつものように、どす黒いベレー帽の縁からもじゃもじゃの髪の毛をはみ出させている。
「どうしたワク。なぜ浮かない顔をしている」おじさんはカンバスの前で筆を握り、絵を描いていた。
図書館が潰れちゃったんだよ、とワクシィは言った。おじさんはふんと鼻を鳴らした。
「ワク、ジャンクなんてものはな、あれは毒だ。しかも、ただの毒じゃない。一生体の中に残って膿み続けるたちの悪い下衆だ」
おじさんはジャンクのせいで作家を廃業になったものだから、疎ましく思っているのだ。
「ワク、ジャンクが飽きられたら、次に何が流行ると思う?」
おじさんが真剣な顔でそう訊いてきた。




