第一章 ジパングへの旅
ジパングに行くには、今いるメサイア大陸の東から、船で十日程東南東の方向に進むといいらしい。ジパングに行くということは、俺達があの人を、神のような存在を、倒すということらしい。そのことがいまいち理解できていないのだけれども、でも、野放しにはできない。考えるよりも納得できることよりも、とにかく動かねばならない気がする。
俺が意識を失っている間にリッチが口にしていたことを聞いた。リッチが言うには、一年以内にあの天使をどうにかしないと「世界の終わり」が始まるということだ。
蓮さんがリッチとの連絡に使うと言う、何の装飾も無い指輪を見せてくれた。それは魔力反応もアーティファクト反応も感じられないものだったが、蓮さんは「自分以外は身につけない方がいい」と意味深なことを口にした。
リッチの話だとこれをつけていると、逆さバベルの塔や死霊の多い場所で交信ができるらしいのだが、詳しいことは蓮さんも分からないらしい。
死者の指輪、についての伝説を思い出してしまう。でも、それを持っているからリッチになるというわけではなさそうだ。それにそんな物騒な物を処分するわけにもいかないだろう。
エドガーが他にも行きたい場所があると口にしていたが、先ずは蓮さんが口にした八咫鏡を手に入れるために、ジパングに行くのを優先させようと言う話になった。何でもエドガーの行き先は面倒な場所にあるらしい……
「一年後の災厄」と言われても、何でリッチがそれを分かっていて、それを止めようとしているのだろうか。俺がそう口にするとエドガーが「まあ、戦力増強のついでに、面倒ごとも片付けてやるか」と口にした。事態が大ごとだったとしても、その位の感覚でいられるのはさすがだと思うし、無理に気負わない方がいいのかもしれない。
考えれば考えるだけ答えは出ない。それにジパングへの定期便が出る日に合わせなければならないのだから、行きの船旅だけでももっとかかるはずだ。そうだ、動かなければ。
ただ、蓮さんが言うにはジパングは鎖国という入国制限があるらしい。ただ、蓮さんはそれを通る自信があるのか、あまり説明はしなかった。
俺達はシェブーストに戻ると、ギルドでジェーンに手紙を送った。これをメサイア大陸内のギルドで共有してくれるのだから、大陸内であれば俺達の状況に気付いて協力してくれるはずだ。何が起こるか分からない時に、ジェーンがいてくれると助かる。彼女が確認するのに時間がかかるだろうけど、それはしかたない。
そう思っていた。けれどギルド情報収集をしいていると、なんと、この街に今魔道馬車が泊まっているそうだ。魔道馬車とは魔法の力で生きている馬が動力となっている馬車。軍事用に使われている高機能の馬で、荒れ地でも雪原でも果ては海の上でも! 踏破する、らしい。
話は聞いたことはあるが、少し前の俺にとってそれは手の届かないアーティファクトのような物だ。実際見たことも当然ない。ギルドの職員が興奮気味に語り出していて、こいつ本当に知っているのかと俺は半信半疑だったのだが、それを聞いたお二人さんがやけに乗り気になってしまっていたのだ。俺が「それって私用らしいんですけれど」と言っても、お二人さんはやけに強気で、エドガーが自分の物であるかのように言う。
「ジェーンと合流したかったが、いつ来るか、来ないかもしれねーし、いい機会だ。力借りようぜ」
「え! だからさ、その人知り合いなの? どうやって借りるんだよ?」
「大丈夫大丈夫。な、蓮」と悪い笑みのエドガー。それに蓮さんが、
「そうだな」と返す。いつもの蓮さんならここでエドガーをたしなめるはずなんだけど、おかしいな。それだけ二人ともジパング行きを急いでいるのだろうか。危機感が薄いのは俺だけなのか?
でも二人の決定に逆らえるわけもなく、ギルドのおじさんが言う通りにその魔道馬車の持ち主が泊まっているという、シルクスホテルに向かった。シルクスホテルは街の外れにある小規模ではあるが高級ホテル、ということだ。
確かに外観だけ見ると高級ホテルには見えない。清潔感はあるものの、普通のホテルとの違いが分からない。魔道馬車を所有している、おそらく超お金持ちが泊まる場所とは思えない。というか、その馬を止められる場所なんてあるのかなあ、と思っていたら、感じた。
そう、これはアーティファクト反応。そうだ。その馬がアーティファクトの力を持っているとしたら、超高性能という理由も分かる。え、でもさ、それなら借りるとかもっと無理じゃないか? それに気づいた俺が二人に説明をするのだが、二人はその言葉を聞き流してホテルのフロントへと向かう。こざっぱりとした、白を基調とした落ち着いた雰囲気のホテル。フロントマンにエドガーが大声で、
「魔道馬車あるんだろ? 俺らマジ急いでいて借りたいんだけれど!」




