第十九章 微かな温度
オリーブオイルを口にするゼロのことが頭に浮かぶ。どうやって彼を元の姿に戻せるのだろうか、それとも、鍵の姿が本来のゼロの姿なのだろうか? そう考えると身震いしてしまって、
「アポロ、このままだと焦げてしまう」「ああ、ごめんなさい!」と慌てて炒めた玉ねぎを皿に移す。ちらり、とエリザベートを見ると、彼女は神妙な面持ちで僕を見つめていた。
「エリザベート、どうかした?」
「いや」と彼女は言って、しかし、彼女は小さく笑うと「こんな状況でどうかしていない方がおかしいかもな」と付け加えた。そうだ。自分の仲間たちが忽然と消えて、任務も果たせなかった状況で、気丈に振る舞う彼女。でも、そんな彼女に俺はなんて声をかけたらいいのか分からない。
エリザベートは炒めた野菜を鍋に入れて水を入れ、調味料を入れて味を調える「これで後は放っておいてもいい。棚に黒パンがあったはずだ。とりあえずお腹を満たすには十分な量がある、どうした、疲れているなら休んでいていい。無理に手伝わせて悪かった」
「いや、違う。エリザベート、あの、ありがとう」そして、俺はそれ以上言葉が続かないでいると、彼女はまた小さく笑って、
「お互い様だ。アポロ。ありがとう」と言った。
俺は、彼女とは会ったばかりで、彼女のことも今回の事態についても、本当のことは、深い所は分かっていない。俺は、彼女の力になれない。でも、エリザベートは強く素敵な女性だ。今の俺が力になれないとしても、俺にはやるべきことがある。元気で、いなければならない。
「アポロ、食器棚の横にある冷暗庫にミルクがあるはずだ。先に彼らにふるまってくれ」
「うん」と返事して、冷暗庫から取り出したミルクは、ほのかに甘い香りがした。何だか、懐かしい匂いのような気がする。旅に出て、アイシャという友達が出来て、彼女とは会えなくなった。そして、今度はゼロだ。それだけではなくて、これから俺はおそらくとうさんを倒す力を求めて旅立つのだ。
俺は何が出来るのだろうか? 俺は、大切な人の為に何ができるのだろうか?
リッチが口にした世界の終わりって、何だろう。その言葉は突飛で現実味がないし、彼が俺達を騙している気がしてならない。
答えなんて出ない。でも、立ち止まるわけにはいかない。その思いがざわついた心の中で、俺をしっかりとこの場所に立たせていた。服越しに、軽く胸の二つの宝石を確かめる。俺の肌の上で、ほのかに伝わっている温度。二つの光は黙って俺を勇気づけてくれているような、そんな気がしていた。




