第十四章 混じり合う記憶、感情、物語
俺は驚きながらも自分の手を見る。色がある、紋章が、光っている。そして空を見上げる。そこにも色があった。神々しき、神、いや、彼。その元に引き寄せられるかのように、俺の翼は広がり、空に向かって行く。
そして向かい合う。褐色の肌、それを彩る宝石と男の顔。神々しくも厳かな印象なのに、どこか少年のような勇ましくも甘い顔立ち。あの遺跡で見た姿と、重なる。震えが止まらない。細部は違うような気がする。でも、温かい、ような怜悧なナイフのようなその眼差しを前に、俺は再びあの言葉を口からこぼした「とう、さん?」
小さな、赤い光が彼の身体から生まれた。それは蝋燭の火のような小さな光であったが、それが生まれた瞬間、俺の中にとても温かな感情が生まれた。まるで、大好きな人に抱きしめられているかのような。
その光はゆっくりと俺の元へと向かい、俺の胸へと向かい、身体の中に吸収された。
その時「早計だったか」
そう、声が聞こえた気がして、しかし頭の中にはあまたの人々の叫び声が生まれて一気に反響する。
それは叫びだろうか。嘆きや訴え、歓喜、様々な感情の流れが俺の中で爆発する。他人の感情が俺の中で暴れまわる。意味が、理由が分からない。俺はそれに抵抗しようとするのに、ただ、俺は人々の感情を一身に受け続けていた。
俺の気が狂う、と思ったのも一瞬。俺は、自分が落下していくのをはっきりと感じた。それは心地良く、また、すぐに意識は途切れた。
嫌な目覚めだった。何が起きているのかも、自分がどの位気を失っているのかも分からず、しかし恐怖心と共に反射的に視界を凝視する、と、そこには黒い男がいた。周囲の景色は、色を取り戻していた。見慣れた、普通の夜の世界。しかし真っ先に視界に入った黒い男はあの、リッチだった。
「お。やっと目を覚ましたか。おい、蓮。おぼっちゃまがお目覚めだぞ」と呑気そうな声。俺は一気に頭に血が昇って彼に食って掛かった。
「おいどういうことだ! 何を知っているんだ! お前はあの時死んで……あ、リッチは不死身……そんなことはいい! 何が起こっているんだ! 説明しろ!!」
「お前は気を失った。俺と蓮は変身も何もできず、奴は勝手に消えて行った」
それはエドガーの声だった。感情を押し殺しているかのようなそんな声に身が引き締まる。俺だけではなく、エドガーや蓮さんも何もできなかった? その考えを飲み込む。その答えは、明白だった。そうすると、彼は一体何者なんだ? リッチが相手にならず、大陸一の冒険者達の能力も封じる? 何がどうなっているんだ? あ!
「ゼロは! エリザベートは無事なの?」
俺はエドガーと蓮さんがいた方へと、祈るような気持ちで口に出した。すると、蓮さんが近づき、俺に何かを手渡した。エメラルドグリーンの、不思議な宝石。いや、宝石ではなくアーティファクト反応があって……
「エリザベートは相変わらず目を覚まさない。とはいえ、アポロが気を失ってから、未だ数時間しか経過していないからな。だが、ゼロはこの宝石に姿を変えてしまった」
俺はすぐさまアーティファクトの力を解放しようとする、が、それが出来なかった。とたんに全身の血液が冷えた。今までどんなアーティファクトだって、力を解放できないことなんてなかったのに、一番大切なこの場面で、何で!
そう、うろたえる俺に、何かの映像が頭に浮かんだ。それは見たこともない、しかしやけに神秘的な、俺の知識では形容しがたい、白地にたまに発光する緑の壁面のある場所で、そこは、お屋敷の中? それとも、ダンジョン?
そこで行われていたのは、白いローブを身にまとった魔法使いのような男が、何かの、複雑な形状の、そうだ! 機械、アーティファクトのボタンを指で押しながら呟く『宝石の兵士達……こんな風に転用されるなんてな……これで、俺が許されるなんておもえないが……』
はっとして、意識が戻る。そして、俺の手の平にはエメラルドグリーンに輝く、小さな鍵があった。それは、ゼロ、だった。「ゼロ」と俺は小声で語りかける。返事が無いことは、分かっていた。




