第十三章 地の魍魎と天のモノクローム
俺の言葉に反応する者はいなかった。俺は全身から叫ぶ「とうさん!!!!」でも、誰も、何も言わない。俺は飛ぼうとする、しかし、何故だか翼が言うことを効かない。まるで翼がただの派手なリュックサックになったみたいだ。言うことを聞かない、動かない。こんなことは初めてだ。俺はうろたえる、でも、どうしたらいいのか分からない。
「ちょっと用があるんだ。邪魔しないでくれる? いくら君でも、俺が相手だと無駄に消耗するよ。穏便に行こうよ、ね」
リッチが冷静にそう告げる。殺されかけたらしいのに、この交渉はどうなんだ? そして、大空にいる彼は無言で無慈悲な光をリッチに落とす。そう。それは光だった。ユグドラシルが産まれた時のように、天に続く一本の光。その中にリッチが完全に包まれている。リッチは不死身だと言う、そのはずだ、その彼をここまで追い詰める人は、一体、誰?
俺の胸のブラッドスターが、遺跡の記憶が、俺の頭をおかしくする。父さん、父さん、父さん。神に似た存在はあまりにも父さんに似ている、気がした。
そんな俺の感傷を吹き飛ばすかのように、リッチは光の中から抜け出してきた。怨霊悪霊死霊、禍々しい気を隠そうともせず、周囲の生命を刈り取るかのような鋭い殺気を放つ。
エドガーが瞬時に銀龍化すると、「集まれ!!」と号令し、俺と蓮さんがそれに従うと、エメラルドブレスを逆噴射するかのようにして、輝く防壁をつくる。それにまるで呼応するかの如く、リッチは空に、そして大地に死霊を放った。
心の奥底がえぐられるような、意識を保っていなければ即死してしまいそうな瘴気。地獄があるとしたらこんな光景なのだろうか? 悪魔、死霊、死体の群れが雪崩のように、世界が夜に飲み込まれたかのように出現した。しかしその標的は空の彼だということは明白だった。その凄まじきおぞましき一撃を、彼は背負った日輪の光でいとも簡単にかき消した。
しかし意外なことに、殺気を放ちつつも落ち着いた声でリッチは語り出す。
「まったく、神様ってもんは無慈悲だから困るし好きだな。僕の個人的な研究さえ許してくれないなんて」
その言葉の途中で、彼、神はリッチに再び紅の剣を生み出し、放たれたそれは胸を突き刺していた。血が流れない。リッチは不死身なはず、だ。しかしさすがのリッチも度重なる攻撃を受けてダメージが蓄積しているのか、放っていた死霊を自らの身体に集めると、多少弱々し気な口調で、
「ちょっとだけ、休ませてもらおうかな。まあ、すぐ会えるから安心してよ」と言うが早いが、彼の姿が塵になり、消え去った。
「全く、何なんだよ、ったく」とエドガーが吐き捨てるように言った。そうだ。訳が分からない。リッチの思惑も、神と呼ばれた男の存在も。そして、
「エドガー二人は……」と不安げな声に、いつもの投げやりな調子で「ああ? 俺がいるんだ、平気に決まってるだろ。とりあえず生きてのは間違いないからな。それにしても、あの野郎が俺らに戦いを挑んできたら、どう思う、蓮?」
修羅の輝く瞳で蓮さんは「難しいな。でも、修羅道に堕ちた者としては、神殺しくらいはしておかないと箔がつかないな」とニヤリ。
でも、緊張感の中に俺達はいた。何故か奴はリッチだけを攻撃していた。でもいつその標的が俺達に変わるかは分からない。それに、彼は言葉をしゃべろうとしない。喋れないのか、喋る必要がないのか。こちらも安易に動くことが出来ない。
でも、どうしても俺は確かめたかった。未だに熱く振動するブラッドスター。彼は、俺を知っているのか。彼は、俺にとっての何なのか。俺は再び全身の気を集中して、両手の紋章に力をこめながら叫ぶ。
「とうさん!!!」
すると、世界から色が、消えた。状況を理解できない俺は周囲を見回す。すると、景色はモノクロになっていて、ゼロやエリザベートもモノクロ。そして、エドガーや蓮さんの変身も解けていた。二人は何か口を動かして訴えている様子だが、聞こえない。どういうことだ?




