第六章 ネクロマンサー
「おいてめえ! 黙ってればぺらぺらと喋りやがって」と怒気を含んだエドガーを制したのは、エリザベートだった。
「分かった。私はどうしてもこの任務を遂行しなければならない。お前も私達全員に勝てるだなんて思っていなだろう。利害は一致している。途中までは行動を共にしよう」
「い、いいのかよ、おい」と驚いた声を上げるエドガー。浮かない顔をしながらも蓮さんは「何にせよ僕やエドガーでは出来ないことがここでは多そうだ。彼女の意志を汲もう」と言うと、ベルは蓮さんに、
「ありがとう。僕らは気が合いそうだよね。その刀からも分かるよ」と言うなり、蓮さんの瞳の色が変わり、俺まで鳥肌が立ってしまい、さすがの彼も慌てて「失礼。一緒にしてほしくないのかな。まあ、短い間でも僕を利用して、お互いの目的を達成しようじゃない」
「なあ、ベルチェニコフ。ベルの目的って何?」と俺が質問をしてみる。彼は少し黙ってから、また微笑みを浮かべて言った「行けば分かるというか、僕も謎を解明するために行くんだよね。だからはっきりとしたことは言えない。ごめんね」
なんだかはぐらかされた気分。というか、それなのに何で自分の力が必要だってことは知っているんだ? ヘラ神官だってそんなこと言ってなかったぞ、というか、ヴァルキリーの神官がネクロマンサーを仲間にしろなんて、普通に考えたら絶対に言わないか……
でもそうしたらなおさら気になる。彼の能力。というか、皆は悪いイメージを持っているみたいだけど、俺ははっきり言ってネクロマンサーがどういう者か、あんまり知らないし。だから彼に質問をしてみることにした。
彼は少し意外そうな顔をしてから、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべて話し出す。
「死霊使いって言ったらイメージ悪いじゃん。でもね、別に利用するのは死体だけじゃない。土、岩、石、泥、からゴーレムを作り出したり、後は死んで間もない死者や呪縛霊になっている者を操ったり、魔界の悪魔や堕天使と契約して、対価と引き換えに冒険を手伝ってもらったりね。命のない物にかりそめの生命を与える者。まあ、召喚士の中でも死の領域に特化した者と考えてもらえたら楽なのかな」
「なるほど。だったら、死者と話すとかできるんですか?」
「うーん。それはシャーマン技能であり神官の技能でもある。勿論僕らも出来るけれど、問題はその『死んでしまった人』の望みを叶える、波長が合うのが誰かってことなんだよね。だから普通の人が亡くなったとして話が出来るのは、神官が一番適任かもしれないね」
普通の人? ってことは、不幸な死に方をした人達の声を彼は聞くことができるってことなのだろうか。それを求めて彼はこんな所に来ているんだろうか?
「すると、ベルさんは、存在してはならない帝国で、誰かに会う必要があるんですか?」
彼はにやりと笑い「そう。そうだと思うよ。多分」
うーん、何か隠し事があるにせよ、悪い人には見えない気がするのは、俺が未だ新米冒険者だからだろうか? 俺がぼんやりとそう思っていると、ベルさんはエリザベートに近づいて「コンパスを貸してくれない?」と尋ねた。数秒間があって、彼女はコンパスを渡す。
すると、そのコンパスの中央部にベルさんの血液が一滴落ちた。そしてコンパスの光は赤銅色に変化すると、まっすぐ向いていたその方向も、少し右側に曲がった。さすがにこれにはエリザベートも驚いたようで、
「どういうことだ。このコンパスの光は正確なはずだ。お前は何者だ? 私達を迷わそうとしているのではないだろうな?」
「そんな怖い顔しないで下さいよ。理由は単純。僕は依然一度あの場所で儀式を受けた。でもそれは不十分なものだった。でも一応僕の身体はあの帝国の場所を記憶してくれているんですよ」
なおも厳しい顔のエリザベートにベルさんは明るい調子で、
「そんなそんな。貴方たちのコンパスの方向だって間違っているわけではないと思いますよ。まるっきり方向違いだったら多分僕らは出会わなかっただろうし。それに僕の感覚ですと、あと一日、二日程度でたどり着くはず」
「そこまで詳しく知っているんなら、その帝国とやらと儀式について教えてもらおうじゃねーか」とエドガーがやや威圧的に口にする。でも、確かにそれは気になるところだ。
「それがね、それを顕現出来るのは、古代魔術師だけなんだ。だから僕はその人が死んだ今、記憶もほとんど消えてしまった」




