第三章 君が見てきたもの 今俺にできること
「飲み水を除くと、この地に滞在できる用の聖水って何日分位あるのかな?」
「おそらくだが、二、三週間といった所か。帰りのことも考慮すると、探索の途中でポータルまで戻ることも頭に入れておかねばならない」
そうだ、てっきり一度でこの冒険がすむと思っていた俺は、自分の考えの甘さとバリアの外の熱気にげんなりしてきた。
「そうだ、ゼロはどう? 身体の調子は?」
「この環境下においても僕には軽度の影響しかないようです。寒さ暑さには耐性があります。それにしてもこの環境下でも生命反応がちらほら見受けられるのは、興味深いですね」
周囲を見回し、魔力感知を行ってみるが、何も感じない。そもそも植物らしきものすらないこんな気候の中でも、やはり生き物がいるのか!
「え、生命反応って、モンスター!!?」と俺が大きな声を出してしまうと、蓮さんが涼し気な声で、
「パイロヒトカゲかな。すごい耐熱性のトカゲだ。こちらから手を出さない限り害はないよ」
そうだった、蓮さんは鳳凰の力を宿しているから、炎の動物、生命体を感知できるんだ。そうだよな。どんな土地だって住む動物も人もいるんだよなあ……あ、人! そうだよ、人に助けを求めれば、と言うと、それを想定していたかのような、険しい顔のエリザベート。
「この大陸はまだまだ未開の場所が多く、コモン(共通語)ですら通じない人々の集落と、悪魔崇拝ではないのだが、我々の常識では通じない人々の習慣があり、よそ者には敵対的らしい。むしろ近づかないことを心がけて行動した方がいいだろう」
俺がでも、話せばわかるのでは、と淡い期待をくすぶらせて黙り込んでいると、エドガーは苦笑いをして「ほんと、とんでもない所に来させられちまったな。帰ったらそれ相応の物を頂かなきゃな」
そう、だ。帰らなきゃな。見つけなきゃな。めげてちゃだめだ。しかも今はこんなに快適というか、普通の室温なのだから。天を見上げ想像する。飛陽族の俺らはこんな土地でも勇ましく飛翔していたのだろうか。
エドガーはテントの中へと入り、鎧を脱いでいる。覗き込むと、なんともう腰を下ろし瞳を閉じている。体力温存って所だろうか。それにしても、この熱気が、日が落ちるのはどの位なのだろう。でも、このような状態で外に出ると、幾ら歴戦の戦士達でも一、二時間でバテてしまいそうだ。
「日が落ちるまで未だ時間はある。お前もエドガーのように休んで構わない」
エリザベートはそう言うと、自分もテントの中に入って行く。俺もゼロと共にテントの中に入る。蓮さんも入って来て、五人だと少し狭いけれど、贅沢は言ってられない。でも、暇だなあ……
「あのさ、ゼロ、改めて聞くけど、その帝国についての、記憶とかってある?」
「記憶」と言って、珍しく、ゼロは何やら考え込んでいるようだった。そしてぽつりと、
「僕は、そこにいたような気がします。でも、僕がそこの住人なのか、そこを侵略しようとした兵器であったのかは、分かりません」
侵略した兵器。波動砲を発射した彼が頭に浮かぶ。そうであってほしくない。ゼロの戦闘能力は誰もが認めざるをえないもので、兵器として彼は教育されてきたのかもしれない。でも、彼には意志がある、そう、俺は信じる。今は俺をマスターと呼ぶだけだけれども、それでも何だか兄弟が出来たような不思議な気分がするのだ。
気づけば、俺とゼロ以外の全員が瞳を閉じている。凄腕の彼らは無駄なことはしないし、こういった修行めいた状況にも慣れているのかな。俺も、とりあえずゼロに休憩するように忠告して、あぐらをかいたまま瞳を閉じてみる。
そうだ、こういう時間こそ有効活用しなくっちゃ。俺は周りとほんの少しだけ距離を取り瞑想を始める。心を落ち着け、水の流れをイメージする。雨音が静かに流れ出すのを聞く。俺の手には水の小さな塊が生まれ、その中では水が球体になり、循環している。
それをヒールだと意識して、自分自身に使ってみる。すっと、気分が良くなる。炎魔法以外は低級の魔法だけしか使えないけれど、これを繰り返していかなくっちゃな。
本当は身の丈にあった実践や修行の期間が必要なのかもしれない。他の系統の魔法だって学ばねばならないはずだ。だけど今ここから抜けて勉強をするなんて考えられない。
再び集中して、今度は小さな火を灯す。それをごく小さな花火にしてみる。俺はそういったお遊びを続けて、水と火とに親しむ。疲れてきて数分休もうとすると、緊張が解かれたのか、一気に眠気に襲われたのだった。
「アポロ、出発の準備だ」




