第一章 存在してはならない帝國
はっと、我に返る。そうだ、俺は先に進むしかない。それには、もっと情報を引き出すことが必要だ、と、エドガーがまた報酬の交渉をしている。さすが冒険者の鏡というか、まあ、エドガー様がおつかいばかりさせられるなんて我慢ならないんだろうし、ミッションに個人的な理由のないエドガーと蓮さんは、何かもらうべきだと思う。
エドガーの言葉に根負けしたのか、最初からそのつもりなのか、ヘラは無事戻ってきたなら、相応のアイテムをくれると約束をしてくれた。「無事戻ってみたら」って、どんな場所なのだろうか、俺は聞いてみた。
「分からない」
は? と思い俺が続けて質問しようとすると、ヘラがそれよりも速く、
「数十年前、優れた古代魔術師と、優れたヴァルキリーが調査に赴いた。そして、今日までもどってきていない。私の元にあるのは、断片的な情報だけだ。かの地を探索し事態に備えるには、これほど適任はいないだろう」
「勝手な自分らの都合ばっかいいやがって」とエドガーが毒づくが、エリザベートもとがめようとはしなかった。何が起こるか分からない、ということなんだ。
本当はエドガーや蓮さん、もっと言うならゼロも巻き込むべきではないって分かる。でも、彼らと別れたくない気持ちと、彼らがいないと戦力的に何があった時に絶望的だと、分かるのだ。
そう、皆殺しの天使。赤と金の翼、飛揚族。考えないようにしようとしているのに、頭の中にちらつく。念願の、親族か仲間との再会のはずが、何でこんなことになったのだろう。それは、行かなければ分からない。
「それと、だ。今回の行き先は別の大陸、カラグア大陸だそうだ。私も一度行ったことがあるが、砂漠地帯が広がる、人が生活するにはあまり適さない環境だ。水筒にこの神殿の聖別された水を大量に持って行くのがいい」
エリザベートの言葉で、全員がひとまず退室する。俺一人、何だかもやもやしていて、エドガーと蓮さんに、何て言ったらいいか分からないけれども、とにかく、謝罪のような感謝のような、無理に付き合わなくてもいいというような強がりを脈略もなくしゃべっていると、
「一度いいって言ったからもう言うなバカ」
「そうだ。僕達を信じろ、アポロ」
とそれだけ言うと、二人ともさっさとエリザベートについて行ってしまう。俺も、彼らみたいになりたいなって、強くなりたいなって、改めて思う。そして、ゼロにも一応確認をする。
「ゼロ、君にも聞いておかなきゃいけないよね。大丈夫、かな? その、危険地帯に行くのは」
「はい。防水加工も防塵加工もされています」
「いや、そういうことじゃなくて、その、失われた帝国とかに行くっていうのが……」
「そうですね、大変興味深いです。僕のこと、マスターのこと、何かが分かるかもしれませんから。これは僕の個人的な望みです。マスター。問題があるならば提言していただけないでしょうか」
そうだ、ゼロにとっても「自分」を知れるかもしれない場所なんだよな。ちょっと、酷い質問かもと思いつつ、俺は聞いてみた「ゼロは、自分自身の事、知りたい?」
ゼロは数秒間を置き「自分という物の定義が良く分かりませんが、僕はそれを知るべきだ、という気がするのです。それが戦力増強の為でもありますが、マスターの為でもあると」
「いや、だからゼロは」と言いかけて、飲み込んだ。ゼロも、あの場所に行けば変わる、何かを知るかもしれない。今、それを話してもやはりよくないのだと、思い直した。
「じゃあ、ゼロ。俺らも水分補給にいこっか」「はい、マスターアポロ」と二人で小走りで彼らの後を追う、草花が生い茂る中、小さな泉があった。直径三メートルにも満たない泉の中央、二メートル程上に浮かんでいる水晶から、こんこんと水が湧き出ている。俺が聖者でも信者でもなくても分かる。水魔法の暖かさではない、神聖魔法による魔力反応というか、身が浄化されるような。
エリザベートが手の平に光を集めると、祈りの印を結び、水筒に湧き出る水を入れて行く。予めというか、その泉の近くには結構多くの水筒が並んでいた。これ、結構高価な物なのかな、神殿で販売とかしているのかな。と俺がぼんやり考えていると、それに応えるようにエリザベートが独り言のように話す。
「本来であれば、こんな湯水のごとく持ち歩いたり、施すものではない。でも、かの地では水分の補給が困難だ。この聖水は勿論飲み水、回復薬としても使えるが、砂漠の地でもこの水を媒介として普通の飲料水を精製、まあ、小さな泉を作り出すことができるのだ」
へーそれは便利だなあ。と俺が素直に感心している。ああ、水魔法が得意なジェーンがいたなら、砂漠地帯で大活躍だったろうに。それとも、魔力の元となる水分、水の精が極端に少ない場所だと、魔法を使うのも大変なのだろうか。心配のし過ぎかな……
「おい」とエドガーに小突かれる。「いて、なんだよ」「あんま考え過ぎんなよ。お前がへばったら意味ない場所なんだろ、頼りにしてるぜー」と軽い調子でにやにや。「そんなの分かってるよ!」と叩き返すが、ふっと、気分が軽くなる。頼りにしてるんだ、俺もパーティのみんなのことを。




