第十九章 たまにはこんな遊びを
とてつもない轟音。それは一瞬の出来事だった。地面が揺れ、俺は思わずふらついてしまった。巨大な光の柱が出現したのかと思った。しかしそれはすぐに消えており、代わりに、ありえないことに、この逆さバベルの塔に天井からの光が射していた。ぐねぐね移動はしたけれど、深さとしては奥に行ってなかった、ということだろうか。俺が少しほっとしながらゼロに言う。
「ありがとうゼロ、身体は大丈夫?」
すると初めて、ゼロはまるで疲れた、かのような表情と口調で「はい、アポロ。休憩を挟めば、戦えます」その両腕は人の形のそれに戻っていて、力なく垂れていた。
「いや、もういいから。ご苦労様。俺とエドガーが上まで連れて行くから、楽にしていいよ」
すると、本当にゼロは瞳を閉じ、立ったまま、寝ている? さすがに壊れたり死んではいないよな……それを龍人化したエドガーが抱き寄せ、指でエリザベートにも来いと合図する。蓮さんはこちらに来て、
「また、しかも裸ですまないな」
「いや、そんなことないですよ。腕が六本あったら、持ち上げるのも無理かもしれないですけれども」
「そう、か。じゃあ難しいかな。はは。まあ、腕が六本だと何かと便利だ」
あの阿修羅の姿を想像しただけで、固まってしまう。俺が何て返していいか分からなくて黙り込むと、
「冗談のつもりだったが、やはり僕は下手だな」
俺は苦笑いを浮かべ黙って蓮さんを両手で抱きかかえると、翼を広げる。ブラッドスターを入れたコンパスは蓮さんに持ってもらって、僕が先頭になって進んで行く。とはいっても、天井の光があるから上昇するだけなんだけどね。
鷹の紋章を意識して、力を込めて蓮さんを抱き上げながら、翼をはばたかせる。お、重い……せっかく翼があるとしても、俺は空中戦に向いていないのが残念だ。それを言うと大きな剣を背負いエリザベートとゼロを抱えて飛べるエドガーの人間離れした筋力を改めてすごいなあと感心する。
でも、そんなエドガーでも剣よりも銃が欲しいと言うのは、空中肉弾戦というのはそれほど難しい物なのだろうか。いっそエドガーは格闘技の方が向いているのかなあ。でも、エドガーが龍人になって敵に噛みついている姿を想像すると、さすがに怖いぞ。俺の先輩怖い人ばかり。って! ちょっとよろけてしまった。集中して飛ばなくっちゃ! 人の命を預かっているんだしね。
心配していた落石や倒壊、モンスターの邪魔が入ることなく、十分ちょっと飛んだだけで、地上に生還できた。ふう。地面があるってすばらしい! というか、一見細身でも、鍛えた成人男子を持ったまま飛ぶのは、けっこうきつかった! あ、でも、地上について光が消えたコンパスから石を取ると、元通りの大きさと輝き。本当に不思議な石だなあ。何かすごい力を持っているのは確かだ。
「じゃあ、俺らは報酬をもらいに、あのハラジャ邸にでも行きますかねえ」と疲れを見せないエドガー。ゼロは体力回復の為か寝ていて、それを裸の蓮さんがおんぶしているのだが、すごいえづらだ!! これにはさすがのエドガーも苦い顔をして、自分のアーマーと下に装備する薄手の鎖で編まれたズボンらしきものを脱いで渡す。
そしてエドガーはどこに行くつもりだったのか、この戦いで傷つく予定がないくらいなめていたのか、上下上品な軽装をしている。
「おい、エリザベート、お前も来いよ。お前もパーティだ。ギルド以外にも報酬を受け取る権利があるし、お前がいたから封印が出来たんだからな」
「ん? 蓮さん、こういうのって普通依頼主がギルドに報酬を支払って、それを受け取るんじゃなかったっけ」
するとエドガーが僕の頭をポカリ「アホ、こういうのは報酬が変則的だろ。何より、俺と蓮はハラジャの知り合いで、顔が利くからな、直接交渉した後、ギルドに報告に行けばいいんだよ。それに考えてもみろ。少額のクエストならともかく、こういう大掛かりなクエストの場合大金がギルドに集まったらドロボウのエジキだぜ。ほら、おまえらきびきび歩く!」
そう言ってエドガーは長い足でさっさと歩いて行く。蓮さんもエリザベートも文句を言わずについて行くから、俺もおいて行かれないように、疲れた体に鞭打って歩く。いや、ほんとみんな元気と言うか、基礎体力が違うのか。俺なんて大したことしてないのにヘトヘトだ。
まずはホテルに向かい、荷物を受け取り、蓮さんは替えの服を着る。そこで少しだけ休むと、また向かうことになった、あの趣味がいいんだか悪いんだか分からない邸宅。俺達のいや、エドガー達の顔を見ると、あのハラジャは顔色を変え、その報告にも満面の笑みで応えてくれた。まあ、最強レベルの冒険者とおまけにヴァルキリーもいるんだから、嘘をつく必要なんてないわけで。で、報酬は、とエドガーが切り出すと、
「素晴らしい働きをしてくれたから、一人、100万ゴートでどうかな?」
えええええ百万!! お、俺も!!? ど、どうしよう、てか、前に続いて大したことしてないのにもらうの心苦しい、けどもらいたい!! ああ、でも情けないなあ俺、って、エドガーがいっつも高レベルクエストに連れてくのが悪いんだ! 普通のクエストなら俺だって活躍できるんだ!!
なんて俺が一人じたばたしていると、エドガーの反応が鈍い。あれ? どうした? 何もしゃべらないし、何が不満なんだ? え? いつも通り蓮さんはだんまりだし、どういうこと? すると、ハラジャが大笑いしながら近くにいる執事に何かを指図して、
「さすが大陸一の冒険者こんなはした金では動かぬか。愉快愉快。それではエドガー。ここにいる五人の五百万ゴートをエドガーがチップにして、一回限りのポーカーはどうかな? ダブルアップも勿論ある。じゃんじゃん私からお金をむしりとってくれ。ははははは!」
そう言うと、数人の執事がかりで、カジノ台を瞬時に用意してきた……。エドガーは頭をかきながら、
「最初からそのつもりだったのか?? 俺はちょっと色がついたらいいかなって程度だったけどよ。まあ、そう言われたら勝負に乗ってやるよ」
と、乗り気、だ。え、でも、いいのか? この人は。そりゃあなんかギャンブルに強そうですけれど、なんか、止められない空気が漂っている……でも俺は蓮さんにこっそり聞いてみると、
「まあ、たまにはこういった遊びもいいんじゃないか?」




