第十七章 姉妹
「姉さん。やっぱり……」と小声でエリザベートが口にした。姉さん? 確かに、似た雰囲気がある。でも、それって……。俺は彼女の横顔を見る。バリアを張る力を緩めてはいない。そんなエリザベートに、彼女は微笑む。
「エリザベート。やっと来てくれたのね。それに、蓮も。久しぶりね、何年振りかしら」
蓮さん、も知り合い? しかし蓮さんは黙ったまま、エリザベートは語りかける。
「このコンパスの宝石を届けさせたのも、姉さんなんでしょ。どうしたの今更、やっと成仏する気になったってこと?」
成仏ってことは、やはり彼女は、屍人? でも、俺の魔力が弱いからか、全然分からない。普通の人のようにしか見えない。エリザベートに妖艶さと少しの冷たさを加えたような彼女は、にっこりとほほ笑むと、
「ううん、双子の妹、貴方の身体を私のモノにして、蓮にもう一度会いたくて。でも、不思議ね。蓮とこうして会えるなんて。蓮。ずっと会いたかった。私は一度も貴方の事、恨んだことなんてないわ。ずっと、ずっと、愛しているの。分かるでしょ?」
「オイ!! 蓮、お前が遊んだ女が化けて出たってオチか? 勘弁してくれよ!」とエドガーが言うと、バリアを突き破って、紫のビームがエドガー向けて発射されてきた。エドガーは「おーこわ!」とそれを避ける。エリザベートはバリアを解くと、また、静かに語りかける。
「姉さん。貴方はもう死んでいる。私は貴方を封印しに来た。このパーティを見て。私一人ならともかく、彼らと姉さん一人では、勝ち目はない。分かるでしょ。貴方と殺し合いなんてしたくない。お願い、分かって!!」
最初こそ静かに語りかけていた彼女だったが、後半ではもう、感情がほとばしっていた。当たり前だ。死んだ姉さんともう一度剣を交えるなんて、考えたくない。
しかし、彼女は微笑みを絶やさず、
「だったら、蓮を抱かせて。蓮に、私を好きだって言わせて。嘘でいいの。蓮。私、貴方に出会って、愛を知ったの。あなた以外何もいらない。蓮、やっと会えた。蓮、こっちへ来て、蓮。蓮。蓮」
「お前、こいつに何したの?」と冷静なエドガーの声。下世話だけど、お、俺も気になるぞ! それにクールに蓮さんは、
「一度依頼でこの姉妹と敵を討伐しただけだ」
「その一度の『なにもない』らしい、討伐のせいで、姉は神殿から破門され、お前に告白して振られて、そして身を投げた」怒りのような悲しみのような、いつもとは違う乱れた口調で、エリザベートはそう補足した。
「え、それって、蓮さん何も悪くないんじゃない?」と思わず口に出してしまったが、もう遅い。エリザベートは俺なんて無視して、姉だったモノをじっと見据えている。そうだな。親族なら、悪くないと頭では分かっていても、割り切れないものがあるのかもしれない。
「そうよ、蓮は何も悪くない。悪いのは以前の私。だから新しい身体になって、蓮を永久に私の物にするの。エリザベート、貴方も分かっていたはず。あのコンパスの赤い宝石は、母上から姉妹に巣立ちの日にもらったもの。それに私が魔力をかけ、迷い込んだ愚かなヴァルキリーを操って、最後の言葉を言わせたの。エリザベート、貴方の、その美しい身体を私に頂戴。貴方なら、分かってくれるわよね?」
「断る」とエリザベートは即答した。
「私は、貴方を祓いに来た。それだけだ」
きっぱりと言い切ったエリザベート、それを聞いた彼女は妖艶な笑みを浮かべると、一気に辺りの瘴気が満ち、彼女の背後から無数の蛇が出現すると、彼女の身体も紫色へと変色し、無数の蛇の口から毒ガスのような物が噴射される。
「不浄なるものを、清めたまえ、祓いたまえ! 回春の光を何度でも! リフレッシュ・アライアンス!!」
エリザベートが高らかに口にすると、大きな二体の巨人の幻影が手を合わせて、消える。そして頭上に巨大な光のアーチがかかると、俺達のいる空間が浄化されていく。
はずのだが、相手の毒霧のような、淀んだ空気の力の方が勝っているようだ。次第に体力を奪われていくような、けだるいような気分。この状態を長引かせるのは、まずい。
「あれは、もう、姉ではない。私の浄化魔法では、役不足だ。皆、全力で攻撃してくれ、頼む!」




