第八章 高級ホテルと市場でのひと時
うーん、その逆さバベルの塔の、魔物が出る巣? 高位の邪悪な魔術師が作った魔法陣、とかを封印、浄化できたらいいんだけど、この自信満々な地元の人ですら、あの塔は恐れられているんだなあ。おそらくだが、大元を封印するのは不可能らしい。活性化しているから、ひとまずそれを抑えればいいということなのだろうか。でも、不謹慎だけど、ちょっと足を踏み入れる位は、したいな。
「それで、俺はこの街で待機していればいいんですか? 何日? 報酬は後でいいよ、あんたが太っ腹なのは知ってるし」とエドガー。あ、もしかしてエドガー。この王様富豪様の性格を知って、金は後でいいとか言ってるのかな? って、俺もあざといな……
でも、それはまちがいでもないようで、彼は満足そうに、
「ああ、とりあえず、一週間は滞在をしてもらいたい。警備は他の冒険者達や警備の者に任せる。宿も勿論用意する。君達は何かあった時だけ出撃すればいい。それに、当然、その期間中に何もなくても、報酬は支払うから安心して欲しい」
それって、破格の条件じゃないか? もっとも、このお金持ちにとっては、そんなお金なんてどうでもいいのかもしれないけれど。エドガーも慣れた調子で、
「分かった。前も泊まらせてもらった、ホテル・オランピアに行けばいいんだろ」
「ああ。その代わり、カジノとお酒は控えてくれ。肝心な時に身体が使い物にならないと困るし、連絡にも困るからな。まあ、ホテル内のカジノやショーならば、自由に見て、参加してくれ」
「チッ、まあ、しゃーねえか。結構な冒険が続いたし、数日間は骨休めでもいいかもな。じゃあ、行こうぜ」そう、エドガーが言うと、この居心地の悪いお屋敷から出た。あの人も何だか苦手だな。会ったお金持ちなんてほとんどいないけどさ。でも、自分の興味ないものには無関心、って言うのも当然なのかな
俺らはエドガーについて、そのホテル・オランピアに行く、と、目の前に大きな噴水!! しかも色が変わる!! 清潔な服装のポーターが一礼すると、俺らの荷物をさらりと手に取り、部屋へと案内する。通り過ぎる人たちは、明らかに冒険者ではない、お金持ちの方々のようで、完全に俺達浮いているんですが……
建物も象牙色の神殿のような外観で、中も落ち着いた感じのモスグリーンの壁。そこを飾るのが、神話をモチーフとしたらしき美しい壁画。天井はガラス張りで、所々から陽光が降り注ぐ。階段も無駄に大きく斜めになっていたり、らせん階段があったり、ああ、オサレだ。と思った。いや、嫌いじゃないんだ! むしろ好きなんだが、都会に来た田舎者みたいで、ここに滞在するなんて落ち着かない。
まあ、都会に来た田舎者そのものだけど!
でもそんなのは俺だけらしく、それぞれの部屋に案内される、と思いきや、蓮さんがポーターに声をかけて、フロントへと向かった。ん? どういうこと? 戻ってきた蓮さんは、俺とゼロに言う。
「どうやら、彼は僕とエドガーの用意しかしていないらしい。僕もちゃんと確認しておくべきだった。フロントで、二人の部屋の分を用意した。悪いが、ベッドはツインを取ったし、ゼロを一人にするのは少々危なっかしいからな。同じ部屋で過ごしてくれ」
そ、そうだ。高レベルの冒険者用のクエストに、俺とゼロがくっついて来ているんだった! 俺が慌ててここの料金を支払いますと言うと、蓮さんは苦笑して、
「僕とエドガーには報酬がある。わがままリーダーがアポロにも分配するかもしれないがとにかく、ここの支払い位僕にさせてくれ。あのリーダーの機嫌が悪いとタダ働きだから、頑張れよ」と優しく俺の背中を叩いて階段を上って行く。
相変わらず、かあっこいいなあ!! ほんと、優しいし頼りになる大人の男って感じだ。で、それに比べてうちのリーダー様は、荷物をポーターに預けて、独り言のようにぶつぶつ「酔い覚ましにカジノってのもいいもんだよな……でも、あともうちょい飲んで、ってのもいいしなあ」とつぶやきながら階段を下りて行く。えらい違いだ!
でも、とにかく俺は案内された部屋にゼロと入る。ポーターが「御用の際はこのマジックベルをならして下さい。フロントから参りますので、それでは」と部屋を出る。
微かに魔力の反応を感じる、銀色のベル。それを近くの丸テーブルに置き、部屋を見回す。陶器の女神像に、かごに入った美味しそうなフルーツ、フカフカそうな布団に、ペイルブルーの上品で大きなソファ。床には青い鳥の描かれたじゅうたん。す、すごいな。ここ、奥の部屋ではないから、スイートとかではなく、一般客の部屋なんだよな……。
「ゼロ、すごいよな! ここに泊ってもいいんだって。まあ、ずっといると暇だろうけど、君の話とかも教えて欲しいし。俺も魔法の瞑想、修業がおろそかになっているからしないとなあ。ん? どうかした? 何か欲しい物とかある?」
「マスターアポロ。あなたがいれば、他に必要なものはありません」
「そ、そういうことじゃなくて! あのさ、水以外で欲しい食べ物とか、武器とか、身体をメンテナンスする道具とかさ。俺の買える範囲の物なら買ってあげるよ。欲しい物って、すぐには思いつかないかな?」
「全てを知るものの石板です」
「え? 何、それ?」
「構造としては、最高純度の賢者の石と古代核戦争説大三節の初稿とセフィロトの木とユグドラシルの木を交配した倭国諸説に……八咫の金印と八葉の雫に」
「ごめん!! やっぱもうちょっと軽く手に入る物にして! そしたら俺でも買えるからさ」
「でしたら、オリーブオイルです」
「ああ。それなら大丈夫。俺もたまに料理で使うんだ。それ、どうするの? もしかしてゼロも料理が趣味なの? そしたら嬉しいな。俺も料理作るの好き!」
「いえ。原液を三日に一度、100ミリリットル程度摂取すれば、最低限の戦闘態勢は整えることができます。正確に言えば、全体的な能力向上、といった所でしょうか」
う、燃料ってことか? でも、その割にオリーブオイルを指定するのが良く分からない。アンドロイドに詳しわけではないが、他のアンドロイドもオリーブオイルが主食? なのか。それにしても、普段は水、それとオリーブオイルかあ。燃費がいいなあ。
「じゃあ、一緒に買いに行こうか。この街にも多分マーケットはあるはずだし」
「イエス、マスターアポロ」
俺はホテルのフロントでマーケットの場所を聞いて、ゼロと共に歩く。あの金持ちの家に向かった時もそうだけど、通りすがる人が振り返りゼロを見ているらしい。エドガーや蓮さんと行動するから、彼らをチラ見する人の多さには慣れていたけれど、ゼロはまた理由が違う。
水晶銀の髪にエメラルドグリーンの瞳をした、長身の美青年。おまけに今は武士の服を着ているからか、さらに目立っている気がする。でも、彼の実力をはっきり見たわけではないが、何か危害を加えられて倒されることはないだろう。でも、一人にすると、会話がちぐはぐで変なことが起きそうだから、そこは俺が注意しなきゃな。
ナイトホルムって、活気のある街だからか、マーケットも賑わっているようだ。真っ白で大きなテントが並び、木のかごに入った色とりどりの食材が美味しそう。ただ、ちょっと値段が高い。あの高めの、都会のシェブーストよりもさらに物価が高いかもしれない。まあ、ここに住む人なんて特別なお金持ちだろうし。
あーあ、あんま高くなかったら、色々野菜買ってみたかったんだけどな。いや、宝石を換金してもらったし、買えますよ。買えるんだけど、田舎とかで買う三倍位の値段がする……うう、俺って貧乏性だなあ。
そこで、瓶に入った品物が並んでいる一角で、オリーブオイルを見つけた、のだが、高い! なにこれ! エクストラバージンオリーブオイル、って何? 調理油としては半端ない値段ついてるんですけど……あ、普通のオリーブオイルもある。こっちも高いけど、しかたがない。500mlのを二瓶買って、ゼロに渡すと、ゼロはそれを両手に持って不思議そうに、
「ずっと気になっていました。なんでマスターアポロは、こんなに優しいのですか?」
「え? いや、そういうわけでも……そうだよ、蓮さんの方が俺よりずっと怖いけど優しくて頼りになるし、エドガーも、やっぱ俺らのリーダーだし。代わりはいないよ。だから、なんだろね、あんまり深く考えない方がいいんじゃん? 仲間ならこういうのって普通だよ」
すると、ゼロは黙り込みしばらく考え込んでいるようで、
「考えては、いけないのですか? 考えていけない時は、特攻する時だけだと学んできました」
ん? 少し胸に何かが刺さったような気持ちになる。でも、それこそ考えなくていいことだ。かんがえたって、答えが出ないこと。俺は彼の宝石のような瞳に向かって、素直に言った。
「それは、もしかしたら極端な考えかもしれない。仲間になったんだから、特攻なんて本当に本当の最終手段だから。まあ、最初は仕方ないよ。俺も自分の知らない自分の過去みたいなのがあるだろうし。ゼロはそれがもっと多いと思うから、色々考えるのもいいけど、あんまりナーバスになるなら俺に相談してよ」
「あり、がとう。マスター。できないかもしれません。でも、努力します」
とゼロは言った。そう、だよな。記憶がめちゃくちゃに欠落していて、しかも何千年? 何百年? も生きていて、いきなり復活して、俺の価値観を押し付けてるんだもんなあ。混乱しても当然だよなあ。
「あ、そうだよ、蓮さんも誘って、止まっているホテルオランピアのショーとかカジノに行くのもいいかもね。楽しいかもよ!」
「分かりました。従います、マスターアポロ」
楽しめるのか? と自分で言って思ったが、正直俺もちょっと覗いてみたいわけで。蓮さんを誘えたら、万が一のこともないだろうしね。エドガーもいるのかな? そんなことを思いながらホテルに戻り、蓮さんの部屋をノックして、中に入ると、あれ? 立っている?
「良い所に来たな。伝令が来た。エドガーも部屋で準備をしている。逆さバベルの塔へと向かおう!」