第二十一章 親子の対話
「手伝うつもりなかったんだけど、めんどいし、さっさと帰るぞー」
と、レヴィンはその宝石をエドガーに押し付けると、さっさと歩き出す。ジェーンが「これでやっと解放される! やったじゃん、エドガー!」と明るい声を出すが、エドガーは渋い顔で、じっと宝石を見ている。そう、だ。お父さんが一人でやれって命令していたもんなあ。でも、今回は一人じゃかなり困難だし、何より、依頼主のレヴィンが満足しているからいいと思うんだけど……あ、エドガーが無言で歩き出した。俺もついて行こう。
それからレヴィンに乗って、夕方頃にはミハエル家に着くことが出来た。そして、広々とした居間には、獅子の細工がされた長椅子に腰掛け、読書をするフォルセティさんがいた。エドガーはすっ、とその前に立つと、いつもとは違う凛とした声で、
「仲間と協力して、サファイアを手に入れてきました。どうか、お収め下さい」
フォルセティさんは本を閉じ、じっとエドガーを見つめる。手を伸ばしそれを懐に入れると「分かった、演習場に行くぞ」と、席を立ち向かって行く。俺を含めて皆状況が掴めていないようだが、従うしかないことは、分かる。俺達は演習場に行くと、地面とかかなり修復されている!さすが金持ちは違うなあ。
なんて感想はいい。フォルセティさんは木刀をエドガーに向けて投げた。エドガーはそれを受け取り、フォルセティさんも木刀を持っている。
「防具は全部脱げ、この木刀はアカガシラ製だから、打ち込んでも折れたりはしないだろう。魔法や幻術の類は使わず、力だけで私に一発でも打ち込んでみろ。いいか、いくぞ!」
と、蓮さんの時と同じく、フォルセティさんの動きが全然目で追えない。多分、エドガーが押されているのだが、それも、本当はよく分からない。エドガーが防戦一方のように感じられるのは、気のせいなのだろうか?
父親に遠慮をする? そんな性格ではないし、そもそもこれは、良く分からないけど真剣勝負のはず、あっ! 肩に鋭い一撃が決まる。エドガーが短い声を上げる。
「お前、何をしてきた? 放蕩の果てに腕も立たぬとは、まるで価値がない」
俺が思わず何か言葉にしようとして、しかし、何も出来ずにいると、エドガーはアカガシラの木刀の先をフォルセティさんに向けて、いつもの怒鳴り声を出す。
「てめえがクソジジイだから手加減してたんだよ! 見てろよ! オラ!!」
と、エドガーが放った一撃を、フォルセティさんは受け止め、逆に打ち込もうとするが、それをエドガーも防御する、そしてまた、剣のやり取りが見えない。誰も何も言わない。また、エドガーが短い声を上げる。しかしフォルセティさんは手を止めることはなく、エドガーも攻防を続けて行く。
どの位の時間が経っただろうか。スピードは減速することなく、未だ、二人の太刀筋は見えない。でも、未だエドガーはフォルセティさんに一撃も与えることができていないようだった。
と、あれ? いつの間にか二人は木刀を下していた。そしてフォルセティさんはあの宝石を空に投げると、それは大きな光に包まれ、手元に戻ってきた時には、青と銀の、ペンダント・トップ、お守りみたいな、ああ、これがメダイと言うのか。でも、凄く小さくなったな。何かの模様が刻まれているが、やっぱりドラゴンなのだろうか。フォルセティさんはそれをエドガーに投げつける「飲め」
エドガーはそれをちゅうちょなく飲み込んだ。する、と、エドガーの身体が震え、地面に両膝をつき、両手は宙を震えながら動いている。俺は蓮さんとジェーンの顔を見るのだけれど、二人とも視線をエドガーから反らそうとしない。
俺はレヴィンに瞳で訴えると、レヴィンはお気楽に、
「適性が合えば、オッケー。じゃないなら、知らない。でもさ、この一族で狼だなんてあいつだけだよ。まあ、黙って見てな」
狼? 獣化のことか! で、エドガーが、目の前のエドガーが、この前に見た姿になっている。そう、お父さんのフォルセティさんと同じ、銀色の龍人になっている。エドガーはそのまま、羽を動かしたり、木刀を振るったりしている。そして落ち着いた声で、
「この姿のままでも、バーサク状態にならないのは、便利だな」
「当たり前だ、馬鹿者。お前が二十歳の試練の前に身を窶したからだ。これでお前も心残りはないだろう。朝になったらさっさと家を出るんだな」
そう言って、フォルセティさんはさっさとその場から立ち去って行く。か、かっこよくないですか? 不器用だけどちゃんと息子のことを考えているというか。まあ、事情もろくに知らず、掌返した俺も現金だけどね。でもでも、すごいな、エドガー。きっと獣戦士だったのは、家を飛び出して、自分の力で制御しようとしていて、獣になったけれど、本来の姿は、龍人なんだなあ。




