第十八章 優雅さとは程遠い龍飛行
俺は、集中して、掌に小さな炎を灯し、床にあぐらをかいて、目を閉じる。それでも、炎の揺らめきを感じる。今度は、ジェーンが教えてくれた水の魔法。気分がリラックスする。あ、いかん、眠りそうになってしまった。
当たり前だけど、まだまだだなあ、でも、毎晩、瞑想はするようにしよう。そう思うと、明日は色々ありそうだし、早めに就寝することにした。ふかふかのベッド! おやすみなさい!!
次の日の朝、お昼ご飯をいただいて、ロアーヌさんに見送られて出発することになった。ジェーンもいつものセクシー魔法使いの格好になっていた。 ああ! 今からドラゴンに乗れるのかなあ! とワクワクしていたのだ俺! そして、レヴィンはあの穴ぼこの演習場で大きなドラゴンの姿に戻り、言う。
「俺の背中辺りに穴があるからさ、そこに入って。沢山あるから、人数分はあるはず」
ん? と一瞬俺が固まると蓮さんが「有袋類みたいなものか」と呟きレヴィンが「そうそう、俺はオスだけど、退化しているがまだ残ってる。俺の意志で自由にそこを開け閉めできるから、空を飛ぶのに、俺のスピードだと全員振り落とされるだろ」
まだ良く分かっていない俺に蓮さんが「母親が子供を育てる時、小さな時だけ袋にいれたまま育てる種族もあるんだ。その名残のおかげで、僕たちはレヴィンに乗ることができる。レヴィンも言っていたが、ドラゴンの本気のスピードなんて誰もが振り落とされてしまうだろうからな」
そう言いながら、蓮さんは寝そべるレヴィンの身体の背によじ登って、一目では分からない場所に来ると、消えた! いや、穴に入ったのだ! 俺もちょっと怖いけれど、きらきら光る背中に乗ると、微かに切れ込みのようなものがあり、俺が触れると、それが開き、落とし穴の様に中に吸い込まれた。でも、中はふかふかで、本当にちびっ子を育てるための器官だったのだなと分かる。
そこがふたの様に閉まると、レヴィンが言う「じゃあ、行くから、いっとっけど、かなりスピード出るから、自分の筋力でも俺の内部に捕まっておけよー」
ん? 内部で捕まるって、どういうことだ、と思うと、彼が飛翔したことが分かる。そして、初めはゆっくり、のはずが、次第に物凄いスピードを出して、この体内の蓋のあるポケットの中なのに、重力? 風圧? がすさまじい!! うお、こ、れは、あの二人は筋力と魔力でどうにかしているとして、そのどちらもが通と半端な俺は、ひたすら耐える。
でも、耐えきれない!! たまらず、中の肉? 脂肪? ふかふかしたものに必死にしがみつき、左手の鷹の力を使っても、あれは一撃必殺の攻撃用だし、すぐにヘロヘロになる。ドラゴンに乗るっていうのが、こんなにも大変だったなんて!!
もう、最後の方は気絶しないように意識を保つので精いっぱいだった。どの位の時間がたっただろうか? とにかく、揺れは収まり、レヴィンが「小休止してやるよ」というのを幸いに、なんとか、森の中に下りたレヴィンの中からふらふらになりながら出てくると、やはり、あの二人は全然そんな風ではない。蓮さんはともかく、体力がないはずのジェーンはどうしているのかたずねてみると、
「そうね、グラヴィティとエアー・スクリーンを合わせて、軽めにかけてたからかな。優雅なものよ」
「え! その魔法について教えてよ!」
「グラヴィティは重力操作の魔法の基礎。達人は相手をそれで押しつぶしたりできる。エアー・スクリーンは風のバリア、防御魔法だけど、攻撃の盾ではなく、毒性のある空気から身を守ったり、新鮮な酸素を補給したりするのにつかえるかな」
「なるほど、それを合わせて、状況に応じて使うのか。さすがジェーンだな」素直に感心していると、僕の言葉に気を良くしたのか、ジェーンは言葉を続ける。
「そうよ、アポロ、今はいいけど、一つの系統の魔法しか使えないと、手詰まりになる時が必ず来る。レベルは低くてもいいから、他の系統の魔法も学ばなきゃね。アポロなら炎が一番得意でしょ、ならば相性がいい風、土、聖、とかね」
「そっか、ありがとう」と言った後で、ジェーンの耳元で恐る恐る「あのさ、蓮さんの修羅ヴァージョンの戦い見たことある?」と聞くと、ジェーンはにっこりと笑って、
「考えちゃいけないことは、あんまり考えない方が、長生きできるわよ」
そう言って、ジェーンは水筒から水を飲み始めた。お、俺もそうしようかな……水を少し口に含むと、少しだけ気が楽になった気がする。自分にヒールをかけたいところだが、集中力が足りないし、ここは静かに休むのがいいかな。そういえば途中休憩を入れてくれるなんて、レヴィンも結構気が利くんだな。わがままというより、すごく気まぐれなのかもな。
そんなことを考えていると蓮さんがやってきて、俺の身体を気づかってくれる。やっぱり蓮さんは優しいなあ。
「ところでアポロ、お前は魔法使いだが前線に出る時もある。今回の様に体力不足なら、朝でも稽古をつけてやろうか?」
稽古、桜花吹雪、全身に咲く牡丹、修羅、阿修羅。
俺はその考えを振り払い、生唾を飲み込むと、「よろしく、お願いします」と言った。すると蓮さんは微笑み、
「何固くなっているんだ。別に裏・村正は使わないから、気を楽にして挑みなさい。気が向いたら、気軽に言いなさい」
素人相手の稽古にそんな妖刀使われてたまるかよぉ!! と、思っていると、レヴィンがそろそろ行くぞ、とのことで、またあの穴の中に入る。うう、これからまた疲労の時間が始まる……
やっぱりこの風圧? 重力? には慣れない! 体力がどんどん削られていく気がしてくる。ふと、胸の中に入れたブラッドスターを両手でにぎって、どうにか集中してみようと試みる。そうだ、エアー・スクリーンという魔法があるなら、左手の鷹の紋章で応用がきかないかな?
左手に意識を集中する、すると、少しだけ気持ちが落ち着いたような気がしてくる。自分もレヴィンと共に飛んでいるイメージをする。とはいえ、スピードで鷹とドラゴンではかなりの差があるだろうけれど、これだけでも、気分も体調もかなり楽になった。こうして、どうにかこうにか、俺は、このドラゴン旅行を耐え抜くことができた。
レヴィンが着陸するには十分な広さが無ければいけないのかな、と、思いきや、レヴィンは器用に身体をいつもの半分くらいに小さくしたようで(当然僕らの穴も狭くなるが)、ごつごつとした岩場に到着することが出来た。
辺りを見回すと、街らしき物が全然見当たらない。鉱山って、大抵近くに採掘師たち、山師が集まる街があるらしいのだが……それだけ寂れた鉱山なのか、見返りが少ないものなのか。でも、魔力を帯びたサファイアなんて品、色んな人が狙ってもいいはずなんだけどなあ。俺がそう言うと、蓮さんが。
「この鉱山はミハエル家の所有物で、入口もミハエル家の血を引いたものか、レヴィンしか入れないような結界が張っているんだ」
「そう、ね。問題はそのお宝さがしね。私は錬金術師じゃないから、宝石感知っていっても、あんまり自信がないんだけど……」と珍しく弱気なジェーンに、「カンディ」を使えるのはジェーンだけじゃないかと励ましながら、その鉱山の入り口付近に行くと、あれ?




