第八章 イエスタデイ イエス ア デイ
そこは、一目でエドガーの部屋だと分かった。床に転がる良く分からないガラクタと大量の本、壁にかかった高そうな剣や槍。細工が綺麗なアンティークらしい机。獅子の細工がされた大きなベッド。
「ここで、エドガーが育ったんだね……」
俺がそう言うと、自分で変な気分になった。自分の家というものを持たない俺にとっては、やっぱりちょっとうらやましい。でも、それ以上に、エドガーの部屋に来られたのが何だか不思議だし、嬉しい。
「あーあ。ほんと、変な気分だぜ。マジで十年ぶりに帰って来た。二度と帰らないと思っていたし、親の顔だって見ないで死ぬつもりだったし、正直な、一年も無茶な旅すれば、途中で何度死ぬと思ったことか。この俺様でもな」
「え! 会えるのに、親の顔を見ずに死ぬ、とか、俺には考えられないかも……」と俺は思わず口に出してしまった。そういえば、俺は孤児だって、エドガーに話したっけ? エドガーは他人にあまり興味がないというか、余計な詮索はしない。
でも、エドガーはそんな俺の考えとは関係なく、ガラクタの中から一本のギターを取り出すと、
「前、歌を教えてやるって言っただろ。共通語の訳も付いた、楽譜もどこかにあるはずなんだけど……まあ、いいか」
すると、エドガーは切ない雰囲気のギターの曲を、奏で、優しい声で歌い始める。
Yesterday, yes a day/Jane Birkin イエスタデイ・イエス・ア・デイ/ジェーン・バーキン
Yesterday, yes a day Like any day
きのうは昨日 ただの一日
Alone again for everyday Seemed the same sad way
よくあるようないつもの日 毎日いつもたったひとりで
To pass the day The sun went down without me
かなしみにくれながら その日をすごす 太陽でさえ俺をのこしていってしまう
Suddenly someone else has touched my shadow
そのときだれかがやってきて 俺の影をふんでこう言うんだ
He said « hello »
よう、元気か、って
何だろう、本当に、俺はエドガーの歌声とか、センスとかがすごく好きだ。この曲は特に、意味は分からないのに、切なくて、でも、ずっと聞いていたい気分になってしまう。だから俺がエドガーに声をかけようとする、と。
「いつからうちは大道芸人を屋敷に入れるようになったんだ?」
低く、威厳のある声。俺は振り返ると、もう、理解してしまった。銀色の輝く髪に深い黒の瞳。顔が美形で整い過ぎていて、怖い印象がある。少し長い髪をオールバックにして、服装は黒い貴族の服に金のししゅうがほどこされている。
俺もそうだが、エドガーが言葉につまり固まっていると、彼は態度を崩さずにしゃべり続ける。
「念書に血判まで押したのを、今も保管してあるぞ。お前は何でここにいる? 一刻も早く出ていけ」




