第二章 大切な仲間
「近くに……二つの……光……」
「ふたつ!!! それって!! 二人しかいないの?? 誰?? どうして!!」
思わず口から疑問が出てしまって、ジェーンの鋭い視線が刺さる。そうだよな……集中しているんだから邪魔しちゃいけないんだよな……
俺が沈黙を続けていると、ジェーンは指先から小さな火球を生みだした。その火球はゆずっくりと上空へと浮かんで行く。事の成り行きを見守っていると、それが突然弾けた。
ちょっと焦げ臭いような臭い。それに、上空には灰色の煙がただよっている。
わけが分からずに、俺は視線でジェーンに説明を求めた。しかし彼女は黙って右手を伸ばしてくる。
「マジックポーション頂戴。紫色の小瓶の、安いのでいいから。アポロの商人の寝床に入っているんでしょ?」
「あ……うん!!」
俺はマジックポーションをイメージして右手で空間から探して……あ、よかった! ちゃんと取り出せた。やっぱり右手の太陽の紋章の力は失われてないんだよな……
そんなことを思いつつジェーンに小瓶を渡す。彼女はゆっくりとそれを飲み干し、一息つく。
「とりあえずこの近くで見つかったのは二人。その一つがゆっくりだけど動いていたの。それで思い出したことがあって。エドガーと蓮と三人でパーティを組んでいた時、今みたいに離ればなれになった時には、こうやって煙で目印にして居場所を知らせる決め事があったの。その時魔法が使えない二人には発煙筒を持たせたんだけど、今持ってるとは思えないわね……だけど、近くにいるならこの煙に気が付いてくれたら。少し待ってみましょ」
「分かった。スクルドやフォルセティさんたちも、これを見てきてくれたらいいな。多分、魔物の気配は無いみたいだから、変な物が来ることはないと思うし……」
「そういうこと。あーなんかちょっと身体がだるいっていうか、大したことないとは思うけど本調子じゃないのよね。気のせいだといいけど。なんかこの場所って変な気がする。うまく言えないし、魔法も使えるから考えすぎかな……」
「うーん。そうなんだよ。なんだろう、不謹慎だけど天国みたいとか思ってしまった。気分は穏やかで、空気は澄んでいるし、景色も代り映えしないし」
「ちょっと、変なこと言わないでよ!」
「わかんないよ! でも、変な場所だよな。どこか魔法で作られた空間ってことなのか? 砂漠みたいに開けた空間っていうか、こんなに広大な平原にいるのって初めてだよ」
「たしかにそうね。私は誰かが作り上げた空間ではないと思う。魔法を使用しても干渉されている感覚がないし。かといって、どこなのか見当もつかない。色んな場所を見てきたから、全く知らない大陸だったら結構きついわよ。せっかく命が助かったけど、私たちが最初に出会った街、シェブーストまで移動に一年かかるとかだったら、本当にきつい」
「ええええ!! そんなに!! ここは世界の端っこってこと?」
「世界の端っこに行ったことないわよ。それに例え話なんだから」
「なんだよ、自分は俺が天国かもって言ったら文句言った癖に」
「しょうがないじゃない、びっくりしたんだから! って、ちょっと静かにして……あっち……」
急に真面目な声になったジェーンが指さす先には……長身で鉄紺色の着物を着た……蓮さん!
「蓮さん!! 無事だったんだね!!」
俺がそう言葉に出して駆け寄ると、蓮さんは笑みを向けてくれた。
「ああ。ここがどこなのか、あの時何が起きたのか。今もきちんと理解していない。だがジェーンが目印を打ち上げてくれたから、無事合流できた。ありがとう」
「どういたしまして」とジェーンは少し得意げな顔。俺も少しほっとした。
「ところで、カンディを使ったら蓮以外にももう一つ反応があったの。ここから北北西にも誰かいるみたい。ちょっと行ってみようかしら」
ジェーンはそう言ってローブからコンパスを取り出す。
「ん? あれ? ちょっと待って……コンパスがきかない……?」
コンパスがきかないってどういうことだ? 蓮さんも自分のコンパスを取り出した。
「僕のも針が動いていない。ジェーンがコンパスに魔力をこめられないということなのか?」
「そう。ダンジョンの中とか特殊な場所ならともかく、魔力をこめても方角すらわからないってのは初めてかも……」
俺はジェーンの手のひらの上にある、コンパスをじっと見た。針が動く気配は無さそうだ。念のため俺のも取り出してみるが、やっぱり同じだった。
「あーもう!! もう一度カンディを使うから、一直線にそっちに進みましょ。コンパス問題はその後で考える!」
ジェーンはそう言うと再び瞳を閉じた。今度は静かに待つことにしよう……
すっと、ジェーンはどこかを指さす。
「こっち。とにかくあと一人と合流してから考えましょ。行こう」
ジェーンが先頭になって歩き出す。彼女が先頭ってのは珍しいな。まあ、ここだとモンスターはいなさそうだからいいと思うけれど。
そうだ。太陽の外套を失ってしまったから、俺はこれからバリアを使えないんだよな。前に指摘されたことがあるけれど、俺はアーティファクトの力に頼って自力で呪文を覚える機会があまりなかった。これからはバリア系の魔法を使えるようにならないとな……
そんなことを歩きながら考えていると、ほどなくして何かが視界に入った。寝ているのは……スクルド?
でも、あれ? 服を着て、いない? いや、服の大半が焼け焦げている……?
「ちょっと二人後ろ向いてて! アポロは私のバッグ取り出してそこらに置いていて!」
ジェーンは声を上げると、寝ている人物に素早く駆け寄り、自分が着ていた白いローブをかぶせた。
あ、ぼーっとしている場合ではない!
俺は商人の寝床からジェーンのバッグを取り出して渡すと、すぐに後ろを向いた。
どういうことなんだ? 服が脱げている? いや、攻撃を受けて破れたってことか?
嫌な想像をしてしまった。その考えをすぐに振り払う。だって水魔法のエキスパートのジェーンがいる。それにカンディで反応があったし……
後ろではジェーンが何かをしているらしい様子。気になるけれど……じっと我慢だ……大丈夫だ。ジェーンならすぐにスクルドの体調を良くしてくれるはず……
「大丈夫? 気が付いた?」
後ろで優し気なジェーンの声がした。その様子だと眼を覚ましたのかな。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「……あなた、誰ですか?」
え? どういうこと?
気が付くと俺は声の方を向いていた。白いローブに包まれた金髪の女性は、やはりスクルドだった。でも、その表情はいつもの笑顔の彼女とは違う。警戒や戸惑いを隠そうともしていない。
「スクルド! 俺達が分からないの? 俺はアポロ! 君を今治してくれたのはジェーンだよ!!」
俺は思わず大きな声で訴えかけてしまっていた。彼女はそんな俺から視線をそらした。
「あの……すみません……スクルドって、誰ですか? 私のこと……なんですよね……」
「そうだよ! ルディさんが君のお姉さんでアカデミーにいたじゃん! 空中に浮かんでるアカデミーで、君はそこの学生でアーティファクト使い……ええと、アーティファクト使いというかユグドラシルを守る任務を……そうだ! ユグドラシルのせいで記憶がないの? ユグドラシルって、不思議な大樹で」
「アポロ、少し落ち着け」
蓮さんが話を遮ってきた。
……たしかに、そうだ。俺がこれだけ話しても、スクルドの顔には不信感があらわになっている。いきなり一気に言われたら困るよな……悪いことをしてしまった。
……でも、どうしても伝えたかったんだ。俺の知っていること全部。スクルドは俺達の大切な仲間なんだってこと……
背の高い蓮さんは中腰になると、スクルドに語りかける。
「君は一時的に記憶を失っているのかもしれない。僕達は君と行動を共にしていた仲間だ。しかしある出来事に巻き込まれた。そのことは後でゆっくり話そう。ここに一人でいるのは危険だと思う。とりあえず、どこか近くの村か何かを目指そうと思っている。一緒に来てくれないか」
スクルドはぼんやりした顔で蓮さんの言葉を聞いていた。その後で、右手で左の肩を撫でながら、俯いた。
「……いやです」