第三章 大人と子供
一体何をどうすればこんなレベルになるのか、想像がつかないし、彼こそ天才と言っていいだろう。あまりのことにぼんやりしていると、エドガーは困ったように笑い、
「おいおい、サインは後にしておけよ。それと、俺はヤローなんて興味ないからな。あー早く柔らかいねーちゃんと、ゆっくり布団の中で愛を語りたいぜ」
「それは、どうぞ、ご自由になさって下さればいいんじゃないですかねえ」と言って腰を下ろそうとした俺の腕を取り、エドガーは軽々と立たせる。
「お前も来るんだよ、荷物持ち兼コック兼古代魔術師! これ見てみな。丁度俺もお前みたく金が欲しくて行こうとしていた遺跡。でも古代魔術師なんて中々いないだろ。命の恩人の言うこと聞け。楽しそうだろ、遺跡探検!」
確かに、遺跡探検なんて言葉はわくわくするけど、カンテラで照らした、彼の持ったギルドからの手配書、適正レベルの所、「極めて危険。通常冒険者の対入りを禁ず」とかかれているんですが、レベル一の俺が行くところでは、決してないとおもうのですが、
とかなんとかグチグチいったのだが、当然俺様には何の効果もなく、ここで野宿したら朝一で起きて、シェブーストに戻るぞという彼の言葉に従うことにした。
正直、あの鎌のモンスターに会った時、死ぬのは嫌だと本気で思った。怖かった。今思い出しても身震いする。そしてこれから向かう先はそれとは比べ物にならない危険な場所らしい。改めて自分の無謀さに身震いした。
でも、やっぱり、遺跡に行くチャンスなんてそうそうなだろうし、荷物持ちでもコックでも、俺はエドガーの戦いを見たいと思ったし、万が一アーティファクトに触れる機会やもらえるならば、古代魔術師の自分にとってはまたとない機会だ。
現実はそんなに甘くないことを俺は知っている。でも、夢なしては生きられない。
俺は興奮で、なんだかいつまでも眠れなかった。
ほんのり薄明かりが木々の中を照らす。エドガーはすでに起きていて大きな剣を眺めている。俺は約束通りエドガーの荷物を持つ、はずが、何が入っているのかとても重い。リュックサックを背負って歩くとひっくり返りそうなほどだ。
「何だよ、最近の魔法使いは、こんな荷物も持てねえのかよ。いいから貸せ。約束にもう遅れてんだ。俺移動は早いんだからな。遅いようだと置いてくから覚悟しろよ」
そう言うようにエドガーの歩くスピードはとても速い。あの巨体、というかまず脚が長いし、悪路でも歩くのに慣れている。僕はおいていかれないように、必死で彼の後を追った。あちらが歩いてるとしたら、俺は小走りみたいな感じで、正直これだけでも身体が常に休みたい止まりたいと悲鳴を上げていたが、それは出来なかった。この気まぐれな王子様に「じゃあお前いらねえ」なんて言われたら、俺の人生は、真っ暗になる気がしたのだ。
とはいっても、もう、何だか意識があるんだかないんだか、とにかく目の前の黒い鎧を追うことだけを考えて、他のことなんて頭に入らないし、頭が動かないし、無心と言うか、自分がどの位の時間を過ごしてきたかも分からないし、え? あれ? 何だ? 俺は立ち止まった。
「ギルドリングが光ってる」
そして、俺の身体には力が溢れてくる。冊子に書いてあった。レベルアップ時にはギルドリングが光り、冒険者の身体に活力をあたえるだろう、と。え、でも、俺、何かしたのか?
そんなぼんやりした俺に、エドガーが大笑いをぶつけてきた。
「ははは! お前こんなスピードで二時間近く移動したことなかったんだろ? そんで、なんだ、お前レベル1だったんだろ? こんなんじゃ普通は経験値なんて入らないけどな、ははは! おっかしいな! 走ってレベル上げって、どこかの健康オタクかよ、はは!」
そこまでバカにしなくてもいいだろと思いつつ、力が湧いて、レベルも上がったという事実は何であれ嬉しかった。リングに触れると、各能力がほんのちょびっと、増えている気がする。多分。
「じゃあ、ここらで休もうかと思ったけど、レベルアップの回復があるならまだ行けるな。シェブーストまで一時間もしねーんだ。とっとと行くぞ」
「はい」と俺は返事をして、また黒くて大きな背中を追う。相変わらずそれは辛かったけれど、ちょっぴりだけ、苦にはならなかった。
エドガーの言った通り一時間もしないでシェブーストまで到着した。彼のことだから、このまま酒場で一杯、みたいなことをするのかなあと思いきや、彼がまっすぐ向かったのはギルドだった。
いつも通り人の出入りがそれなりにある中で、エドガーはまっすぐ進むというか、周りにいた人達を少しなぎ倒しながら、その先にいたのは、何だかセクシーな服を着た女性。
胸の大きく開いた、あの、その、とても大きな胸を見せびらかすかのような大きな宝石のネックレスをして、黒地に金の縁取りがされたドレスのようなローブと、高価そうな臙脂のマントをはおっている。髪は紫色のロング。肌はとても白く、大きな瞳は俺の髪と同じ赤茶色だ。
「ほんっともう遅いんだけど!! 今日来なかったら本気で帰ろう思ってた」
「悪い悪い。ちょっとドラゴン退治をしててよ」
「ばーか! どうせ女かカジノでしょ。分かってるんだから」
お、あのエドガーが押されてるぞ、と思うと彼女は横にいた俺を見た。そしてなぜか彼女は手を口元に。
「嘘、ガキなんて大嫌いの、大きなお坊ちゃんのエドガーが、何でガキ連れてんの? もしかして自分の息子とか?」
この女! 見た目はあの、おっ、あ、でかいがよう、口悪いなあ、ったく!。
「ちげーよ。俺の歳知ってるだろ、26。こんな大きなガキがいてたまるか」
あ、そうなんだ。エドガーは元名門の息子だから生まれた正確な歳を知っている。僕らみたいなのは、大体、の年齢なのだ。
「そんで、こいつは古代魔術師で、実際俺の持ってた中の、価値はそんなになさそうだけど、アーティファクトを実際に起動して見せたんだ、ほら、やってみ」
投げられた汚い箱は閉じられたままで、俺は両手でそれを包むと、中にいた天使が、昨日のように美しくも悲しい音楽をかなでる。それを見ていた女性は、少し黙っていたが、俺に近づき、その箱を手に取ると、音は止まり、元の汚い箱に戻る。
「レベルは低そうだけれど、確かに、君は古代魔術師ね。他にどんな魔法が使えるの? 得意なのだけでもいいから言ってみて」
「え、とない、です。何も使えないです」
「は?」と口にした彼女は怒ってるのか、呆れているのか、馬鹿にされていると思っているのか。俺は簡単ないきさつを、下を向いたまま説明すると、彼女はいきなり俺の身体の胸を触ってきて、ちょっ、とっととと、待て待てまて、と思いながら、あまりのことに声が出ず、続いて脇、脚、靴、そして、彼女は立ち上がった。
「あのさ、初歩的すぎること言うと、あんたの装備が悪い。魔法を使うには金属なんて身につけちゃダメだってゾウリムシでも分かるわよ! 皮も魔法屋でコーティングしてもらったのじゃなきゃダメ! 戦士を目指していたっていってもそんな安っぽい装備じゃ魔法の発動を阻害する。高価な魔法銀で作られたのとか、マジックアイテムに近い装備じゃないと、無理なの? 分かった? 鼻たれぼっちゃん!」
鼻たれ坊ちゃんとまで言われると、俺は黙ってられない。その場ですばやく鎧や洋服を脱いで下着姿になると、手の平から念じて、出た! 出た! 右手から小さな火、左手からは電気のようなもの。
やったー! やった! 俺だって出来るじゃないか! 見てよこの性悪巨乳にエドガー、に、俺はぶん殴られ、ギルドの柱に背中を強くぶつけた。殴られた肩と背中は痛いけれど、手加減されているのは分かる。エドガーの怒鳴った声がする。
「てめー! ギルドで攻撃魔法を使うのは、どんなものにしてもご法度に決まってるんだろーが。また俺がギルドの資格、はく奪されたらどうしてくれるんだよ!」
何だかよくわからないけれど、俺はすみませんと、エドガーや、その場にいる多くの人に謝った。すると、そんな俺にエドガーは近づき、
「これから、その、魔法防具って奴、お前に買ってやるから。そしたら実力アップだろうが。それに俺の後ろを歩くんだ、それなりにイケてる恰好をしてもらわないとな」
「あ、あの、俺金ないし、エドガーだってないはずで、それでここまでしてくれると……」
「アホ! レベル68の勇者様が金持ってないわけねーだろ。換金用の宝石だってあるわ。そんで、今から行く遺跡は、正直かなり危険かもしれない場所だ。そんでそこではお前の力が必要になる。それによ、パーティの戦力の底上げってってのは基本なの。分かったか? ほら、行くぞ」
「はい」と俺は頭を下げた。この大きな強すぎる子供のようなエドガーが、俺をパーティの一部として考え、装備まで用意してくれるなんて。俺は正直意外だし嬉しくて、涙ぐみそうになりながら、彼の後を追うと、後ろから大きな声がした。
「コラー! アホ二人! てか、チビ!!! 服着てから外出ろ!!!」
おっしゃる通りでした。チッ。口悪巨乳。
エドガーに連れられて来たお店は、俺の知っている武器防具屋というよりも、何かの綺麗な美術館のようで、店員さんも「いらっしゃいませ」と丁寧に頭を下げてくれる。色々陳列されている中で、迷わずいくつかの装備を手にして、俺に試着させる。
ほのかに暖かく、そして驚くほど軽いが、かなり硬い白い鎧で胸の所に何かの文字が彫られている。それに服とブーツは青い、これも軽くて丈夫そうなものだ。俺は試着室から出て、エドガーに言う。
「そりゃあそうだ。俺様が選んだんだからな。それにいいだろ、このソロネアーマー。何でも、炎の上級天使の加護があるそうで、炎と冷気への耐性や、炎や神聖魔法へのボーナスがあるそうだ」
「す、すごい。軽いし強いし、そんな効果もあって、魔法の品で、え? そういえばこれはおいくらで?」
「30万ゴート」
たちくらみがした。魔法スクール半年楽々通えるよ! てか、あれ、魔法スクール普通に通える? あれ? あまりのことに馬鹿にされているのか不安になってきて、無言ですがるように、エドガーを見ると、彼はニヤニヤ顔で、
「でも、これよく見てみろ。サイズが普通の冒険者には小さすぎねえか?」
あ、確かに。特に筋肉のある冒険者だと入らないサイズだ、俺みたいに小さくないと、いや、別に背は低くないけど! でも、俺にはぴったりのサイズだ。
「こんなサイズじゃ大人の冒険者は誰も着れずに売れ残るからな。交渉して8万ゴートまで値切ったぜ」と得意そうなエドガー。元々セール品みたいだが、そこからさらに値切ったようで、さすがに、そこまで値切るのはすごいな。他の防具はそこまで高くはなくて、俺も出そうとしたが、エガドーは「馬鹿」と俺の頭を軽く殴り、お金を出させようとはしなかった。
エドガーにお礼を言って、大きな鏡の前に立ってみると、自然と顔がにやつく。俺も冒険者なんだって気がしてくる!
「エドガー。杖もちゃんと買ってあげなさいよ。暴発されたら困るし」
そう口に出したのは、いつの間にか店内の隅の椅子に腰かける、あの性悪女だった。
「そうだな。そっちについてはジェーンの方が専門家だろ。金は払うから適当に選んでくれ」
エドガーの言葉を受けて、ジェーンと呼ばれたあの女性がカウンター近くに寄って、俺もこっちに来いと口にする。彼女は以外にも結構真剣に選んでくれているようで、というか防具以上に、この魔導士の武器? しょくばい? 能力アップ? って奴は複雑だと思う。
「よし、エドガーの金だし、人にもよるけど、スティック系は邪魔だし、猫目石のリングにしよ! ほら、これ右手のどの指でもいいからはめてみて」
俺は言われるがまま、右手の人差し指に、猫の瞳のように怪しく紫に光るリングを通すと、これもぴたりとはまった。
「あ、ありがとうございます。ジェーンさん。俺は、アポロって言います。これから、よろしくお願いします」と、軽く頭を下げた。
そして頭を上げると、彼女のデータがしずく型のピアスによって投射される。
ジェーン レベル41 高位魔導士
彼女はにっこりと笑って「これからたくさん働いてもらうから、よろしくね」
その笑顔はぞっとする位魅力的で、この人は、悪い人ではないかもしれないけれど、多分、いい人ではないし、怖い。そして、頼もしい。