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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第四十章 純白の書を開いて

 ふと、俺の脳裏にプロメテウスの存在が浮かび上がった。緊張で声が出ない。俺が? プロメテウスが? 戦の原因?


 俺はその恐ろしい考えを振り払う。そうでもしないと、倒れてしまいそうな気がした。


 何より、もしそうだとしても俺にはやることがある。スクルドを救い出すことだ。だから俺は大きな声でリッチに告げる。


「俺の存在なんか今はいい。それよりも為すべきことは、スクルドを救い出す。それだけだ」


 突然、目の前に巨大な柱が出現していた。柱ではなく、それは光を帯びた大樹だった。それは、どこかで見たような懐かしさと暖かさを感じる物だった。


 その大樹の根元には、似つかわしくない黒いローブの男。リッチだ。彼はそこから動こうとしない。


「アポロ、一人で来なよ。この樹にスクルドが埋め込まれているんだ。助けられるのは君しかできないはずだぜ。こりゃあ困ったなあ。どうした? 来ないのか? 愛しのスクルドちゃんを見捨てるなんてできるはずがない! こりゃあ大変大変!」


 リッチが楽しそうに俺に告げた。明らかに罠だろう。そうとしか思えない。でも、すぐにでも飛び出したい。スクルドを助けたい。


 俺は懇願するような目でハレルヤを見ていた。グレイに魔力供給をしているハレルヤは、ゆっくりと瞳を開いた。


「オセ・ハレルからも、運営の少女の力を開放しろって言われたんだろ。次に打つ手はそれしかないか」


 オセ・ハレル? あ、もしかしてあの光り輝く豹人間のことか。ハレルヤはさっき俺が蓮さんに説明をしたのを黙って聞いていたのか。


「その、オセ・ハレルってのは光り輝く豹人間のことだよな。ハレルヤもその人のことを信じていいって思ってるんだよな」


 ハレルヤは少し黙り込んでから「ああ」とだけ口にした。ハレルヤにとって完全に信頼できる仲間ってわけではないらしいな……でも、俺の意志は固まっていた。


「よし、俺がバリアを張ったままアポロと二人であの大樹へと向かおう。皆それいいか?」


 グレイがそう提案すると、熱波のような黒い衝撃が走った。リッチがローブの周りに数百数千の悪霊を出現させ、叫ぶ。


「俺はアポロ一人で来いって言ってんだ!! 随分甘い条件を出してやっているのに気づけ!! 俺はなあ、もっと楽しみたいんだよ。これは賭けだ。お前らの思惑通りになるのか、それとも俺の望みが叶うのか。アポロと俺の真剣勝負だ。口を挟むならお前から消すぞ」


 俺は皆を見回して言う。


「大丈夫。行ってくるよ」


 沈黙が辺りを包む。しかし、蓮さんが俺の肩に手を置く。


「行ってこい」


「はい」と俺は返事をして、バリアの外に出る。暑さや瘴気が身体にまとわりつくような感覚が少しあったが、緊張しているせいか次第に感じなくなってきた。一応太陽の外套は使っているけれど、どれだけバリアの効果があるかは分からない。


 大樹にたどり着くまで、ニ、三分といった距離だろうか。アーティファクト反応は感じないが、ふと、暖かい光を感じた。こんな状況には不釣り合いな、気分の良い朝の陽光のような光。


 先程まで悪霊を纏って、噴出していたリッチだったが、今はそれを収めているようだ。ポーズだけかもしれないが、俺一人で来るならば攻撃の意志はないということだろうか。


途中で地上に降りてきたエドガーとすれ違った。エドガーは真剣な眼差しで俺を見て、黙って首を縦に振った。俺もエドガーに「行ってきます」という思いを込めて、黙って首を縦に振った。


 たどり着いた大樹は、神聖な雰囲気をまとっていた。間近に来ると、バリアの中に入った時のような安心感を覚える。何て言えばいいのだろう……心が浄化されるような、信仰心がないのに、どこかの教会でお祈りをしているような……


 でも、俺の近くにはリッチがいる。彼は黙って事の成り行きを見守っているようだった。


 俺は両手でそれに触れた。すると、太陽の紋章が熱を持ち、光を帯びた。


 『ユクドラシル』


 そう、頭の中で単語が出現した。これは、アカデミーでスクルドが説明してくれたものでは? 俺は彼女の言葉を思い出す。


『私達三姉妹は知恵の林檎の言葉を預かる以外にも大切な役目があるんだ。それがユグドラシルの守護と手入れ。ユグドラシルは世界を支える存在。大地のエネルギーであり源であると言ったら分かりやすいかもしれない。そして、そのユグドラシルは、使い方によっては歴史と時空をこじ開ける鍵になるとも言われている』


『でも、少なくとも私達三姉妹はそれを望んでいないし、その為に選ばれたわけでもない。私たちは大樹を守護し、その果実からの言葉を預かる者だから』


 世界を支えるもの。そして歴史や時間をこじあける鍵。その存在の膨大さ、途方もなさに圧倒されていると、俺は羽を使っていないのに、自分が自然と浮遊して大樹の上部へと移動していることに気が付いた。


 どういう仕組みなのか。俺はその流れに身を任せながら、生い茂る緑の葉の美しさに魅了される。


 と、上昇はいきなり止まった。俺は無意識に手を伸ばしていた。


 俺が伸ばした手の先には、スクルドの手があった。いや、大樹にスクルドの身体が埋まっていて、上半身だけそこから出ているといった感じだろうか。


「スクルド?」


 俺は彼女の手を握ったまま、恐る恐るそう口にした。彼女は弱々しく、しかしにっこりと俺に笑みを見せた。


 スクルドだ! 本物のスクルドだ! これが幻術や偽物であってたまるものか! そんなの嫌だ! 耐えられない! 


 いやいや、そんな妄想はいい。彼女はスクルドだ。握った手の体温、やさしげな顔立ち、まぎれもないスクルドだ。


 俺が力を込めて彼女の手を強く握ると、不思議な感覚を覚えた。今までにない、身体がぼやけるような、奇妙な感覚。


 青葉が生い茂る大樹から、何かがゆっくりと落ちてきている。それは真っ赤な林檎だ。俺がそれを林檎だと認識した時には、赤い皮がしゅるしゅると、酒場で器用に皮むきをするかのようにはがれ、真白な実が姿を現す。


 その真白な実は俺の頭上で浮いたまま停止した。これはなんだ?


 スクルドにそう質問をしようかと思うと、それは一冊の純白の書に変化して、俺の手に収まった。


俺は自然とページをめくろうとしていた。


と、身体がそれを拒否していた。ルディさんがはめた指輪の警告とかいうレベルではない。


 恐怖。そうだ、これは、恐怖だ。あえて例えるなら、蓮さんの父親であり、俺が知る中で最強かもしれない存在、四式朱華に対して感じた物に近い。


こわい。何かしなければと思うのに、身体が動かない。


俺は本を直視できないまま、半開きの口でスクルドを見る。彼女に意志はあるのだろうか。どうやったら助け出せるのだろうか。


そんなことを考えていると、スクルドの片目から涙がこぼれていた。


「アポロ。もう、頑張らなくてもいいよ。貴方の力がそれを危険だと思うなら、封印して。アポロの力と共に。アーティファクトの力を開放するのと逆のやり方をすればいい。書物は封印され、大樹も歴史へと還る。それが、一番いいんだと思う」


突然スクルドが、意味の分からないことを口にした。俺は動揺したが、彼女は操られているようには見えない。


「スクルド? よく分からないけれど、この本を封印したら、君は助かるの?」


彼女は答えなかった。きっと、それが答えだ。おそらく、この本や大樹と共に、スクルドが消え去るような気がした。


 俺は覚悟を決めた。純白の本の表紙に手をかけ、開く。


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