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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第三十八章 越権行為

 俺は、彼女のことを知っているのではないのだろうか?


 突然そんな思いが自分の中で生まれた。確信はない。けれど、胸がざわつく。名前も分からないし、顔だって口元位しか見ることができない。なのに、何でだ?


「君は、俺のことを知っているんだよね? 教えてくれ。君は誰なんだ? ここはどこなんだ? お願いだ。何も分からないんだ、教えてくれ!!」


少女はフードを脱いだ。すると、そこに現れたのは白髪の老人だった。どう考えても女の子の声を出した人物と同じだとは思えない。気のせいだろうか? 体格も変わったし、ローブも変わった気がする。


奇妙な柄の、くすんだ色のローブを身に着けている男性は高位の聖職者か、神に近い物のような威厳があり、どこかで見たような……


 思い出した。この人って、もしかして、闇葉の地下墓地に向かう途中、罠にかけられて身動きがとれない俺を助けてくれた人では? その時彼は意味不明な言葉を喋ったから、何で助けてくれたのか分からなかったんだよな……


 ああ、そうだ! 千のチャイムも虹のつまった指輪もない! でも、ダメもとで俺は彼に話しかけてみる。


「前に俺を助けてくれた人ですよね。ありがとうございました。あの、もしよかったらこの状況について教えてもらえませんか? よく分からない場所にワープしたみたいで。しかも、さっき声をかけてくれた女の子も消えてしまって、何が何だか」


「……そうだな。もっともな意見だ」


 声が! 俺が理解できる声がしたことに驚いた。あれ? もしかして、あの時の俺を助けてくれた老人とは別物なのか?


 俺がそんなことを思っていると、目の前の老人の姿が変わっていく。薄汚れたローブだった物は、白銀の鎧へと変化する。鎧の背には、落ち着いたモスグリーン。裏地はワインレッド。


 何よりも眼を惹いたのは、それを身に着けているのが青白い光をまとった豹人間だったことだ。豹……青白い光をまとった豹……話でしか聞いたことが無いが、雪豹という存在なのだろうか? 全身鎧ではなく、鎧の胸部から腕から出ているのだが、彼の手は明らかに獣のそれだ。


龍を目にしたことがあるくせに、目の前の雪豹らしき豹人間は、また違った恐ろしさと美しさを併せ持っていた。気のせいか、背には光輪が見えるようだ。精悍な顔つきで、見つめられると、畏怖で咄嗟に声が出なかった。


「どうしたんだ。何か問題でもあるのか?」


「す、すみません。いきなり豹人間にチェンジしたから、どういうことかと思って。あれ? 最初は女の子で、その次は威厳のある白髪の老人で、その正体は豹人間の騎士なんですか?」


 俺がそう告げると、豹人間は黒く縁どられた灰色の瞳を大きく見開いて、俺を凝視した。うっ、かなりの威圧感があるぞ。この人は、敵ではないよな? 


 俺は無意識に半歩後ずさりをしていた。太陽の外套で彼の攻撃が防ぎきれるとは思えない。攻撃されてきたら一か八か、太陽の紋章で火炎を一気に放出する位しかないのか?


 でも、いきなり攻撃してこないのだから、話し合いはできるってこと、だよな?


「汝は、我の姿が見えるのだな」


「はい! 光を帯びた、鎧を着た豹の姿、ですよね?」


 いきなり喋り出したから驚いてしまった。だがその声に敵意はなさそうだ。敵意はなさそうなのだが、気のせいか彼の表情は曇っているようだ。


「越権行為だな。しかし、この場でなら許されるかもしれぬ」


「は? えーと、俺にも分かるように喋ってもらってもいいですか? ハレルヤやフォルセティさんも勝手なことばかり言って話を進めて……あ! そうだ! あなたはハレルヤの知り合いですか? そうですよね! その、俺達の味方ではないかもしれないけれど、手助けをしてくれている? でも、ハレルヤもフォルセティさんも、何も詳しいことは教えてくれなくって。こっちもわけがわからなくて困っていて……」


 俺はその場の勢いと不安からか、一気にそんなことを喋り出してしまった。豹人間の顔つきは険しい。余計な事を言ったか? でも、またよく分からないことを言わるばかりなのは嫌なんだ


 俺は何をされてもいいように、身構え、太陽の外套をすぐ使える準備をする。豹人間は俺をじっと見たままだったが、やっと口を開く。


「手短に話そう。この空間は有限だ。汝がヘラと呼ぶ存在は、太古の神の復権を画策している。汝がリッチと呼ぶ存在は、さらに危険だ。戦火の火種から生まれる混沌を、憎しみと絶望の哀歌を愛する混沌。ハレルヤはその二つの思惑から汝らを守ろうとしている。我はその三つの勢力の全てに与する者ではない。だが、思想的にはハレルヤのそれに近い。我もまた、汝らの世界の調和を望む者なり」


「……それで、俺はどうすればいいんですか……貴方は、誰なんですか……」


「運命の少女の力を開放しろ。汝はその場所が分かるはずだ。蓮に修羅の力を使わせるな。以上だ。健闘を祈る」


 俺が次に質問をしようとした時、目の前には蓮さんの姿があった。蓮さん……だよな? 俺の背に手を回していた蓮さんは、少し安心したらしき表情をして、小さな小瓶を見せる。


「いきなり倒れたから驚いた。僕が持っている気付け薬がきいたのかな? だが、今もジェーンとエドガーは、スレイプニルらしき存在と戦っている。一応エドガーが始末できているのだが、いきなり現れるので厄介だ」


 俺は慌てて周囲を見ると、確かにエドガーはまたスレイプニルと戦っている様子だ。ジェーンも水魔法でサポートしているようだ。エドガーは何体倒したのだろう? 流石のエドガーでも、これが続くとなると厳しいだろう。


 景色は、砂漠のままだった。あの時見た、崩壊した世界ではない。しかし、あれはやけに現実味のある夢だった。夢というか、一瞬、俺の意識はどこかの空間にいたと考えた方がいいのかもしれない。


 あ、そうだ! 俺はあの豹人間が言っていたことを蓮さんに説明した。蓮さんは少し厳しい顔で最後までそれを聞いてくれた。


「光り輝く豹人間というのは、僕も聞いたことが無い。どういう種族なのだろう。ただ、その豹人間の言葉は信じるべきかもしれない。それらしい嘘をついて僕たちを操ろうとしているのかもしれないが、彼の言葉は辻褄が合っているようだ。だが、僕の力を使うなというのはどういうことだろう。エキスパンションを解くな、ということなのか? だが、僕はその肝心の方法を会得していないのだが……」


 蓮さんの力を使うなという点は俺もよく分からないのだが、それ以外は俺も似たような感想を抱いていた。多分、あの豹人間は敵ではないらしい。きっと、ハレルヤも。


 だけど、運命の少女の力を開放しろっていうのは? スクルドはどこにいるんだ? アーティファクト反応や魔力反応は微力なものは感じるが、これといって決定打になりそうな物は見当たらない。


「スクルド!! どこにいるんだ!! いたら返事をしてくれ!!」


 そんなことを口にしても返事がないのは分かっている。でも、俺は辺りを見回しながら、また彼女の名前を叫んだ。クソ。でも、唯一の救いは、彼女が不死身だということだ。焦っては駄目だ。必ず彼女は無事だ。この場からいなくなっているとも考えにくい。


「アポロ、どうかしたの?」


 甘い、軽やかな声がした。


 声の方を見ると、美しい顔の女性が宙に浮いていた。でも、綺麗なのは顔だけ。その身体は巨大な緑の鱗の蛇のようで、そこから毛におおわれた二つの腕が伸びている。背にある翼は鉄色のワイバーンの大翼。美しい顔とのアンバランスさがグロテスクだ。


 だが、その顔も声も、スクルドに似ていた。幻術なのか? スクルドが何かに憑りつかれてしまったのか? 動揺する俺の肩を蓮さんがしっかりと掴んだ。


「こういう物の怪の処理は得意なんだ。アポロはバリアの中から出るんじゃない」


「酷い。蓮、私、怪物なんかじゃない」



 目の前の怪物がそう言い終わる前に、蓮さんは恐るべき速さで怪物の付近に移動をしていて、刀でその首を斬り落としていた。


 緑色の血をまき散らし、怪物は地に落ちる。死んでもその姿が消えていないと言うことは、幻術で生み出された者ではないということだろうか。


 そうだよな、やっぱりあれはスクルドではなく、偽物だよな。俺が胸を撫で下ろしていると、どこかでくぐもったような声がした。それはたしかに、俺が知っている声だった。


「アポロ。助けて。お願い。私、動けない」


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