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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第三十五章 民の心に火を灯し、詩を伝える者

「何だってんだよ」とエドガーが苛立ちを隠そうともせずに口にした。


 それとは対照的に、ハレルヤが「来るよ」と声をかけた。


何が来るのか? そう思っていると、フォルセティさんが片手を上げているのが見えた。その腕は虹をまとい光り輝いている。


 ふっと、俺の周囲に奇妙な感覚を覚えた。


 それは、世界がモノクロになる瞬間だった。


 朱金の天人の必殺技で、全てを無効化する力。俺達の中で、誰も破れなかった力。


 俺は声を発したつもりだった。しかし、何も喋ることはできない。すぐ隣にいたジェーンの肩に触れたつもりだが、反応がない。というか、触った感覚が無いのか?


 不思議と恐れは無かった。気持ち悪い位に安らかな気分だ。景色か俺達が停止しているかのような気がしてきた。それなのに、危機感は薄い。


ふと、光か炎の柱のように見えていた物が、天から伸びている巨大な鎖のように見えてきた。


それらが鎖だと認識できた時、地面に刺さっていたはずの全ての鎖が、フォルセティさんめがけて集まって行く。音もなく巨大な鎖が集まって行く様は、龍か大蛇が躍動しているようで圧倒されてしまう。


無数の鎖でフォルセティさんの姿が見えない。


仲間に状況を確認したいのに、声が出ない。さっきから棒立ちになったままだ。俺はどうやら動けないらしい。頭の働きも、少し弱くなってきた気がする。気をしっかり保っていないと倒れそうな気がした。でも、この先どうしたらいいのか分からない。ただ何もできずに立っているだけでいいのか。


しかし、目の前に光が生まれた。ゆっくりと、俺の視界に広がって行く虹色の光。世界が虹に包まれたような、美しい錯覚をした。それとも、本当に俺は虹の中にいたのか。


それと同時に心地よい風が全身を撫でていくのを感じる。俺の左手の鷹の紋章が反応をした。太陽の紋章がアーティファクト等に反応したことはあったが、鷹の紋章に強い力を感じるというか、呼応したのは初めてのような気がする。


気持ちよい風が俺の身体を、翼の上を駆け巡る。俺は自分が立っているのに、まるで大空を飛んでいる気分になっていた。


先程よりいくらか身体や頭が楽になってきた気がする。


そう感じると同時に、目の前にあったはずの、フォルセティさんへと集まった鎖が形を失い溶けて行く。


フォルセティさんはずっと片手を上げたままの姿で、上げた腕はやはり輝いたままだった。もしかしたら、無限のひとひらの力を開放したということなのだろうか。


 ふっと、安堵感が全身を包んだ。やったんだ。おそらくフォルセティさんの力で、朱金の天人の力を破ったのだろう。


 そう思ったのも束の間。妙な声が頭の中に響いたような気がした。


 指輪に魔力を感じた。マルケスが作ってくれた、虹のつまった指輪だ。精霊使いの能力に似た物が使えるんだったっけ。交信の力を一時的に得るアーティファクトだ。


 ふと、怖い考えが頭をよぎる。俺は、この声に応えるべきなのか。それとも、無視するべきなのだろうか。


 千のチャイムはハレルヤに没収されている。虹のつまった指輪を使ったことはないが、千のチャイムよりかは力が弱いけれど、似たような効果なのだと思う。


 この声は、リッチか、天人か。それともヘラやスクルドの可能性もある。


 俺は指輪に力を込めた。


『わかるか? 聞こえているのか?』


 はっきりと、頭の中に声が響いた。千のチャイムを使用した時の声を思い出し、自然と全身に鳥肌がたっていた。俺は「はい」と念じながら返事をしてみた。


『俺の名はプロメテウス。民の心に火を灯し、詩を伝える者。大神の怒りに触れ、無限の責め苦に甘んじていたが、今の俺はその戒めから完全に解かれようとしている。もうすぐだ。もうすぐ、時は満ちる。俺の声を感じ取ったのは同胞か? お前の名前を教えてくれ』


 これは、天人が俺に語り掛けているのだ。奇妙な気持ちだ。彼はやはり悪人ではないような気がする。それに、きっと、彼は飛揚族か近しい存在なのだと思う。


 緊張や興奮や喜びやら、様々な感情が入り混じり声が出ない。でも、俺はプロメテウスに自分の名前を告げようとした。


 その時だった。俺の首から胸にかけて燃えるような、刺すような、鋭い痛みが走った。絶叫するほどの痛みだったはずなのに、声が出なくて、両目からは涙がこぼれている。


 どういうことなんだ? 物凄い苦しみに襲われたと思ったが、それは一瞬で収まった。状況が、未だに分からず、しかし瞳からは涙がこぼれ、炎の茨で締め上げられたように、喉元が熱を持っている。


 ハレルヤが俺の前に立っていた。彼は俺の指から器用に虹の詰まった指輪を引き抜くと、その場で握りつぶした。その後で、今まで見たことが無いような鬼の形相で俺を睨みつけていた。


「アポロ、いい子でいてくれよ。僕、これ以上何もできなくなっちゃうよ」


 その声に敵意は感じなかったけれど、明らかにいつもの彼とは違った。俺の眼の前にいる堕天使。彼へと抱いている物が、純粋な力への恐怖へと変わっていた。プロメテウスが悪いのか、或いはハレルヤが悪いのか。


 そんな単純な問題ではない気がする。俺は恐怖なのか禁じられているからなのか、言葉が出せない。ただ、今更胸のピジョン・ブラッドが強い熱を帯びていることに気付くのだ。


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