第二十三章 光へ 魔導書の導き
「後は魔導書が君を導いてくれるよ。変化を恐れてはいけない。でも、忘れないで。君の力は人々の命を豊かにして、輝かせる物だってことを」
心地よい風が、俺を包んだかと思うと、俺の全身の上を通り過ぎていった。
光、と言う感じではなかった。風に包まれて自分が満たされていくような気分になった。風でこんなに心地良さを感じるなんて、初めての体験だった。
俺はどこまでもいけるんだって、根拠もなく、そんなことを思った。
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エドガーはそう話すと口を閉じ、革袋から水を少し飲んだ。
「これで全部だ。全部っつーか、その後の記憶がおぼろなんだ。誰かと会ったような、何か魔法か剣技を教わったような。でもそれは単に実際の俺の昔の記憶のような気がしてよ。ただ、疑問がいくつかある。俺はゴールド・ドラゴンなのか? その力を引き継いだ者なのか? それに、最後に魔導書が導いてくれるって言われたはずなんだが、その意味が分からねえ。聖書ならまだ話は通るが、魔導書なんてきちんと学んだ記憶はねえしな、喜撰のじいさん。答えてくれよ」
黙って話を聞いていた喜撰は、難しい顔をして、小さなため息をついた。
「そうじゃのう。儂は生憎教会の洗礼を受けた者ではない。だが、黄龍とゴールド・ドラゴンは近しい存在であることは確かじゃろう。じゃがのう……お前さん、ゴールド・ドラゴンになる覚悟があるのか?」
「……どういうことだ?」
二人の間に緊張感が走る。流石のエドガーもそれ以上の言葉を発することはない。喜撰はすっとエドガーに歩み寄ると、その大きな手に触れる。
「黄龍とゴールド・ドラゴンが近しい存在だとして、長い年月や徳を積むことでその力を集め光と成る。言っている意味が分かるかのう。光になるんじゃ。神と言ってもいいような存在になるんじゃ。その覚悟があるのかと聞いておるんじゃ」
エドガーが、神様になる? 神様って冒険者になれるのかな? ちょっとスケールが大きすぎて頭が混乱してくる。それに、わりと僕もエドガーも失礼な対応をしているけれど、黄龍の現し身? その力を秘めた喜撰も神に近いってことなんだよな。
僕が一人でどぎまぎしていると、エドガーはいつもの威勢の良い口調で言う。
「まあやってみるぜ。神様で勇者ってのもかっこいいしな」
その言葉に喜撰は頭をかかえ、
「事の重大さを理解しておるのか……まあいい。口で言って分かるような者ではないのはよーく分かったわい」
呆れ顔の喜撰とは対照的に、エドガーは軽い口調で魔導書が導くという一節について、再び質問をした。すると、今まで黙っていた蓮さんが声を上げた。
「僕の思い付きでしかありませんが、もしかしたらエドガーの母上である、ロアーヌ殿、ジパングでの和名、蛍和泉殿に関係があるのではないでしょうか。彼女は天女であり、おそらくジパングでも有数の魔法の使い手です。その子供のエドガーが初歩の魔法を使えないというのは、前から疑問に思っていました」
「あ? そういえばあの人の和名? って蛍和泉だったか。すっかり忘れてたぜ」とエドガーが間抜けな声を出す。
母親の名前位覚えておけよ……そう思ったが、そういえば、何で名前を変えたのだろう? 何か理由があるのかもしれないが、ジパングの人が国を出た際に、和語ではなくコモンの名前を名乗るのは、あまり珍しいことではないのかな?
「今この話をすべきではないかもしれませんが、僕が幼いエドガーの家庭教師についていた際、ロアーヌ殿は魔法を教えようとはしなかった。むしろ、それを遠ざけていたように感じました。ただ、先程の話を聞いて、不思議な体験を思い出したんです。僕が家庭教師の職について一年目の秋、技法書を読むのをさぼって寝ているエドガーが、近くにあったリュートを奏でていたのを。聞き間違いかと思いました。しかし、机で寝ているエドガーの手元からは数十センチメートル離れたリュートの弦が震えて、心地良い音が出ている。僕には魔力を感知する能力がないから、これが何の力による物かは分からない。後で彼に問いただしても誤魔化されましたし、それ以来勝手に楽器の音がなるようなことはなかったはずですが……」
「蓮。それ以上余計なことを言うな」
厳しい声が飛んだ。その主は、やっぱりフォルセティさんだ。この人はいっつも話の邪魔をするなあ。エドガーじゃなくても苛立ってくるぞ。
でもエドガーは黙ったまま反撃をする様子はない。すると、ジェーンが立ち上がり、エドガーの前に立ち、彼の額に右手を軽く当てた。
「えーとね、光魔法については断言できないけれど、エドガーが魔法を使えることはないと思うわ。魔導書が導くと言っても、その対象が魔法使いとは限らないんじゃないの? 話の流れからすると、エドガーが風の魔法を使えるようになっているような感じがしたけれど……どうも違うらしいわね……でも、まあいいじゃない。光魔法だか光の剣だかが使えるようになったなんて。ライトソードって光の上級魔法よ! すごいじゃない!」
ジェーンはそう明るく励ましているけど、多分この険悪な空気を和まそうとしてくれてるんだよなあ……フォルセティさんって、何を考えてるんだ? リッチと同じ位よく分からないぞ……