第十八章 告解室
ふざけんなよ、てめえに選ばれようと思って生きてるわけじゃねえんだ。そう言い返してやろうかと思ったけどよ、これって試練、試験なんだよな。俺は黙って両掌に力を込めてみた。光魔法を使ってみようとした。
でも、やっぱり何も起きなかった。
変な、嫌な音がしたんだ。反射的にその方向を向くと、狼顔の男が大口を開けていた。桃色の舌の周りは尖った歯が並んでいて、唾液に濡れててらてらと光ってやがる。俺は構えをとろうとしたら、剣が勝手に浮き上がるんだ。その剣は、狼男の口元へとゆっくりと浮遊し、奴は俺の大剣を飲み込んじまいやがった。
さすがにな、駄目かもしれねえって思ったな。光魔法は使えねえし、剣まで取られたんだ。こっちから出ることは難しい。次の相手の出方をうかがおうとしたら、駄目なんだ。
記憶が飛んだっていうのか? よく分かんねえ。でも、次の記憶は、例のトゥリーキャビックでの入学試験を受けているガキの俺なんだ。
ガキの頃の俺の姿を、大人になった俺が見ているんだ。どう言えばいいのか……目の前にガキの俺がいて、俺はその少し上空を、浮遊してついて行ってる感じ? ガキの俺を自由に見ることができるけれど、その見ている対象は勝手に動いてるんだ。
奇妙な気分だぜ。自分が動いているのを見てるんだ。どっからどう見ても俺。やっぱガキの頃からいい男だねえなんて、わけわかんなくてにやついちまった。だけどよ、俺は大人の俺としての意識もしっかりある。目の前の俺は廊下を歩いていて、二つ並んだ扉の中へと入っていく。
そこは同じ扉が二つ並んでいて、はっと思い出したんだ。そうだ、ここは告解室だって。その瞬間、俺は大人の意識のまま、肉体はガキの頃に戻っていったんだ。
身体が跳ねるように軽い。おまけに何だかそわそわしてくる。落ち着きが無いっつうか、落ち着かないっつうか。
きょろきょろと辺りを見回してしまった。扉の先は狭い部屋だ。小さな椅子があって、目の前には曇り硝子の小さな窓があって、そこには小さな隙間が開いている。ああ、やっぱりここは告解室なんだって確信した。
告解室ってのは、相手が誰か分からないようにしながら、聖職者と話が出来る部屋だ。大抵の教会にはあるだろう。だけどよ、別に俺は誰かに秘密や罪を打ち明けたいなんて思ってねえんだよなあ。
なんて思っていたら、窓硝子の向こうから声がしたんだ「637番。エドガー・ミハエルですね」って。柔和な成人男性の声だ。ガキの俺は、挨拶を返していた。
ちょっと驚いちまった。俺の意識? 意志? はガキの頃の俺を操れると思っていたら、自分の身体が勝手に喋り出すんだもんな。でも、誰かに操られているってわけではなくて、ガキの俺はすらすらとよどみなく喋ってるんだ。
その時、また思い出したんだ。ここは告解室だけど、やっているのは最終試験の面接だった。たしか、志望動機や抱負やらを聞かれるんだったか。
俺さ、慣れてんだよな。そういう家系で育って、物心ついたころから、訳も分からずに公の場で発言を求められることがちょくちょくあった。
そんな時に求められているのは俺の言葉なんかじゃねえ。ミハエル家の次期当主としての言葉だ。その場その場で求められている言葉を話せばいいだけ。
そんなにむかつきはしねえな。だってよ、色々やらかしていたとしても、しめる所はきっちり恰好つけておけば良かったんだ。ミハエル家としての言葉が求められているなら、それを口にする。そうしたら場が丸く収まる。
下らねえ処世術。でも、ガキの頃から人生は刺激的だけど、結構面倒ごとがあるんだって。面倒事を片付けねえと、欲しいものは手に入らねえんだってのは学んでたんだ。
ひとしきりいつもの優等生っぷりで話し、相手の回答を待ってたんだ。するとな、優し気な声で男は言った「僕はエドガーの話を聞くために来たんだ。君の話をしてくれるかな?」
あ、負けたって思ったな。俺と話している男は、おそらく数千数万の、上っ面の言葉を聞いてきたんだろう。まあ、それを言ったら俺が口にしてきた「ミハエル家の人間としての模範的な回答」だって、そのメッキが剥がれてるって気づいてる奴らもいたはずだ。でも、それで良かった。メッキ上等。公の場で俺はきらきらしてなきゃいけねえんだよ。
でもな、君の意見が聞きたいなんて初めて言われたかもしれない。もしかしたら、誰かにそれに近いことを言われたことがあったかもしれないけどよ……とにかく俺は言葉につまった。
言葉に詰まるってのは、こういう時の失態だ。戦場だって演説だって、隙や弱みを見せたらおしまいだ。でも、その失態をやらかしたら、カヴァーしなくっちゃならねえ。ガキの小細工が見抜かれているなら、素直に対峙する。
俺の口からすんなり出た言葉は「強くなるのに効率がいいから」だった。