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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第十七章 弱者の訴え 強者の苛立ち

えーとだな。そうだよ、トゥリーキャビックの入学試験ってのがあったんだ。その為に、ガキの頃の俺は一人で馬車に乗った。


当時としては、一人で馬車に乗るって珍しかった。いつもは嫌でも従者やらがいるからよ。金持ちの家の息子だからな。俺が3歳の頃に誘拐未遂の事件があったらしくって、俺が嫌がっても誰かが近くにいたんだ。


ガキの俺には、馬車に乗るのも一人旅って感じでそれなりにたのしかったぜ。


その日は少し、肌寒かったか。裏地に龍の刺繍がされたコートを着て、馬車の外から流れる景色を眺めていた。同乗しているのは、おそらく俺と同じようなガキ共が多かった。つーか、それ以外であんな場所に行く奴もそうそういないだろうがな。


到着した街の第一印象は、さびれているって感じか。ひとけがないのか? 建物だけが質素だが小奇麗で、生活の匂いがしねーんだ。そこに現れたのが、馬車に揺られてやってきた、俺らガキ共。


どいつもこいつも、なんだか気に入らねえんだ。陰気くさいっつーか、馬鹿真面目そうっつーか、覇気がねーっつーか。荒くれ者や冒険者みたいなのはほとんどいなくって、神経質そうで周りを伺っているようなガキ共。


友達にはなりたくないタイプ。でもなあ、ここに入ったらそういう奴らと共同生活なのかって、入る前からげんなりしちまったな。でも、だからって試験で手を抜いてわざと落ちるなんてダサイことはするわけねえし。


試験への緊張感はほとんどなかった。こっちは地獄の家庭教師からこの世の恐ろしさを叩きこまれてきたからよ。身構えているのも馬鹿らしくなる。たまにすれちがう、法衣を着た奴らは愛想も敵意もねえし。


さっさと済ませて、家でのんびりワインでも飲みながらギターでも弾くか、なんてぼんやり考えながら歩いてた。そしたら、急に大きな声が聞こえて振り返った。


通りの真ん中にいたのは、多分2,30代らしき男性。地味なグレーのローブを身にまとい、俺らに訴えかけてきた。


「若者たちよ! 騙されてはいけない! この世に神はいない! 神がいたとしても、神は愛を持ち合わせてはいない! 神がいるならば、なぜこの大陸で貧者と富める者がいるのか。多くの力なき者が苦しみながら死んでいくのは何故なのか。君達は自ら人を救わない者たちの教えを乞い、恐ろしい教団の先兵となる為に育ってきたのか? 違うだろ? 彼らがしようとしていることは」


 そこで演説は中断。教団の僧侶だか警備の人間だかが、光の縄を出現させて、男を縛り上げた。男は気絶したのか言葉を奪われたのか。二人がかりで引きずられて無言で退場。


 そこで行使されたのは、光だ。神の力だ。


 ガキの頃から、俺は神様ってのがどうもしっくりこなかった。そういう家系で育ち、その力や法力や儀式を体験してきたってのにな。


 どこかで、じぶんより上の存在がいるってのが気に入らないのかもしれねえ。よくわかんねえもんに、なんで頭を下げなくっちゃならねえの? 俺の人生の決定権は俺にあるはずだろ? どっかの誰かに何でもかんでも決められたら生きてるのか死んでるのか分かんねえ。


 だけどよ、弱いのはもっと嫌だ。

 

聖なる力ってのは存在する。でも、もし、神様がいないとして。そんでもって、神様が人々を救わないとして。俺はそれでもいいかなって思う。ある程度の力だか年齢だかになったら、自分の力で自分の人生を切り開いて責任を負うべきだ。


 立ち止まったまま、連行された男をじっと見つめるガキ共もいた。でも、俺はそんなのに構ってられねえ。試験は受ける。自分が進んだ先が嫌なら、自分で辞めればいい。単純な話だ。


 まあ、実技は余裕だった。筆記や面談もそれなりに。好きでもないことだって、やろうと思えば人並み以上にできちゃうんだなーこれが。


 てかよ、俺の実技のレベルが高すぎてさ。ちょっと今思い出してもウケルな。子猫の群れに獅子が迷い込んだってレベル? フカシじゃねーからな。試験用の木偶人形なんて俺が棒で叩いたらぶっ壊れた。大人相手の演習ですら、こっちが手加減してるってのに、相手を気絶させちまったからな。


 試験ってのを思いっきり舐め腐ってわけだ。でも、ひとつだけ出来なかったことがある。光魔法を使うことだ。


 聖職者の中には、少数だが魔法が使えない人間もいるそうだ。試験だって、魔力がないから落とされるなんてことはないだるう。


 でもな、他の奴らがどんどんパスしてるってのに、俺だけが何度念じても力をこめても、ライトすら使えねえってのは、やっぱ屈辱だぜ。


 魔法が使える仕組みってのを、きちんと理解しているわけじゃない。習って才能が開花する奴もいれば、赤ん坊の時から火や水や風を操れる奴だっている。


光の、聖なる属性の魔法って奴は、魔力が無い人間でも、信仰心さえあればどうにかなるって聞いたことがある。


 仕組みがどうにせよ、試験を受けている、当時の俺には無理だった。頑張っても願ってもどうにもならねえ。注がれる試験官の冷たいまなざし。ただ、掌が汗ばんでくる。苛立ちと自分への怒りで逃げ出したくなった。でも、逃げたらもっと恥ずかしいのは分かってる。


魔法の才能も信仰心もないってことだな。今ならそう割り切れるけどよ、当時は自分の汚点が頭にこびりついて離れなかった。完璧主義ってわけじゃねえけどよ、ガキだったから、何でもできるって、俺様なら出来て当たり前って思ってたからな。


で、卵の中での話に戻るぜ。


俺があの時いた場所は、よくよく考えると、どうやら試験会場のようだった。トゥリーキャビックの大きな建物の中にある、だだっ広い中庭みたいな場所か? それとも、室内の礼拝堂みたいな場所だったか? 


 ちょっと思い出せねえが、卵の中で迷子になっている俺は、靄ではなく景色を発見した。その時に、試験の会場と記憶とが同時に蘇っていたんだ。


何だか居心地が悪い俺に、どこかから発生した声が、続けてこう言った「未だにその掌には、光を生むことができないままなのか」って。


頭に血がのぼった。はっとして思わず自分の両手を見て、それからすぐに周囲を見回すと、当時の教官、試験官がいた。


正直ほっとしたな。自分の中から声が出てるなんて考えるより、いけすかねえ奴がいて好き勝手喋っているって方が随分ましだ。


まあ、本当にそいつの顔だったのかなんて分かるわけがねえ。白いローブを着たいけすかない、能面のような感情の無い顔。気が付くとそれが、徐々に震えながら黒くなっていく。人間の顔に、無数の黒い毛が現れ、試験官だと思った奴の顔は真っ黒な狼へと変わっていたんだ。


黒々とした顔の中で真っ赤な瞳が輝き、もう一度俺に言った「お前は、光が求めるような器ではないのか」って。


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