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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第十三章 神の子の学び舎トゥリーキャビック 子供の履く火車二輪

「忙しい子なのかな」とスクルドがぼそり。すると、蓮さんが優し気な声で「そうだな」と口にした。


 そういえば、蓮さんのこんな表情は久しぶりに見るかも。蓮さんに限らないけれど、色々あり過ぎたもんな……


 ふと目の前の緑に目をやると、その美しさに心が落ち着く。風が吹き、木々がささやきのような声を上げる。自分たちがこれから決戦に行くのが嘘みたいな気分になってくる。


「あーあ、じじいの話ってのはいつだって長いんだよな」


 エドガーはそんなことを口にすると立ち上がり、軽くストレッチのような動作をする。確かに、喜撰とフォルセティさんとハレルヤの会話って長くなりそうな感じがするぞ。でも、何を話しているのか気になるなあ。当然そんなこと直接聞ける雰囲気ではないけれど。


 そんなことを思っていると、慌ただしい足取りで竹義が戻って来た。竹義は蓮さんの前に立つと元気よく「お華束さんお供えしてきた」と言った。


「おけそくさん?」と思わず俺は口に出してしまう。


「お華束とは、神仏に供える用途の菓子や餅のことだ。といっても、普通の人が食べる物と同じだ。上等で新鮮で、なるべく日持ちする物をお供えにするんだ」


 蓮さんがそう説明してくれる。


「それは、なんか意外な気がしました。竹義が用意したってことは、喜撰の家? の習慣ってことですよね。あの不気味な強さを持っている人が、神様とかを信仰している姿は、ちょっと想像つかないというか……」


 俺が今の所、一番強いかもしれないと思っている存在は、蓮さんの父親である四式朱華だ。その暴君朱華の催しに乱入して一歩も引かないなんて、喜撰はどれだけの力を持っているのだろう。


「他国における信仰の姿と、ジパングのそれとでは少し話が違うかもしれない。ジパングは昔から八百万の神という言葉があるのだが、全ての物に神々が宿るとされている。水や木や火は勿論、石ころや野の花、枕や樽といった物にも神がいる。だから僕達は、様々な物へ感謝と敬意を抱いて生きているんだ」


「そんな立派なことを言って、お前の国は物騒なことばかり絶えないじゃねえか」

 両腕を回し、大きな背を向けてエドガーがぼやく。蓮さんは苦笑して「そうだな。皮肉な話だ」と返した。


 そっか。ジパングへ訪れる時、蓮さんがこの国は争いが多い国だって言ってたっけ。母親のロアーヌさんがジパング出身ってことは、エドガーはジパングの歴史を多少は知っているのかな。


 今度はエドガーが腰を回し、こちらへ顔を向けると、


「ま、その位神様も信仰も当てにならねえってことだ。自分の人生は自分で切り開く。これ常識」


 うお、間違ったことは言っていないと思うが、エノク教会の人の前でそれを言うのか? あの二人の方を見られないぞ……


 そんな俺の心配をよそに、エドガーは言葉を続ける。


「だけどこんな俺でも、神学校に通っていたからよ、礼拝朝の祈り讃美歌その他色々、覚えてるんだぜ。怖い怖い。ま、それ程俺の記憶力がぴかいちってことなんだろうけれどよ。えー、えーと何だっけ……天の光よ翼よ……あなたを礼拝し、無限の志を……」


 おいおい、うろおぼえじゃんか……と思っていると、清冽な声が重なって聞こえる。


『天の光よ翼よ あなたを礼拝し 無限の志を捧げます

 天からの光と導きと 今日もあなたに照らされ 私が道を違わないことを祈ります

 私の力と祈りを自由に使って下さい

 無限の夜から救っていただけることを 愛の様に感謝します

 あなたの愛を あなたの言葉を 私はあまたのものに降り注ぎます

 愛を』

 

 そう口にしたのは、エノク教会の二人だった。その美しい響きに、思わず聞きほれてしまっていると、遠慮がちにギルディスの声がした。


「エドガー様も、トゥリーキャビックで学ばれたのでしょうか」


 トゥリーキャビックって初めて聞いたけど、街か学校の名前だろうか。もしかしたら、ギルディスとグレイ、それにエドガーは、時期は違うかもしれないけど、同じ所で学んだのかなあ。


 エドガーは少し眼を伏せると「そんなことはもう忘れた」と言い捨てた。ギルディスはそれ以上尋ねなかった。


 二人にとってエドガーは、尊敬する上司の息子ってことだもんな。ちょっと複雑だ。


あ、そういえばエドガーは自分の能力についてエノク教会の人に聞くのが嫌なら、喜撰に質問すればいいのでは? 


そう思いついたけど、今言える雰囲気ではないし、何より喜撰が来ないし。また空気が悪くなるし……


そんな空気を竹義の可愛らしい言葉が破る。


「蓮はいつまでここにいるの?」


「そうだな。大切な用事がある。すぐにたつと思う」


 その言葉で竹義は蓮さんの腰の帯をひっぱり「いやだ。蓮はここにいるんだ。そうじゃなきゃ出さない」と駄々をこねる。その姿がいかにも子供って感じで、ちょっとだけ可愛らしいと思った。


 でも「そうじゃなきゃ出さない」って? いや、俺の考えすぎだよな……


 蓮さんは自分の帯を引く竹義の手を取り、


「必ずまた戻る。また会えるから。いい子にしていて欲しい」と優しく声をかけた。


「やだよ火車二輪で遊ぼう。蜻蛉も雀も籠いっぱいとれるよ。空から西瓜畑を見ると楽しいよ。西岡の畑、たんまり野菜が取れたよ。食べよう。竹義と遊ぼう」


 竹義はそう言って駄々をこねる。すると蓮さんは困ったように頭をかき、


「竹義はまだ火車二輪を持っているのか……それを貸してもらえると、今度の戦いでとても役に立つのだが……」


それを聞いた竹義は両手を伸ばし蓮さんの胸部を押し、大きな声を上げる「嫌だ! 蓮は碌典閤のままなのか! 嫌だ嫌だ! 蓮がいい蓮がいい!」


 竹義はきっと蓮さんを見ると、また慌ただしく駆け出して行った。


「こりゃあ蓮が悪いな。ちびっこの遊び道具を使って戦うってんじゃあ、納得できねえだろ」


 エドガーが半笑いで蓮さんに告げる。蓮さんは困った様子でぼそぼそと喋る。


「遊び道具というか、火車二輪は、哪吒太子ナタタイシの持物とされていて、魔力が無い者でも空を飛べる便利な道具なんだ。必ず助けになってくれるだろう」


「そりゃすげーな。以前の俺だったら目の色変えてたかも。相手が天人なら、空中戦になるかもしれねーからな。でもよ、蓮は空の敵でも戦っていたことがあっただろ」


 エドガーが蓮さんへそう尋ねた。そうだよね。空を飛べる銀龍聖騎士のフォルセティさんと蓮さんとで「演習」として、恐ろしい戦いを見せてくれたもんな……


「一応は跳躍や滞空も可能だが、正気を失わないと難しい」


 蓮さんは気まずいのか、珍しく自信なさげにそうこぼした。正気を失わないと難しいって、修羅化すればある程度は可能ってことか。すさまじい言い回しだけどね! 


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