第十二章 メダイ
その言葉に俺はどきりとしてしまった。蓮さんは語ろうとしないけれど、おそらく、鳳凰は俺とエドガーを助けるために犠牲になったんだ……
謝って済む問題ではないし、仮に謝ったとしても蓮さんは否定するはずだ。
自分の実力不足がまた身に染みてきて、俺は腹の奥が冷える。
「そうだ。役目を果たしてもらった。随分と長い時間、鳳凰には過酷な旅を共にさせてしまった。僕から解放されて、自分の場所へ還ることが良いことだと思う」
蓮さんは、いつもみたいに穏やかな声でそう話した。その優しげな声を聞くと、恥ずかしながら俺までも許されているかのような心持になる。
「蓮は自分勝手だ」
しかし竹義は、ぴしゃりとそう言った。蓮さんの顔が、わずかにこわばった気がした。
「良いか悪いかは、鳳凰自身が決めること。誇り高き幻獣は戒めに屈しない。自分の意思で宿主に応える。鳳凰はきっと帰ってくる。その日まで死んじゃだめだよ」
「そうだな。難しいことだが、僕は生き急いでいるわけでもないよ」
蓮さんは変わらぬ口調でそう返した。竹義は無言で頷くと、どこかへ駆け出した。
鳳凰、幻獣っていなくなっても戻ってくるものなのだろうか。俺はゼロのことを考えていた。リッチやあの天人との決着がついたならきっと、ゼロは戻ってくる。根拠はないけれど、俺は強くそう思う。
どこかに向かった竹義がすぐにこちらに戻ってきた。あれ? 竹義は何故か俺の前に立ち、何かを差し出している。
「ん? 俺がどうかしたの?」
「干し柿。一番背が低いからあげる」
な、なんて言えばいいのか! 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
あ、あのさ! 俺のパーティもエノク教会の人らも、全員高身長なわけで! ジェーンもスクルドも女性だけれどわりと背が高い方で、もしかしたら俺より背が高いかもしれないけれどさ! 俺、竹義よりかは確実に背が高いからな! 歳は竹義の方が上かもしれないけれど、俺の方が背が高いからな!
「アポロ、良かったじゃねえか! それを食べて大きく育てよ!」
大男のエドガー様がにやにや笑いながら俺を煽る。くそー! 俺は大人だからこんな挑発にのらないぞ! 無言で、こげ茶色で見た目が悪い「ほしがき」を齧ると、あれ? とても美味しい。干し肉みたいに、旨味が凝縮されているのかな。味が濃くって、でも後味も悪くない。
黒い紙「のり」とか魚のミンチ? の「なめろう」とかもそうだけど、ジパングの料理は他の国よりもさらに個性的だな……あ、小さい干し柿だったし、三口で全部食べてしまった。とても美味しかったから、なんか意識せずに食べてしまった。
「美味しかったよ。ありがとう」と俺は竹義にお礼を言うと、竹義は軽く頷く。なんだ、結構可愛いじゃんか。俺のことを背が低いと言ったのも、悪気はないんだ。きっと!
その時、俺はあることを思い出した。自分の財布を取り出すと、小さな銀のメダイを手にして竹義に渡す。
「これさ、俺が楽器の力を取り戻したお礼に、旅の詩人さんからもらったんだ。お守りなのかな。よかったら竹義にあげるよ」
長いひげを生やした男性の肖像が描かれた、小さなメダイ。竹義の小さな手の平でぴかぴか光る。竹義は小首をかしげ「きれい。いいの?」と尋ねてくる。
「もちろん。美味しかったよ」と俺が返事をしたら、思わぬ人から声がかかった。
「そのメダイを、何故アポロが持っているのですか?」
少し離れた場所から、その言葉を口にしたのはギルディスだった。あ、そういえばエノク教会の人の前で、別の宗教の話はしない方がいいんだっけ? あ、それとも、貰ったメダイって人にあげたらだめな物なのか?
でも、俺はどこの教会にも属していないし、こんなことでエノク教会の人を怒らせたくなんてないぞ。
「ああ、これは詩人さんに貰ったもので、俺は何かの神様を信じているとかそういうわけではなくて……」
弱気になる俺に、グレイが「神への信仰心がないのに、名前は太陽神と同じなんだな」とぼそり。
「そ、それは……馬車の中で説明しましたよね。俺が勝手に名乗っているだけで、教会で洗礼を受けたり由緒ある家柄で名前を継いだりとかではないって」
俺がそう反撃すると、グレイはそっぽを向いた。なんだよ! 気まぐれで余計なことを言わないでくれよ!
しかしギルディスは立ち上がると、竹義の横に来て身体をかがませ、小さな手のひらを覗き込む。
「これは持ち主の栄光を讃えるメダイですね。そこまで高価な物ではないが、持ち主にとっては価値があるものでしょう……すみません。場の空気を乱してしまったようです。僕が干渉すべきではなかった。続けて下さい」
ギルディスはそう言い残すと、先程までいた縁側へと戻るが……どうしろって言うんだよこの空気。エノク教会の人が実は怒っているのか、メダイに反応しただけなのかが分からない。協会? 宗教? めんどくさいな!
しかし蓮さんが立ち上がり、大きな手で竹義の開いたままの手のひらを包む。
「アポロからのお礼だ。遠慮せずに受け取るといい」
竹義は俺と蓮さんを交互に見て頷くと、またどこかへと慌ただしく駆け出して行った。