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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第十一章 どらやき

ゆったりと歩く蓮さんの後を、俺達も追っていく。赤や白の実をつけた植物が生い茂る中、苔むした石塔や石でできた犬らしい像が目に入る。魔力反応はないが、これらも特別な力を秘めた物なのだろうか。


家の傍らで竹義は「まってて」と告げ駆けると、木製の桶に柄杓を手に戻ってくる。竹義は柄杓で水をすくい、「お客さんは並んで。手を洗って欲しいの」と可愛らしい声で言った。


先ずは両腕を伸ばした蓮さんの手に水がかけられる。それにならい俺達も手を洗って行く。エドガーの次は、俺の番。冷たい水が手にかかると、最初はどきりとしたけれど、やはり気持ちがよい。十分指と指の間をこすり、さっぱりとする。


俺はすぐにズボンで手を拭いてしまうけど、スクルドは縁に青の刺繍がほどこされた、品の良い白いハンカチで丁寧に自分の手をふいていた。ちょっとだけ恥ずかしくなるぞ。


ええと、他の人はどうしてるのかな……って、ハレルヤだけでなくフォルセティさんもいないのか? でもエノク教会の二人はいる……ハレルヤとちがって、フォルセティさんは喜撰と話してなかったと思うけど……まあ、いいや。込み入ってそうだし、気になったら後で聞いてみようっと。


俺達は皆手を洗い、案内された長い縁側に並んで腰を下ろした。一直線にみんなで並んで座るのは、何だか不思議な気分になる。家の中に目を向けると、扉は真白な障子で清潔感がある。


家自体もかなり古いみたいだけれど、良い木の匂いがしてとても落ち着く。


家の中がどうなっているのか気になるなあ、なんて俺がぼんやりしていると、竹義がとても大きな黒い皿を持って現れた。黒い皿の上にはこげ茶色のパンケーキが沢山! 山盛りだ! 


「これはすごい量ね。君は来客を予知できるの?」ジェーンが不思議そうに尋ねた。竹義は首を横に振った。


「ちがうよ。栄太郎のどらやきは竹義のご飯だよ。後でまた買いに行くから、お客様食べていいよ」


 ごはん? この量を食べるのか? どういうことなのか……甘い物しか食べない子なのか? 俺がそんなことを思っていると、エドガーの弾んだ声がする。


「お、栄太郎のどらやきじゃねーか。すげー久しぶりだ。じゃあもらうぜ」


 エドガーはそう言ってパンケーキ……じゃなくてどらやきに手を伸ばす。大きな口でかじりつき「あーうまい」と幸せそうな表情を見せた。それを見ると俺もすごく食べたくなってきて、大皿から一つもらい、口に運ぶ。


ふわふわの生地の中にはあんこが入っていて、控えめな甘さが口の中に広がる。生地もしっとりしていて、ほのかに蜂蜜のような風味がする。見た目よりずっと上品でさっぱりした後味で、とても美味しい。


 見るとみんなどらやき片手に無言で口を動かしている。竹義は大皿を持ったまま、黙って俺達を見ているようだ。満足しているのかな? 


「ねえ、君は食べないの?」とスクルドが尋ねた。竹義は縦に首を振った。仮面を外したたところを見られたくないってことなのか? スクルドも同じことを感じたのだろうか。それ以上は質問をしなかった。


 それにしても……


俺はどらやきが無くなって、面があらわになった黒い大皿をじっと見ていた。平ではなく、小さなうねりと光沢がある黒い大皿は、今まで見たことがない迫力があった。マジックアイテムなのか? いや、そういうわけではなさそうなんだけれど……


「アポロはこの皿が分かるのか?」


 いきなり蓮さんにそう聞かれて、俺は戸惑いながら「あ、なんか気になって」と返した。


「そうだよな。この旨いどらやきとは不釣り合いだぜ。この皿は殺気が漂って不気味なんだよ」


 エドガーがそんな失礼なことを言うと、なぜか蓮さんは小さく笑う。


「これはおそらく喜撰殿の作だ。歪みと深い黒。僕ではとても及ばない、素晴らしい作品だ」


「は? ああ、そういえば蓮も皿を作っていたっけ。でもよ、詳しく知らねえが、お前の作った奴の方がずっとまともだぜ。こりゃ悪趣味だろ」


 そっかそっか。蓮さんの家には工房? みたいなのもあったっけ。ジパングの侍は陶芸の趣味が一般的なのかな? 蓮さんの作品はよく知らないけれど、この喜撰の作品について言うと、俺もエドガーと同意見かなあ。


「エドガーには悪趣味に映るか。僕はそれもまた魅力的に感じるが」と蓮さんが少し寂しそうに口にすると、


「おー怖い怖い。これが魅力的とは、お侍様は何を考えているんでしょうねえ」とエドガーはおどけて口に出した。


「いや、これは刀を扱う人間だけの美意識ではないはずだ。喜撰殿の作はとても優れており、市場での評価も高い。この皿なら立派な家、一軒が建つような値段で取引されているはずだ」


「げっ! マジかよ。だったらあのジジイ、自分の皿を売って家を建て直せばいいんじゃねえのか?」


 エドガーの言葉に蓮さんは言葉を失い苦笑する。まあ、分からないこともないけどね……


 ジェーンが「あんたねぇ……家の住人の前で失礼でしょ」と呆れた顔をしてエドガーを見た。


 あ、そうか。竹義は喜撰の孫? 弟子? なのかな。喜撰が悪く言われたら気分がよくないだろう。


 でも、僕らの会話を聞いているはずの竹義は身動き一つせず、蓮さんに向かって尋ねる「蓮、鳳凰はいなくなったのか」


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