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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第七章 転移水晶

 それを目にした俺は、何故だか少し寂しい気持ちになった。それと同時に、ハレルヤにこれ以上聞いてもはぐらかされるだろうなとも思った。


 ハレルヤは笑顔のまま、エドガーに「そういえば呼んで来いって言われてたんじゃないの」と告げる。するとエドガーは「あ、やべ」と短く返し、俺に向かって告げる


「作戦会議する。行くぞ」


「それって、まずはエノク教会の人達抜きで話し合いってこと?」


 俺の質問にエドガーは黙って頷く。俺としては、エドガーが賛成してくれるなら同行する方が良いというか、するしかないというか。パーティで話し合いをするのは、もちろん良いと思うんだけどね。


「じゃ、ジェーンの部屋に行くぞ」とエドガーは口にして長い足でさっさと歩き出してしまう。相変わらずだなあ……俺は送れないように速足でエドガーについて行くことにした。


 エドガーはきちんとドアをノックする。でも、俺の時と同様に、相手の返事を待たずに「入るぞ」と中に入って行った。


 ホテルのジェーンの部屋は、俺よりも広い部屋のようだ。苔色のソファには、既に蓮さんとジェーンとスクルドが座って談笑している。何だか楽しそうな雰囲気だ。


「やっぱり、やけに肌質がいいと思った!」とジェーンの弾む声


「いえ、そんなことはないと思いますけど……」と謙遜しているらしいスクルド。


「空中都市で栽培されている、ロンーロウの葉で作られた美容液ってすごく評判がいいの。こっちで手に入れようとしたら大変よ。いいわよね。こう、肌に染みこむ感じがする。スクルドがうらやましいわ。アカデミーの人達は、それをただの水みたいに使えるんでしょ……あ、あんたたちようこそ」


 ジェーンは俺達を見てそっけない返事をした。世界の危機よりも美容液の話かよ……たくましいというかなんというか。


「大丈夫なら、フォルセティ殿達と改めて話し合いをしたいが、いいか?」


 蓮さんがエドガーに向けて穏やかな声で尋ねた。エドガーは黙って軽く頷いた。ここまで来たら仕方がないってことだろう。でも、


「じゃあ、無限のひとひらをフォルセティ殿に渡してくれないか」と蓮さんが続けると、露骨に嫌な顔をして黙り込んだ。ここで意地を張られてもとは思うけれど、エドガーにとってあれはシェヘラザードの形見みたいな物なのだろうか。


 単にフォルセティさんに渡すのが嫌ってのも大きいと思うけれど……


「でも、ワンタイ諸島ってここからだと随分遠いんじゃないの? 私達はメサイア大陸からこのコベック大陸へ船でやってきたけど、五日、六日かかったわ。そこからまた船旅っていうのも、ね」


 話を変えるためか、ジェーンがそんなことを口にした。そういえば、俺達がジパングに行ったのは魔道馬車に乗れたからだもんな。あれはすごく助かったし便利だなあ。


 メサイア大陸からジパングまで船で行くなら、たしか十日位かかるんだっけ。しかも定期便らしいから、時期が外れたらもっとかかるだろう。


「そうだ。ワンタイ諸島って直行便が出ているの? それともジパングから船で乗り継ぐ感じなの?」


「どうかしら。どちらにしろ、半月は見といた方がいいかもね」とジェーンがぼやく。


「……クソジジイと御付きのヤローと半月旅行かよ。笑えねえジョークだな」とエドガーがさも嫌そうに口にした。


 そんな二人に俺は、


「まあまあ、リッチの言った期限よりも大分早くどうにかなりそうなんだから、よしとしようよ」と声をかける。でも、先輩二人の顔色はかんばしくないまま。そんな俺達に、ハレルヤが明るい声で言った。


「ジパングに行きたいの? いいよ。行けるよ」


その言葉に、身を乗り出す勢いでエドガーが食いついた「マジか! よっしゃ! さすがハレルヤ!」


「ちょっと、エドガー落ち着きなさいよ。ハレルヤ、あんた転移の呪文が使えるの?」


 ジェーンがエドガーをたしなめつつも、ハレルヤに質問をした。エドガーほどではないけど、俺も期待してしまっている。多分ジェーンもそうだ。とても遠い場所へのワープって、世界でも限られた魔導士しか扱えないのではないだろうか?


 彼はあやしすぎる人物……天使だけど、それだけに期待は膨らむ。力を開放し、アーティファクトの力を秘めたハレルヤなら、不可能ではない気がするのだ。


 みんなの注目を集めたハレルヤは、ズボンのポケットから小さな革袋を取り出すと、その中から小さな紫水晶をつまみ、自分のもう片方の手のひらに乗せた。


これはアメジストだよな。宝石の中では比較的安価な方だが、高い物はとてつもなく高価だ。ハレルヤの手のひらに乗っているそれは、小さいながらも濃い紫色の輝きを放っており、とても美しい。おまけに魔力反応まである。特別な水晶のような気がする。


「転移水晶か」


 蓮さんがぼそりと口にした。


「流石。何でも知ってるんだね」とハレルヤは笑顔を見せたが、蓮さんは表情を変えない。でもその代わりにジェーンが興奮した声を上げた。


「本当だわ! しばらく目にする機会はないと思っていたのに……ねえ、ハレルヤ、ちょっとだけ、これ、持ってもいいかしら」


「うん、いいよ」とハレルヤはいつもの軽い調子で言った。するとジェーンは細く白い指でそれをつまむと、高々と掲げる。光を放つ紫水晶は、大きな窓からの陽光を反射してさらに輝きを増す。


 ジェーンは黙り込み、しばしその美しさに見とれているようだった。というか、俺がそうだった。とても美しい宝石だ……魔力の力なのか、宝石が持つ紫色の美貌なのか……見ていると、意識がどこか遠くへ行ってしまうかのようだ……


 ジェーンは小さな宝石をハレルヤに返すと、落ち着いた声で言った。


「いいの? 十分承知しているだろうけど、転移水晶はかなり貴重な品よ。私も以前使用した時があったけど、窮地から逃れる為に仕方なく使った。これを使わせてくれたら、私達はとても助かるけど、ちょっと……いやかなりもったいない気がする」


「いいんだよ! 物は使うためにあるんだって! 今がその時だ! なあ、ハレルヤ」


 エドガーがハレルヤの肩を抱いて元気よく口にした。お坊ちゃまはフォルセティさんと長旅したくないだけだよな。


 俺はそう思いながらも、ジェーンが目の色を変えて使用をためらうほど、転移水晶というのが貴重な品だと知り、少し複雑な気持ちになった。簡単に手に入らない、しかもピンチから逃れる力を持つアイテムを使っちゃうのもなあ。もしもこれが自分の持物だったら、俺は船旅を皆にお願いしてしまうかもしれない。


 俺が言葉に詰まっていて視線を泳がせていると、ふと、ハレルヤと目が合った。彼はいつもと変わらず、落ち着いて楽しそうな表情をしていた。


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